第18話 偽物かどうかは、殺した日の話をしてからだ
中央聖堂には、見物人のための椅子が並んでいた。
こちらが何をしたかは、ずいぶん調べたらしい。
だったら、自分が五年前に何を命じたかも、同じくらい話せるはずだ。俺は、聞く順番を書いた紙を出しておいた。
祭壇の前は一段高く、胸に金の飾りをつけた男が座っている。横には書記と、白い杖を抱えた従者。ベルナードは、俺たちが入ると、自分の前へ来るよう指を動かした。
俺はその指ではなく、隣に座るギルドの職員へ向かった。
「立ち会いは、頼めるか」
「招待を受けています。こちらで発言も記録します」
職員が、机の上の紙を示した。
昨日、礼拝堂から箱を運び出してくれた男だった。リゼはその横へ資料を置き、ローズは俺と同じ側の椅子へ座った。
ベルナードの指が、空中で止まっていた。
「こちらへ、と言ったはずだが」
「聞こえた。話は、ここからでもできる」
男は、ゆっくり手を下ろした。
椅子の列には、怪我人を抱える家族や、商人らしい者もいた。正面の壁にある白い灯りを見上げ、両手を組んでいる。
ローズが小声で、あれは何かと尋ねた。
リゼが壁の案内板を読んだ。
「病棟への治療術を補助する装置みたい。『蓄魔石』の力を、施療の建物へ送ってるって」
聖堂の裏には、長い病棟がつながっていた。
師匠も、今日はそちらの施療を手伝ってから来るという。
俺は灯りの下を通る細い管を見た。壁から伸び、祭壇の左右で枝分かれしている。
入口では、薬を受け取った老人が係の者へ頭を下げていた。母親が熱のある子を膝へ抱き、呼ばれるたび顔を上げる。俺たちの話を見に来た人ばかりではない。ここには、治療を待つ人もいる。
白衣の者が子どもの額へ手を当て、母親を裏の扉へ案内した。
リゼは狭い通路へ目をやり、ローズは人の座る列を数えていた。二人が気にしているのは同じものだった。俺も少しだけ足の位置を変えた。
◆
「勇者デルタは、五年前に死亡している」
ベルナードは、最初にそう言った。
椅子の列が静かになった。
「我々はその偉業を称え、魂の安息を祈ってきた。にもかかわらず、その名を称し、墓から戻ったと語る者がいる」
「戻ったから、そう言った」
俺が返すと、書記のペンが止まった。
ベルナードは口元を引き締め、俺へ視線を向けた。
「その証明を求めている」
「俺を殺した相手の証言なら、預けてある。あんたの前でも話してもらうか」
入口で、アルドが立った。剣も金の徽章もない。監察局の係員へ受取票を渡した。功労金の残る八十枚も、朝のうちに預けたと聞いていた。
その後ろにはハンナもいた。俺たちの席へ来ず、証言を求められる者の列に、自分の名で立っていた。
アルドがベルナードへ向き直った。
「あの夜、命令を読み上げたのは、あなたです」
ハンナも、一歩前へ出た。
「私も聞きました。そのあと、デルタが武器を置いた部屋へ入り、アルドが剣を抜くところを見ていました」
見物人の列で、小さく息を吸う音がした。ハンナは俺を見なかった。
「止めなかったことも、私の証言へ書いてあります」
ベルナードの従者が、一歩前へ出た。
だが、男は手で下がらせた。
「自ら職を捨てた騎士の言葉に、どれほどの重みがあるか」
「誓いに追加されていた、口外防止の部品も提出しています」
リゼが言った。
ギルドの職員が、点検記録と保全した銀板の入った箱を並べた。
「剣も地位も返している。でも、あなたの部署が口止めの部品を発注した記録まで、なくなったわけではないでしょう」
ベルナードが、彼女を見た。
「あなたは、奴隷商会の鑑定士だったそうだね」
リゼの肩が、少しだけ動いた。
俺が口を開く前に、彼女はうなずいた。
「そうよ。その関与も、署名した書類も、調べてもらっている。だから、あなたの署名だけを調べなくていい理由にはならないわ」
