第14話 俺の真似をするなら、そこも覚えておけ
膝へ向かった刃を、跳んでかわした。
着地する場所へ、もう切っ先が来ていた。足を浮かせれば、降りた瞬間を突く。五年前の俺なら、その高さを選ぶ。
剣の腹で突きをずらし、白い腕へ手を添えた。
重い。だが、腕の動く向きはわかっていた。
引き戻す力へ合わせて一歩進み、肘の内側へ自分の柄を打つ。金属の肘が軋み、切っ先が天井へそれた。
「デルタ、左の足を見よ! 胴より遅れる!」
ローズの声が響いた。
像は背の高い身体を回すたび、足元の溝へ踵を戻していた。床の下にある軸から、完全には離れられないらしい。
人間の剣を写したところで、身体まで同じにはならない。俺は左へ回り、胸の石と床の線を見比べた。
どれが命令で、どれが動力なのか、まだわからない。首輪の杖と箱のようには、二つの端を決められなかった。そこで断絶を使えば、書庫の扉を落とすほうを切るかもしれない。
白い剣が迫った。俺は術を選ばず、刃の腹で受けた。重い。押し返すだけならできるが、像の背後には書庫の扉があった。
白い刃が追ってくる。
柱の手前で軌道が変わり、横薙ぎが真上からの斬撃になった。紙も柱も壊さず、侵入者だけを斬る。作った者は、守るものの区別まで仕込んでいた。
それなら、俺にもやりようがある。
「リゼ。書庫の扉を動かす線は、どこまで続く」
「左の足元。石の下へ入ってる。像が倒れたら、巻き込むかもしれない!」
「倒さなければいいんだな」
「十呼吸あれば、線を床の留め具へ固定できる。像をこちらへ回さないで」
「わかった。終わったら呼んでくれ」
ローズが柱の向こうへ移った。俺では見えない、像の踵を見ている。勝手に前へ出ず、剣の届く角度を二人で確かめていた。
像が踏み込んだ。
俺の剣を外へ流し、空いた胸を突く。昨日アルドの手から剣を落としたとき、その先へ進まなかった動きだった。
なるほど。俺がやめるところで、こいつはまだ進むのか。
動きは似ていても、力の抜き方までは同じではないらしい。だったら、そこを止めればいい。
胸へ来た切っ先を見ながら、俺は剣を持つ右手を下げた。
左手で、相手の手首を外へ押す。
刃が肩の横を通った。腕の下へ身体を入れ、右足を、像の足と床の溝の間へ踏み込む。
石が、靴底の下で割れた。
それ以上は踏まない。
「知ってる。その次は、肘で押すんだろう」
白い肘を、先に押さえた。
像の肩が止まる。その腕を持ち上げ、胸の正面をこちらへ向けたまま、壁からも柱からも離す。
像の肩から細い刃が伸びた。手首を押さえられたときの備えまで、足されていたらしい。
俺は首をそらし、刃を頬の横へ通した。腕を放せば、像はリゼのいる床へ回る。
「動くな。その足で支えよ!」
ローズの声がした。俺は踏み替えずに待った。
腰を回す軸が鳴る。だが、白い胴は途中で止まった。ローズが転がした盾の欠片が、空いた溝へ食い込んでいた。
「固定できた!」
リゼが床から離れた。俺はそこで初めて、像の体重を正面から引き受けた。
剣の柄を、白い胸へ当てた。
一度目で、聖石を覆う格子が曲がった。動きかけた肩を左腕で止め、二度目を同じ場所へ入れる。
胸の光が弾けた。
重さが、俺の腕へかかった。
俺は膝を曲げ、像を倒さず、足元へゆっくり座らせた。引き出されかけた金属線を靴で踏まずに避け、剣を握った腕も床へ置く。
最後に、白い頭が下がった。
広間には、石の欠片が落ちる小さな音だけが残った。
像の背から、回転を試みる音が一度だけした。俺はその重さを支え、光が戻らないのを確かめてから手を離す。
リゼが線の留め具を点検した。ローズは溝から盾の欠片を抜き、床へ置いた。
「……立ったままではなかったが」
ローズが、白い像の横で言った。
俺は柱を見上げた。ひびは増えていない。リゼが、残った扉の留め具を叩いてみせた。
「リゼ、座らせてもよかったか」
壊してはいけないと言われたものを、勝手に座らせてしまった。あとから修理費が増えるなら、先に聞いておく。
「扉は残ってる。満点にしておくわ」
「像の礼儀作法まで、我らの仕事に加えるな。お辞儀を始められても困る」
リゼが、灯りを持って近づいてきた。
