↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/27

第18話 偽物かどうかは、殺した日の話をしてからだ

 中央聖堂には、見物人のための椅子が並んでいた。

 こちらが何をしたかは、ずいぶん調べたらしい。


 だったら、自分が五年前に何を命じたかも、同じくらい話せるはずだ。俺は、聞く順番を書いた紙を出しておいた。


 祭壇の前は一段高く、胸に金の飾りをつけた男が座っている。横には書記と、白い杖を抱えた従者。ベルナードは、俺たちが入ると、自分の前へ来るよう指を動かした。


 俺はその指ではなく、隣に座るギルドの職員へ向かった。


「立ち会いは、頼めるか」

「招待を受けています。こちらで発言も記録します」


 職員が、机の上の紙を示した。

 昨日、礼拝堂から箱を運び出してくれた男だった。リゼはその横へ資料を置き、ローズは俺と同じ側の椅子へ座った。


 ベルナードの指が、空中で止まっていた。


「こちらへ、と言ったはずだが」

「聞こえた。話は、ここからでもできる」


 男は、ゆっくり手を下ろした。

 椅子の列には、怪我人を抱える家族や、商人らしい者もいた。正面の壁にある白い灯りを見上げ、両手を組んでいる。


 ローズが小声で、あれは何かと尋ねた。

 リゼが壁の案内板を読んだ。


「病棟への治療術を補助する装置みたい。『蓄魔石(ちくませき)』の力を、施療の建物へ送ってるって」


 聖堂の裏には、長い病棟がつながっていた。

 師匠も、今日はそちらの施療を手伝ってから来るという。


 俺は灯りの下を通る細い管を見た。壁から伸び、祭壇の左右で枝分かれしている。


 入口では、薬を受け取った老人が係の者へ頭を下げていた。母親が熱のある子を膝へ抱き、呼ばれるたび顔を上げる。俺たちの話を見に来た人ばかりではない。ここには、治療を待つ人もいる。