ペンが、また動き始めた。
ローズが卓の下で、リゼの肘へそっと触れた。
ベルナードは、二人から俺へ視線を戻した。
◆
「お前がデルタ本人であるなら、理解しているはずだ。勇者には、常人と異なる責務がある」
男は、俺を本人と呼んだ。
さっきまで証明を求めていた口が、そのときだけ迷わず動いた。
「俺を殺す理由になった責務か」
「討伐ののちに訪れる災いを防ぐため、必要な処置があった。あの場にいた者は、すべてを承知して務めを果たした」
「俺は、承知していない」
言った声が、思ったよりよく響いた。
俺は椅子から立った。剣には触れなかった。
「戦果の確認だと言われて、武器を置いた。何が必要で、誰が死ぬのか、俺には説明されなかった」
アルドが、目を伏せずに聞いていた。
俺はベルナードの顔を見た。
「全員に俺を数えるな。あんたの命令を聞いた連中だけで、俺の命まで承知したことにするな」
椅子のどこかで、人が息をのんだ。
ベルナードの手が、ひじ掛けを握った。
「神託へ異を唱えるのか」
「まず、あんたが俺を殺せと言ったか聞いている」
前の列で、商人が帽子を握り直した。俺へ向いていた目が、祭壇へ移る。
ベルナードは椅子の背へ体重を預けた。俺は座り直さず、返事を待った。神の話ではなく、あの日この男が何を言ったのかを。
書記が顔を上げても、男は黙っていた。
ローズが立ち上がった。
「我も、答えを待っている。汝らの都合が変わるたび、ここにいる者を、人と数えたり物と数えたりするのはよせ」
首元は、隠していなかった。
薬の跡も、皮膚に残った細い傷も、そのままだった。
「首輪をつけたまま、聖務局の保管から外せ。ハンナへ、そう指示したのは汝か。保管から外す理由は何だ」
ローズが、監察局で受け取った命令の写しを卓へ置いた。
男は紙を見たが、手には取らなかった。
「魔王の待遇は、今日の議題ではない」
「我は今日、聞きに来た。汝の議題表へ一行足すくらい、手は動くであろう」
ローズは写しの署名を指で押さえた。
「聞いているのは、この命令の理由だ」
ベルナードは、従者の白い杖へ手を伸ばした。
俺はその動きを見て、一歩、卓の外へ出た。
◆
「静粛に」
杖の先で、白い光が膨らんだ。
同時に、壁の灯りが細くなった。
裏の病棟で鳴っていた、小さな鐘の音が変わる。リゼがそちらへ顔を向けた。
「待って。あの杖、病棟の装置とつながってる」
俺も、壁の管を見た。
流れていた白い光が、祭壇へ向かって曲がっていた。ベルナードの足元へ集まり、杖の輪を満たしていく。
「聖具への不正な干渉については、私が管理権限を持つ。ここで武器を預け、調べを受けてもらおう」
「先に、杖を下ろせ」
俺が言うと、男の眉が動いた。
「剣を抜いてもいない相手に、その光は何のつもりだ」
「抵抗しなければ、何も起こらない」
ローズが、見物人へ下がるよう手を振った。
リゼはギルドの職員に声をかけ、通路の椅子を動かし始めた。俺を強引に呼び寄せるための光が、人の並ぶ場所を向いている。
俺は、祭壇と客席の間へ立った。
「病棟への供給を戻せ」
男の口元に、笑いが戻った。
「壊せば、そちらも止まる。君ほどの力があるなら、それくらいはわかるだろう」
俺は剣を抜いた。
紙へ一行足すより先に、杖を出すのか。……あの伯爵もそうだったが、話の順番がどうにも逆だ。
ベルナードは、こちらが自分の言葉を理解しなかったと思ったらしい。杖の先を上げ、白い光を細い槍に変えた。
俺は、その一撃を横へ払った。
光が剣に触れて弾け、肩の服が裂けた。熱いものが腕を伝う。
背後で、誰かが叫んだ。
「逃げる道を空けてくれ」
俺は振り返らずに言った。
剣先を、ベルナードの杖へ向け直す。
「あんたの返事は、その程度か」




