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第25話 金貨百二十枚と、白い羽根

 翌朝、報酬の袋を受け取った。前の仕事より重かった。

 金貨百二十枚。殺さず、翼の傷を増やさず、診療を終えられる状態まで移したことを、イリスと騎獣院の職員が確認した。


 俺は、袋より先に自分の左手を確かめた。

 指は普通に動いた。


「今日は、その手で棚も運ぶなよ」


 イリスが言った。

 俺は、少し迷ってから、わかったと答えた。


「今、何を運ぶつもりだった?」

「薪くらいなら、と」

「休ませる話が、一つも入ってない」


 ローズが、報酬の袋を俺の前から引いた。


「薪は我らでも買える。汝は、食卓で匙(さじ)を持つ程度に留めよ」


 リゼが、三人の経費を帳面へ書いた。

 移送と治療に使った資材は依頼主の負担だったので、俺たちの取り分から引くものはなかった。


 一人四十枚。それぞれの袋へ分けると、卓の上が少し静かになった。


 押し倒したら失敗。逃がしても失敗。

 竜のほうが、終わらせ方だけは単純だったらしい。俺がそう言うと、イリスは、だから百二十枚なのだと答えた。


 騎獣院の作業員が礼を言いに来た。昨日、入口から逃げた男もいた。雷の落ちる場所から離れるのは間違いではないと答えると、次は先に避雷設備を見ると言った。


 リゼはそれを聞いて、ようやく自分の帳面を閉じた。


 ◆


 ブライトは、騎獣院との契約を止められた。

 痛みを残して従わせるための鉤(かぎ)と、使用を申告していなかった薬。その両方が、治療の記録と一緒に提出された。

 どこまでが独断だったのかは、院が調べるという。


 ブライトは、鉤を使ったことを認めた。強い鳥を一人で御せると見せたかったのだという。放電を外へ逃がす金具も、脅しの効き目を見せるため、自分で外していた。


 騎獣院の責任者は、その日から男の入場札を預かった。調教用の道具と薬も、本人の前で封をした。


 処分の説明を受ける間も、男は、あの鳥は気性が荒いと言い続けていた。

 その声が届くほど近い運動場で、アルバは餌を食べていた。


「言うことを聞かないんじゃなかったのか」


 俺が尋ねると、男は黙った。

 イリスは鳥のほうを見ていた。昨日まで口に入れられなかった餌を、少しずつ飲み込んでいる。


「食べられない理由が、わかっただけ」


 彼女が言った。

 俺も、男から目を離した。

 アルバは餌を一つ残し、水を飲んだ。飲み終えても、誰かに押さえつけられることはなかった。


 アルバの翼は、一週間ほど休ませることになった。

 すぐに空へ戻れるわけではない。傷が閉じ、羽根の根元へ力が戻るまで、走らせることも控えるという。


 それでも、日の差す場所へ歩いて出られた。

 白い頭が、柵の外の俺たちへ向いた。


「また、髪をつつく気か」


 俺が言うと、嘴(くちばし)が足元を向いた。

 落ちていた羽根を一枚つまみ、こちらへ差し出す。

 俺は、左手で受け取った。


 手のひらより、ずっと大きい羽根だった。

 白い表面の内側に、細かな青が透けている。指で触れたところから、弱い温かさが戻った。


「抜いたものじゃない。自然に落ちた羽根なら、持っていて大丈夫」


 イリスが、そう教えた。

 ローズが、羽根を目の高さへ上げた。


「見事だな。我が城の窓辺へ飾るに相応しい」

「俺がもらったんだが」

「置き場所の提案である。汝の匙入れへ突っ込む気なら、今すぐ異議を唱える」


 ……机へ立てようと思ったんだが、先に止められたらしい。

 リゼは羽根を挟む細い木を探し、窓辺ならこっちの向きだと言い始める。いつの間にか、俺が決めるのは羽根を持つ役だけになっていた。


 ◆


 工房では、師匠とエッダが小さな受け口を卓へ出して待っていた。

 保存筒は封をしたまま、声の出口だけを離れた台へつなぐ。昨日、俺が部品代を前払いした試作品だった。


 卓の端から、聞き覚えのある声がした。


「今日は、どうしてた」


 俺は、『雷翼鳥(サンダーバード)』の治療を手伝ったことを話した。

 金貨百二十枚だと言うと、筒の男が、もう一度金額を聞いた。


「いや、待て。俺が旅をしてたとき、そんな仕事はなかったぞ」

「探す場所が違ったのかもしれない」

「俺も、討伐の紙ばっかり見てたからな……」


 同じ声なのに、残念そうなところがずいぶんわかりやすい。俺は、自分の返事と比べながら続きを話した。


「勇者の旅より、稼ぎがいいな」

「そっちは、どれだけもらってたんだ」

「旅費は出てた。ただ、何を買うかまで、だいたい決まってた」


 記憶の中に、似た場面があった。

 金貨の袋を誰かへ渡し、必要な装備を受け取る。俺はそれを、自分の暮らしの段取りだと思っていなかった。