 白衣の者が子どもの額へ手を当て、母親を裏の扉へ案内した。


 リゼは狭い通路へ目をやり、ローズは人の座る列を数えていた。二人が気にしているのは同じものだった。俺も少しだけ足の位置を変えた。



 ◆


「勇者デルタは、五年前に死亡している」


 ベルナードは、最初にそう言った。

 椅子の列が静かになった。


「我々はその偉業を称え、魂の安息を祈ってきた。にもかかわらず、その名を称し、墓から戻ったと語る者がいる」

「戻ったから、そう言った」


 俺が返すと、書記のペンが止まった。

 ベルナードは口元を引き締め、俺へ視線を向けた。


「その証明を求めている」

「俺を殺した相手の証言なら、預けてある。あんたの前でも話してもらうか」


 入口で、アルドが立った。剣も金の徽章(きしょう)もない。監察局の係員へ受取票を渡した。功労金(こうろうきん)の残る八十枚も、朝のうちに預けたと聞いていた。


 その後ろにはハンナもいた。俺たちの席へ来ず、証言を求められる者の列に、自分の名で立っていた。


 アルドがベルナードへ向き直った。


「あの夜、命令を読み上げたのは、あなたです」


 ハンナも、一歩前へ出た。


「私も聞きました。そのあと、デルタが武器を置いた部屋へ入り、アルドが剣を抜くところを見ていました」


 見物人の列で、小さく息を吸う音がした。ハンナは俺を見なかった。


「止めなかったことも、私の証言へ書いてあります」


 ベルナードの従者が、一歩前へ出た。

 だが、男は手で下がらせた。


「自ら職を捨てた騎士の言葉に、どれほどの重みがあるか」

「誓いに追加されていた、口外(こうがい)防止の部品も提出しています」


 リゼが言った。

 ギルドの職員が、点検記録と保全した銀板の入った箱を並べた。


「剣も地位も返している。でも、あなたの部署が口止めの部品を発注した記録まで、なくなったわけではないでしょう」


 ベルナードが、彼女を見た。


「あなたは、奴隷商会の鑑定士だったそうだね」


 リゼの肩が、少しだけ動いた。

 俺が口を開く前に、彼女はうなずいた。


「そうよ。その関与も、署名した書類も、調べてもらっている。だから、あなたの署名だけを調べなくていい理由にはならないわ」


 ペンが、また動き始めた。

 ローズが卓の下で、リゼの肘(ひじ)へそっと触れた。

 ベルナードは、二人から俺へ視線を戻した。


 ◆


「お前がデルタ本人であるなら、理解しているはずだ。勇者には、常人と異なる責務がある」


 男は、俺を本人と呼んだ。

 さっきまで証明を求めていた口が、そのときだけ迷わず動いた。


「俺を殺す理由になった責務か」

「討伐ののちに訪れる災いを防ぐため、必要な処置があった。あの場にいた者は、すべてを承知して務めを果たした」

「俺は、承知していない」


 言った声が、思ったよりよく響いた。

 俺は椅子から立った。剣には触れなかった。


「戦果の確認だと言われて、武器を置いた。何が必要で、誰が死ぬのか、俺には説明されなかった」


 アルドが、目を伏せずに聞いていた。

 俺はベルナードの顔を見た。


「全員に俺を数えるな。あんたの命令を聞いた連中だけで、俺の命まで承知したことにするな」


 椅子のどこかで、人が息をのんだ。

 ベルナードの手が、ひじ掛けを握った。


「神託(しんたく)へ異を唱えるのか」

「まず、あんたが俺を殺せと言ったか聞いている」


 前の列で、商人が帽子を握り直した。俺へ向いていた目が、祭壇へ移る。


 ベルナードは椅子の背へ体重を預けた。俺は座り直さず、返事を待った。神の話ではなく、あの日この男が何を言ったのかを。


 書記が顔を上げても、男は黙っていた。

 ローズが立ち上がった。


「我も、答えを待っている。汝らの都合が変わるたび、ここにいる者を、人と数えたり物と数えたりするのはよせ」


 首元は、隠していなかった。

 薬の跡も、皮膚に残った細い傷も、そのままだった。


「首輪をつけたまま、聖務局の保管から外せ。ハンナへ、そう指示したのは汝か。保管から外す理由は何だ」


 ローズが、監察局で受け取った命令の写しを卓へ置いた。

 男は紙を見たが、手には取らなかった。


「魔王の待遇は、今日の議題ではない」

「我は今日、聞きに来た。汝の議題表へ一行足すくらい、手は動くであろう」


 ローズは写しの署名を指で押さえた。


「聞いているのは、この命令の理由だ」


 ベルナードは、従者の白い杖へ手を伸ばした。

 俺はその動きを見て、一歩、卓の外へ出た。


 ◆


「静粛に」


 杖の先で、白い光が膨らんだ。

 同時に、壁の灯りが細くなった。

 裏の病棟で鳴っていた、小さな鐘の音が変わる。リゼがそちらへ顔を向けた。


「待って。あの杖、病棟の装置とつながってる」


 俺も、壁の管を見た。

 流れていた白い光が、祭壇へ向かって曲がっていた。ベルナードの足元へ集まり、杖の輪を満たしていく。


「聖具(せいぐ)への不正な干渉については、私が管理権限を持つ。ここで武器を預け、調べを受けてもらおう」

「先に、杖を下ろせ」


 俺が言うと、男の眉が動いた。


「剣を抜いてもいない相手に、その光は何のつもりだ」

「抵抗しなければ、何も起こらない」


 ローズが、見物人へ下がるよう手を振った。

 リゼはギルドの職員に声をかけ、通路の椅子を動かし始めた。俺を強引に呼び寄せるための光が、人の並ぶ場所を向いている。


 俺は、祭壇と客席の間へ立った。


「病棟への供給を戻せ」


 男の口元に、笑いが戻った。


「壊せば、そちらも止まる。君ほどの力があるなら、それくらいはわかるだろう」


 俺は剣を抜いた。

 紙へ一行足すより先に、杖を出すのか。……あの伯爵もそうだったが、話の順番がどうにも逆だ。


 ベルナードは、こちらが自分の言葉を理解しなかったと思ったらしい。杖の先を上げ、白い光を細い槍に変えた。


 俺は、その一撃を横へ払った。

 光が剣に触れて弾け、肩の服が裂けた。熱いものが腕を伝う。

 背後で、誰かが叫んだ。


「逃げる道を空けてくれ」


 俺は振り返らずに言った。

 剣先を、ベルナードの杖へ向け直す。


「あんたの返事は、その程度か」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。