第19話 その光を斬れば、病棟も止まる
白い槍が、二本になった。
一本は胸へ、もう一本は踏み込むはずの右脚へ来る。俺は祭壇の端を蹴り、二本の間を抜けた。肩の傷が熱かった。
ベルナードは祭壇の奥から動かず、杖を胸の前へ引いた。白い光が板のように広がり、男と俺の間を塞いだ。
「よく避ける。さすがに、身体の力だけは似ている」
俺は左へ回ろうとした。
男のいる側へ抜ける道は見えている。壁の上を越えて、杖を持つ手首を押さえればいい。
踏み切る前に、背後で椅子の倒れる音がした。
俺の後ろが聖堂の出口、右手の小扉が病棟だった。出口へ向かう人たちは、倒れた長椅子をよけ、狭くなった通路を一人ずつ抜けている。
子どもを抱いた職員が、老人を支える従者の後ろで立ち止まった。
そこへ、二枚目の光の壁が滑ってきた。
俺は左手を伸ばし、その縁を押さえた。掌に、焼けた鉄を握るような熱が走る。
壁の向こうで、ベルナードの杖が上がった。
「来ないのか。剣を振るには、狭いかね」
剣を振るだけなら、困らなかった。
俺は壁を押し返しながら、踏み込む側の踵をわずかに浮かせた。その半歩ぶん、白い板が背後へ進む。
子どもの手が、目の前へ迫った光をよけて職員の服をつかんだ。
俺は足を戻した。板が止まる。
あちらへ飛ぶことはできる。戻ることもできるだろう。
その間、代わりに壁を受けるものが、あの子の腕だった。
「ローズ、後ろを頼む」
「見えておる! 前の者を押すな。歩ける者から、椅子の左を通れ!」
リゼが長椅子を引き、通路を広げた。
老人の膝が崩れ、従者がその肩を抱え直す。アルドも椅子をどけ、ハンナが反対の腕を取った。
俺は彼らの足が通る幅を残し、右手の剣で次の槍を上へ弾いた。柱の飾りが砕けたが、石片は誰もいない席へ落ちた。
「持ち場へ戻れ!」
ベルナードが、従者の背へ怒鳴った。
男は祭壇を一度見た。それでも、老人の腕を放さなかった。
俺は槍の先を剣で横へ払い、杖を持つ男へ目を戻した。
「そっちを呼ぶな。相手は俺だろう」
◆
病棟の扉が開いた。
師匠が白衣の者へ指示を出していた。歩ける患者を奥の棟へ移し、装置を離れられない八人のそばへ、人を残している。
リゼは俺のすぐ右にある柱へ身を隠し、壁の運用図を開いた。
「あの杖を通さず、病棟へ力を戻せるはずなんだけど……」
祭壇の下で、光る管が四本へ分かれていた。槍が出るたび、病棟へ向かう一本まで暗くなる。
俺は左手で壁を支えたまま、剣先で分岐を示した。
「力を出してるのは、杖ではないんだな」
「ええ。祭壇の下の『蓄魔石』よ。杖は、配分と術の形を変えるだけ」
「取り上げたら、この壁は止まるか」
「一度出た防壁や拘束は、元の石が供給を続ける。追加は止められても、いま出てるものは残る」
掌に食い込む光は、話している間にも強くなる。杖を奪うだけでは消えない。なら、力の出どころを断つしかない。
「石から分配管へ来る力なら、切れる」
「治療の装置も、全部同じ供給よ」
病棟の奥で、小さな鐘が鳴った。
息を吸う間隔に合わせた、短い音だった。俺はそちらへ刃を向けず、剣を胸の前へ戻した。
「壁だけを分けて止めるところは、まだわからない」
「なら、患者を一人ずつ別の術具へ移す」
師匠が扉から言った。
「八人だ。予備の石で治療をつなぎ直してから、奥へ運ぶ。それまで持たせろ」
俺はうなずいた。
リゼへ来た槍を剣の腹で受け、柱の外へ逸らす。頬に熱が触れ、血が首へ落ちた。
左手の壁は放さなかった。
「図を見てくれ。こっちは、俺が見てる」
リゼは開きかけた口を閉じ、図へ戻った。
出口で、ローズが子どもを職員ごと外へ押し出す。老人を支えた三人も、ようやく敷居を越えた。
「後ろは空いたぞ!」
俺は、空になった通路を一度見た。
押さえていた壁を、無人の長椅子の列へ傾ける。板が椅子を潰す音を背に、左へ踏み切った。
祭壇の防壁の端を越え、次の杖が上がる前に、その内側へ入る。
柄を握る。親指を四つの石から外す。右手の鍔で手首を返し、男の膝を石段へつかせた。
床を渡る管の手前で、俺も足を止めた。
杖を奪い、出口の外へ滑らせる。続けて男の帯を抜き、背へ回した両手首を祭壇の脚へ縛った。
追加の槍が、止まった。
だが、先に出ていた壁は動いていた。
倒れた長椅子を押しのけ、今度は病棟の小扉へ迫る。俺は引き返し、扉の前へ背を入れた。
白い熱が、上着を焦がした。
「……そちらは、まだ片づかないのか」
リゼが病棟へ顔を向け、壁際の灯りを外した。
「これ、予備の石で点く型よ。運搬用の術具にも使える。同じものが、廊下に何個ある?」
「我が集める。汝はその壁を押さえておれ。奥まで片づけを増やすでないぞ!」
ローズは灯りを抱えて走った。
廊下が暗くなり、かわりに職員の油灯が増えた。
運ばれてくる灯りには古い型も混じり、緩んだ金具がかたかた鳴っていた。
リゼは歪んだ台座を脇へ分け、使える石と留め具を選んでいる。数だけ集めれば足りる、というものでもないらしい。
◆
「命令を聞けば、この場で治療してやったものを」
祭壇の下から、ベルナードの声がした。
俺は壁と扉の間で、足を置き直した。男の両手は、もう縛ってある。それでも、病棟へ来る力は戻らない。
奪った杖は出口の外へ転がり、四つの石だけが光っていた。
「病棟へ回せと言った。その返事が、これだろう」
男は帯を引いた。ほどけず、今度は外の衛兵へ役職を怒鳴る。
俺はそちらを見るのをやめた。
背中へ触れた板が、少しずつ熱くなる。俺は壁を受ける腕を伸ばし、扉の正面から光の縁をずらした。
肩まで通れる幅ができると、寝台の車輪がそこへ入った。ここを空けたまま、支える必要があった。
リゼが小扉から顔を出した。
「五人、別の石へつなげた。奥へ運んでる。あと三人」
「わかった」
「切ったら、古い治療装置へは戻せない。全部、予備の残りで続けることになる」
俺は祭壇の管へ目を向けた。
その根元へ行く道は、もう見えている。いま離れれば、壁は病棟の入口を押し潰す。まだ三人と、それを運ぶ者が通る場所だった。
「足りるまで、切らない」
リゼは俺の手を見て、自分の道具袋から石を二つ出した。言葉を返す代わりに、病棟へ走っていく。
肩から流れた血で、袖が重くなった。
師匠が向こうで、一人ぶんずつ呼吸を数えていた。鐘が鳴り直す。その音のあとで、車輪が奥へ遠ざかる。
「あと一人だ!」
ローズの声がした。
窓の向こうを、赤い髪が低く横切った。抱えていた灯りは、もう残っていない。
俺は壁へ肩をつけ直し、剣を持つ右手だけを前へ出した。
そのとき、病棟の鐘が途切れた。
リゼが扉を押し開け、こちらへ両手を上げる。
「まだ切らないで! 最後の術具に、力が入らない!」