 今は、三人の袋が別々にある。


「こっちは、皿の柄まで自分で選べる」


 そう答えると、男が笑った。

 ローズは、茶を出せぬ相手へ皿を自慢するなと俺を睨(にら)んだ。


「わかってる。外へ出られる方法が見つかったら、飯も考える」


 口にしてから、俺は一度黙った。

 身体を返すという約束ではない。かといって、閉じ込められたままでいいとも思わなかった。

 男は、声を急がせなかった。


「その話、覚えておく」


 試作品の端から端まで、声が届く。男が俺の問いへ返し、エッダは息をついた。


「見るほうは、まだ先だ。今日はこれで十分だよ」


 師匠は、外から感覚を返すには、声とは別の調整が要ると足した。強いものをいきなり送らず、止めたいときに止められる道を残す。

 筒の男は、痛かったら自分で言う、と答えた。俺は、その返事も、次に持っていく道具と一緒に覚えておくことにした。


「また話せるときに、鳥の続きを聞かせてくれ」


 男がそう言ったので、様子を見に行ったら話すと答えた。エッダが受け口を閉じ、筒には触れずに道具を片づけ始める。

 ローズは白い羽根を立てる台の相談を始めた。


 俺が扉へ向かうと、リゼが左の袖を指先でつまんだ。


「ギルドまで、裏通りを回らない?」

「遠いだろう」

「ええ。でも、少し歩きたい」

「何か買うのか」

「あなたと見たいだけ。買う用がないと、付き合ってくれない?」


 俺は表通りへ向けていた足を戻した。


「歩くだけなら、できる」

「うん。それがいい」


 リゼは帳面を鞄へしまった。その手が戻ってきて、また袖をつまむ。

 どの店へ入るのか聞いたが、まだ決めていないと返ってきた。それで、さっきより機嫌がよくなっていた。


 ◆


 結局、何も買わずに裏通りを一周した。羽根の台を受け取ったローズが途中で追いついても、リゼの指はしばらく袖に残った。


 ギルドへ戻ったのは、夕方だった。

 リゼがアルバの札を写した紙を渡すと、窓口の男が奥の担当を呼んだ。


 北境の調査隊について、依頼の条件を改めているところだという。

 小部屋へ通され、俺たちは地図を見た。


「戻っていないのは、隊長を含む八人です。現地の詰所から、救援を求める伝報が来ています。二日前に入った詰所の隊は、霧と崩落で奥へ進めず、入口を確保したまま交代しています。王都からはA級の救援を送ることになりました」


 地図には、北の山岳地帯へ印があった。

 勇者ラウルの霊廟(れいびょう)。百五年前に没した勇者を祀る、古い教会の地下だという。


「鳥だけが、なぜ戻れた」

「崩落したのは四日前です。入口の近くにいた二人が外へ知らせに戻り、外で待たせたアルバへ伝令を託しました。二人は山の詰所に残っています。鳥が王都へ着いたのは、三日前。札は、そのときにつけたものです」


 アルバは、助けを呼ぶために戻ってきた。そのあと王都で傷つけられ、運んできた知らせだけが先にギルドへ届いていたのだ。

 鳥の治療は終わった。だが、待っている八人は、まだ山にいる。俺は地図の道を追った。


「食料は、まだあるのか」

「一隊十人で十四日ぶん。戻った二人は自分の分を置いて出ています。ただ、備蓄を持つ者と離れていたり、怪我人が出ていたりした場合の余裕はありません。王都から三日、事故から七日目に入る計画です」


 イリスが、後ろで口を開いた。


「診療担当をつけて。私が行く。あの隊の薬の中身ならわかる」


 ギルドの男はうなずいた。

 まだ俺たちが引き受けると決めたわけではない。リゼは詰所への連絡時刻と、道の状態を尋ねていた。ローズは帰りの宿泊先を地図へ足す。


 入口側に救援の者が残っているとわかり、俺は奥へ運ぶ水と食料を指で数え直した。


 カシムたちの名前を記した紙も、依頼書と一緒に置かれた。

 年齢、担当、普段飲んでいる薬。カシムの下に、地図係のミーナ、石工のヨハンと続いていた。


 イリスはそのうち一人を知っていた。腰を痛めていた男で、荷を運ぶとき無理をしやすいという。ローズは、それなら帰りの担架は一つ多く用意するかと尋ねた。

 俺は依頼書を引き寄せた。


 紙のいちばん下で、目が止まった。

 先発隊が入口から写してきたという、古い文字が添えられている。


『勇者ラウルの帰還を待つ。登録なき者の通行を許さない』


 俺は、その一行を長く見た。

 百五年前に死んだ男を待つ門だった。

 そこへ入った調査隊が、何故閉じ込められたのか。先に帰った二人の話も聞かなければならない。


「行く。ただし、開けて終わりにはしない」


 俺は、帰り道のほうへ指を置いた。


「八人を、ここまで連れて帰る。それで受ける」


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