↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/30

第21話 俺の声で、俺ではない男が話した

 俺が口を閉じても、筒からは俺の声がした。


「外は、夜なのか。さっきから、時計の音がする」


 エッダの手は道具から離れている。声を出す針も、俺の呼吸とは違う間隔で揺れていた。

 ローズの指が袖をつかむ。


「汝が勇者デルタなら、我を知っているか」

「ローズマリー。最後に戦った相手だ。左の角を、俺が折った」


 折れた角が、石の床を転がる。

 俺にも思い出せた。降伏を認めるまで握っていた剣。その手は、今も俺の腕についている。


「じゃあ、俺は何だ」


 誰に答えてほしかったのか、自分でもわからない。

 リゼが椅子を寄せた。座れとは言わず、俺の腰が落ちるまで背を押さえていてくれた。


「俺も戦った。師匠に剣を教わった。アルドに殺されたところまで覚えている」

「アルドに?」


 筒の声が高くなる。俺は、自分がそんな声を出すところを聞いたことがなかった。


「城から戻ったあとが、まだつながらない。何があったんだ」


 俺は師匠を見た。

 胸の傷を塞ぎ、身体を取り戻したという人だ。今度こそ、どちらが本物なのか決められるのだろうか。


「目覚めたお前が昔のことを話せたので、魂も戻った可能性を考えた」


 師匠は俺を見て言った。


「そうであってほしかった。だが、確かめられてはいない。昼に『わからない』と言ったのは、そのこともだ」

「まだ、わからないのか」

「ああ。ただ、今は二つの場所から、違う返事がある。私の願いで片方を間違いにしてはいけない」


 膝の上で、手帳の角が掌に食い込んでいた。

 開こうとして、やめる。誰なのかを教えてくれる頁があるなら、師匠が先に読んでいる。


 ◆


 少しして、ハンナが工房へ来た。

 遺体回収依頼の取消しの控えを家へ届け、留守だと聞いてこちらへ回ったという。

 ローズは紙を受け取るより先に、筒の声を聞かせた。


「……封印番号を見せて」


 ハンナが刻印を読み、手元の記録と比べる。

 途中から、数字を追う指が動かなくなった。


「私が五年前に封じた筒よ。番号も、保存した日も一致する」


 魂を採った。別の課へ渡した。

 家の前で聞いたときには、まだ、俺の知らない仕事の話のようでもあった。

 いまは、その筒が俺に返事をする。


「俺を戻すために、残していたのか」


 問いかけたのは筒の男だった。

 ハンナはそちらへ顔を向けた。


「いいえ。残った勇者の力を調べるため。身体も、魂も、検査の対象だった」


 しばらく時計だけが鳴った。


「あいつら、俺を分けて運んだのか」


 男の声に、俺は自分の胸を押さえた。

 そこには一つ分の鼓動しかない。なのに今、その胸を刺された人間が、手の届く場所で別に話している。

 ハンナは言葉を探しているようだったが、ローズが外した首輪を卓へ置いた。


「我の首にあった理由も、答えよ」


 ハンナの説明はこうだった。

 魂を封じたとき、筒は単体だった。別の部署へ引き渡してから、いつ首輪へ組み込まれたのかは知らない。その後に命じられたのは、首輪を残したままローズを聖務局の保管から外すことだった。


「中に何があるのか確かめず、ドルンへ売ったのだな」

「ええ。店を選んだのも、売却として処理したのも私。首輪を壊さず渡せば、それで仕事を終えたことにした」


 ローズは、筒と外輪を離して並べた。


「ならば、組み込んだ者の記録を出せ。知らぬ理由を、汝が今から作るな」


 リゼが二つの番号を同じ紙へ写す。ハンナはその写しを、監察局へ出す照会に添えると答えた。ローズは回答の届く日も確かめてから、ようやく紙を放した。

 首輪を外しても、彼女の問いは終わっていなかった。


 ◆


「番号が同じでも、声まで確かめよう」


 エッダが筒の台を、間を空けて三度叩いた。

 男が回数を答える。続けて、いま工房で交わした言葉にも返事をした。


「録音じゃない。けれど、針一本で魂の身元まで判定できるわけではないよ」


 師匠が、昔の稽古を抜け出して買った菓子を尋ねた。


「蜂蜜の揚げパン。半分、師匠に取られた」

「授業料だ」

「あれ、払ってたはずだろ」


 筒の男が笑う。

 そのやり取りを聞いても、俺の中には揚げパンが浮かばなかった。覚えているふりをしようとすれば、できたかもしれない。今の答えを繰り返せばいいだけだ。

 けれど、俺は首を振った。


「俺には、その記憶がない」


 剣を置いた夜は逆だった。俺が話せる場面で、男は黙り込む。

 リゼは二つの欄を作り、俺たちがそれぞれ答えたことを書いた。片方へ足りない分を、もう片方から写すことはしなかった。


 師匠は、応答の測定も提案した。

 筒を開くのではない。保存したまま弱い力を送り、針の戻り方を記録する。俺のほうは胸へ検査石を当てるだけだという。

 俺がうなずき、筒の男も「いい」と答えてから、道具が出された。


「戻る幅が違うな」


 エッダの声に、師匠が針を見比べる。


「筒の中と身体の中では、測る条件も違う。これだけで正体は決められない。数値は、次に比べられるよう残しておこう」


 何もわからないままではない。だが、名前をつけられるところまでも来ていない。

 俺は検査石が離れるのを待ち、襟を戻した。


 ◆


「俺の身体は、そこにあるんだな」


 男が尋ねた。

 ああ、と言う前に、自分の手が見えた。三枚の銅貨を置き、ローズを買った手だ。リゼとローズへ、新しい家の鍵を渡した手でもある。


「返してほしいのか」


 ローズが口を開きかける。

 けれど俺の言葉を遮らず、つかんでいた袖をそっと放した。


「生きたい」


 筒の声は、はっきりしていた。


「飯も食いたい。外も見たい。だが、お前を殺してそこへ戻るとは、言ってない」


 返す、と言えばいいのかもしれない。

 もともと誰のものだったかを問われたら、俺には差し出せる証拠がない。

 それでも、今日の家の鍵を握るのは、俺の指だった。


「俺も、出ていくとは言えない」

「なら、ほかの方法を探そう。今すぐ全部決めろって言われても、俺にも無理だ」


 男の返事を聞いて、ようやく息を吐けた。

 師匠も、身体へ魂を移す試験はしないと告げる。片方を追い出せば済む処置ではないし、成功の保証もない。

 まず筒の保存を安定させ、話せる時間を調べる。外を知る手段を、少しずつ増やす。それなら始められるという。


「声を届けるための部品から取り寄せたい。魂を移し替える道具じゃないよ」


 エッダが見積もりを差し出す。

 俺は金額と、自分の袋を見比べた。三人で働いても、二人の取り分は俺の金ではない。俺がやりたいことなら、その分の仕事を探せばいい。


「先に、俺が何をしたいか決めていいか」

「今さら許可を求めるな。聞いておる」


 ローズが顎を上げる。

 俺は筒へ向き直った。


「お前が外を見る方法を探す。だが、俺もこの身体で、あの家へ戻る。両方とも、やめない」


 針が一度揺れた。


「それなら、俺も手伝う。声しか出せないが」


 工房を出る前に、男がもう一度呼んだ。


「明日も、来るか」

「ああ。仕事を探してから来る」


 まだ、俺が誰なのかはわからない。

 けれど明日はここへ戻る。あの声を聞くために、自分の足で。

 ポケットの鍵が、歩くたび小さく鳴っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。