俺の袖についた白い粉を払い、破れのないことを確かめる。触る指が止まったところで、顔を上げた。
「怪我は?」
「ない」
「じゃあ、今回は信用する」
そう言って、ようやく笑った。
◆
書庫の鍵は、止まった像の足元にあった。
床の小さな蓋を開けると、扉につながる金属線と、手動の解除具が入っていた。リゼは番号を見取り図と突き合わせ、俺に持ち上げる場所を指示した。
扉が、埃を落としながら開いた。
中には、棚が五つあった。
「先に、地上へ知らせる」
リゼが呼び鈴の紐を三度引いた。
少しして、エッダと回収職員が下りてきた。白い像の横を通るとき、一人が足を止めた。
「これを……どうやって?」
「あとで説明する。紙が崩れる前に、箱を頼む」
男ははっとして、空の保管箱を運び込んだ。
胸の壊れた石へ顔を寄せたエッダは、割れた中身には手を伸ばさなかった。足元の線を確かめると、視線を壁の小さな盤へ移した。
「回収への変更は、像の判断だけじゃないね。直前に、上から優先命令が入ってる」
リゼが、広間の隅を指した。
「入口の扉の横。下りるとき、管理官があそこの蓋を開けてたわ。灯りをつけるものだと思ってたけど」
エッダは、職員の一人を地上へ戻した。
何かを決めつける前に、制御盤を触らせないためだった。もう一人は、広間と書庫の状態を記録し始める。
俺はローズと、いちばん奥の棚へ向かった。
背表紙の日付を追ううち、手が止まった。
五年前の、あの月だった。
納品帳を抜き取ると、隣の冊子も一緒に傾いた。ローズが、落ちる前に両手で受け止めた。
「これを探していたのであろう」
表紙には、東礼拝堂運用記録とあった。
俺は自分の手についた粉を払い、乾いた頁を開いた。
◆
アルドの話した日付に、七人の立ち会いが記されていた。
名前と役職は、一部が符号になっていた。それでも、凱旋の礼拝が行われた日と、地下室が使われた時間は、本人の証言と重なっている。
俺の名の横には、到着の時刻だけがあった。
退出の欄は空白だった。
別の欄に、剣の増設部品の受領記録があった。
騎士団からの発注ではない。礼拝堂の儀礼課が、口外防止用の付属品として手配していた。アルドへ渡された日付も、エッダが見た刻印と同じだった。
紙の端をつかむ指を緩めた。受領者の欄を灯りへ向け、リゼに読めるか確かめてもらった。
「持って帰ろう」
ローズが、俺の手へ自分の指を添えた。
「こんな穴蔵で、汝一人に読ませて終えるものか。陽の当たる場所へ運び出すぞ」
俺はうなずき、冊子を職員の箱へ入れた。
自分の退出欄を、最後にもう一度見た。
……今日は、ちゃんと出る。
帰ったら、棚を受け取る約束もある。俺は空白の欄へ手を触れず、箱の蓋が閉まるのを待った。
隣の棚で、エッダが呼んだ。
納品帳を開いたまま、ローズの首元へ目をやっている。
「その輪の下側に、三桁の数字はないかい。無理に回さず、鏡で見せておくれ」
ローズが少し顎を上げた。
リゼが灯りを寄せ、エッダの小さな鏡へ数字が映った。
四四二。
納品帳の行にも、同じ数字があった。
「合ってる。この図面が、元の品だ」
広げられた紙には、輪の断面と、内側に収まる小さな筒が描かれていた。ローズが、図面のいちばん上へ指を置く。
「携行封緘器……奴隷の枷ではないのか」
エッダはうなずいた。
同じ品の原図で間違いないか、整備印と寸法を一つずつ確かめながら、言った。
「元の品はね。人を縛る機能は、あとから外側へつけ足されてる」
ローズの指が、自分の首へ戻った。
その動きで、図面の端がわずかに震えた。
「では、この輪は」
「順番に調べるよ。中の封緘と、外の留め具は、別の仕組みだ。図面どおりなら、封を開かずに首から外せる」
ローズは図面へ顔を近づけた。外側の留め具から、内側の筒まで、指で線をたどる。
同じところを二度確かめてから、首元の手を下ろした。
「……外すのに、ほかに何が要る」
エッダは、彼女の目を見た。
「明るい作業台と、細い工具。それと、あんたがじっとしてくれる椅子だね」
「我は、椅子に負けておらぬぞ」
「じゃあ、そいつには座るだけで勝っておくれ」
ローズは言い返そうとして、やめた。どうやら、今の条件は飲む気になったらしい。




