第26話 勇者専用の門? 俺は救助に来た
「基本報酬が百二十枚。八人全員を生きて連れ帰れた場合、追加が八十枚」
リゼが、救援依頼の条件を読み上げた。
移動用の馬車、現地で使う薬と運搬具は、ギルドが用意する。イリスには別に診療の報酬が出るので、三人の取り分を変更する必要はなかった。
地図には、八つの丸が並んでいた。
隊長の名はカシム。残る七人には、調査を担当する者と荷運びが含まれているという。
「全員、戦えるわけじゃないんだな」
「ええ。だから、撤退するときも同じ速さでは動けない」
ローズが地図を逆さにした。
道を間違える前に戻そうとしたら、手を払われた。帰る方向から見るのだと言う。なるほど、同じ紙でも持ち方を変えていいのか。
「入る道だけ考えるな。怪我人が二人なら、荷台はどこで通す。三人なら、誰が歩く。先に話しておくぞ」
イリスは、天候が崩れた場合の宿泊先へ印を足した。リゼは馬車の持ち主に、荷台へ板を渡せる位置を尋ねていた。
俺は、運ぶ荷を一度持ち上げた。重さだけなら問題はない。だが、揺らさず歩くなら、どこへ手をかけるかを変えなければならない。
担架へ丸めた毛布を載せ、三人に持ち方を見てもらった。ローズが、頭の位置が低いと指摘した。直してから、もう一度だけ歩いた。
俺はうなずいた。
担架は布を畳めば背負える。帰りに荷が増えることを考え、水と食料は、詰所でも分けて持つことにした。
◆
出発前に、工房へ寄った。
黒い輪を納めた箱は、衝撃を避ける布と固定具をつけて、持ち歩けるようになっていた。
ローズが箱の前へしゃがみ、声の受け口を開いた。
「我らは北境へ行く。汝は、ここで待つか。共に行くか」
声は、少し考えたあとで返った。
「持っていってくれるなら、行きたい。目を覚ましていたのが五年のうち何日なのか、わからない。けど、話しかけてもらえるようになったばかりで、また待つのは長そうだ」
俺には眠っていた前後しかなかった。筒の中の男にも、五年すべての記憶はないらしい。
俺は持ち手の留め具を握り、箱が傾かない位置を探した。
「わかった。話すのは、短い時間ずつだ。無理に声を出さなくていい」
「そっちもな。昨日、薬師に叱られてたんだろう」
リゼが、余計なところまで伝えたらしい。
俺が顔を向けると、彼女は、診療の記録は正確にと答えた。
ローズは、俺を二人で監督できると言っていた。どちらの二人なのか数えてみた。俺を除いても、もう三人いるんだが。
聞くと、誰も自分が監督から外れるとは言わなかった。……どうやら、そこだけは増えても困らないらしい。
ハンナからは、筒を受け取った資材課の担当者と、首輪への組み込み番号が繋がったという報せが届いた。決裁の原本は未発見。続きは監察局へ任せ、緊急の連絡だけ北境の詰所へ送ってもらう。
ローズは、自分の控えを持っていくと言った。返事を待つためだけに、王都へ残るつもりはないらしかった。
師匠が、箱へ小さな『聴音器』を取りつけた。外の呼びかけを筒へ届けるためのものだ。
「声が弱くなったら、その日の会話は終わりにする。無理に出力を上げないこと」
エッダは予備の小石を二つ、俺へ渡した。会話に使う力は、この石から取る。石が切れても魂の保存が止まるわけではないと聞いて、握る手を少し緩めた。
筒の封は別に保たれている。今回の旅には持ちこたえられると師匠は見込んでいたが、落としたり、強い力を流したりしていいわけではない。
布と留め具をもう一度確かめる。箱の中から、早く外へ行きたいという声がした。
俺は予備を道具袋へ入れ、箱を持ち上げた。筒の男は、まず馬車の揺れ方を教えてくれと言った。
◆
街道へ出る前に、手袋を買い直した。
聖堂で焦げたものには、指の付け根へ穴が開いていた。店の女は左右の大きさを確かめ、縫い目が武器の柄へ当たらないものを出してくれた。
ローズは、俺が黒いものへ手を伸ばすと首を振った。
「今度は、少し色のあるものを選べ。血がついても気づかぬだろう」
「これなら、汚れが目立たない」
「目立たせるために言っておる!」
結局、灰色になった。
リゼは替えの包帯を多めに買い、イリスは薬包を雨に濡らさない箱へ詰め直した。
俺は新しい手袋を握り、指を開いた。
柄を握っても、傷の肩を持ち上げずに済む。予備の手袋も一組、荷へ入れた。
◆
馬車の旅は、三日かかった。
途中の宿では部屋を分け、野営の夜は交代で火を見た。俺が長く見張ろうとすると、リゼに寝る時間を指定された。
「起きていられる」
「それは知ってる。明日、怪我人を運ぶ人に、今夜も一人で起きていてほしくないの」
ローズは、俺へ毛布を投げた。
「横になれ。汝が寝息を立てた程度で、我らの鍋は滅びぬ」
イリスが、焚き火の向こうで笑った。
鍋には、夕飯の汁が少し残っていた。ローズは明朝の分へ回すと言い、リゼは蓋がずれないよう布を結んだ。イリスは乾いた薬を火から離し、夜露を避けられる場所へ移している。
俺が寝るまで、三人はいつもどおり動いていた。
「起きたら、先に湯を沸かす」
そう言うと、ローズが顔を向けた。
「うむ。忘れたら、我が起こす。次の仕事を渡しておけば、安心して寝られるであろう」
見抜かれていたらしい。
俺は毛布へ入った。近くで、ローズとリゼが薪の残りを確かめる声がする。
次の見張りを起こす声がした。目を開けかけたが、俺の番ではなかったので、そのまま毛布を引いた。
三日目の午後、山へ入った。
木々の下に、白い霧が溜まっていた。御者は先に連絡を受けていた山の詰所へ馬車を預け、俺たちは運搬用の布担架を畳んで持った。
ここから先は、歩く。
詰所には、最初に戻った二人と、先発の救援隊がいた。イリスが診療を引き継ぐあいだ、俺たちは現地の図へ書き足してもらった。
「調査隊は、正門じゃなく、横の作業口から入った。内側から開けられると思ったんだ。崩落で通路を分断されて、戻れなくなった」
先に帰った男が、図の端へ爪を置いた。裏にも搬出口があるが、外側を岩で塞がれている。詰所の者が掘り始めているものの、頭を出すにも足りないという。
正門には魔術の拒否だけでなく、落石が噛んでいた。現地隊は天井を支える材を集めて待っている。力のいる部分を、俺たちが引き継ぐことになった。
帰りに歩けない者がいれば、俺が運ぶ。イリスは、運ぶ前に固定する場所を確かめると言った。
担架を持つ現地隊の四人が、入口まで同行した。二人は入口の保持、二人は負傷者の搬送を担当する。詰所には、水と、帰還の知らせを送る者が残った。
◆
教会は、針のような木々の奥にあった。
塔は途中で折れ、入口の飾りも苔に隠れている。祈りに来る者より、雨と獣のほうが長く出入りしていたようだった。
先発隊の足跡は、階段の途中まで続いていた。
ローズが、消えかけた白い線を指で擦った。
「霧が内側から出ている。山の天候だけではないな」
リゼは灯りを石へ寄せ、見取り図と扉の位置を確かめた。
その横で、俺は古い文字を読んだ。
勇者ラウルの帰還を待つ。
先発隊が写したとおりだった。
扉の中央へ手を当てると、冷たい光が走った。
『勇者ラウル、登録と不一致。通行を許可しない』
音は、壁の中から響いた。
俺は手を離した。もう一度押しても、同じ返事だった。
ローズが、百五年前の名を指した。
「汝も、我も、ここの職員ではないらしいな」
「ラウルでもない」
「うむ。扉一枚に、そこまで改名を強いられる筋合いはない」
俺は、扉の向こうを見た。
ラウルと、俺。名前からして違うのだから、不一致と言われても、そこは間違っていない。
だが、話が通じないまま戻るわけにもいかない。俺は支柱の入った荷を下ろした。
「救助に来たことは、変わらない。ほかの開け方を探す」
リゼが、現地隊の集めた材を並べた。
灯りを下へ向け、扉の縁を調べる。
「元は横へ引く扉ね。落石で底の溝が潰れてる。ラウル本人が来ても、このままじゃ通れないと思う」
「それは、帰還を待っている側の準備が悪いな」
ローズが扉の文字を見上げた。俺も、そこは同じ意見だった。
「持ち上げれば、外れるか」
「上の支えを先に固定する。あと、枠の内側の留め金はこっちで外す。登録を切れば開く仕組みかも、まだわからないもの」
俺は、荷から支柱を出した。
四人で場所を確かめ、枠を支える。扉へ縄を回し、少しずつ重さを引き受けた。
魔法の声は、同じことを繰り返していた。
俺は返事をせず、扉を溝から持ち上げた。
石が擦れ、入口へ、人一人ぶんの隙間ができる。
奥から、冷たい空気が流れてきた。
霧の向こうで、金属を叩く小さな音がした。
一度。間を置いて、もう一度。
誰かが、こちらへ知らせようとしていた。
「聞こえたか」
リゼがうなずいた。
現地隊の二人が扉の固定を引き継いだ。担架と替えの水は、彼らのいる入口へ置く。
俺は灯りを中へ向けた。
「今度は、その音のところまで行く」




