第13話 俺を殺した礼拝堂へ、金貨六十枚の仕事
「建物を更地にする依頼ではありません」
受付で、先にそう言われた。
竜を転がした話が、王都まで届いているらしい。俺は何も壊しに行くとは言っていないんだが、どうも念を押したかったようだ。
依頼は、東礼拝堂の記録と聖具の回収。全部を運び出せれば、金貨六十枚。
地下の守護像が動いて、工事の者を近づけないという。
「壊さず止められるかは、見てから決める」
「止めるために必要な損壊は認めます。書庫と資料は残してください」
ハンナの引渡し記録は監察局へ預け、俺たちは首輪の原図を取りに行く。
リゼが回収品の一覧を指で追った。
納品帳、原図、運用記録。全部を紙と呼んだら、一つずつ呼び直される。
まあ、剣と斧を同じ道具と呼ばれるようなものなのだろう。そこは彼女へ任せることにした。
鑑定と加工に使う費用は、報酬から精算する。
昨夜の腕輪の二枚も、仕事を受ける三人で負担することにした。俺一人で払うと言うと、ローズが首を指した。
「我の用も、そこへある。汝が全部払うと、また借りの数え直しになるであろう」
数えるのが面倒なのか、と言いかけてやめた。
ローズは既に自分の名を、少し大きく書いていた。
◆
帰りには、棚を受け取る。
これを忘れると、リゼの道具は今夜も食卓へ並ぶ。ローズの皿が端へ追いやられ、俺の湯を置く場所がなくなるらしい。
……地下へ下りる前から、仕事が三つあるのか。
「棚は、敵に投げない」
「投げるかどうかで、持ち物を分けないでくれる?」
リゼが言ったので、俺は棚の引換票を彼女へ預けた。
途中、道具屋の窓の前で、そのリゼが止まった。
三つの硝子を重ねた、細い鑑定鏡。値札を見て、すぐ離れようとする。
しかし足は動かなかった。
「欲しいのか」
「見てるだけ。いまの鏡でも仕事はできるから」
「では行くぞ、リゼ」
ローズは先に歩いた。しばらくして振り返り、まだ見ている彼女の名を呼ぶ。
リゼは、窓の内側へ取り寄せの札が出ていることまで確かめてから、追いついた。
どうやら、あの犬を見たときのローズと同じらしい。
そう言うと、二人とも違うと答えた。
◆
礼拝堂には、解体の足場が組んであった。
職人は外で待ち、エッダが昔ここへ納品した者の話を聞いていた。ローズの首輪へある三本線は、ここの資産印だという。
地下に品を入れれば、必ず納品帳へ書く。元の形がわかるとすれば、まずそこだった。
入口で、管理官のオルフェンが通せんぼした。
首輪を見たあとで、回収品は自分が選ぶと言い出す。
「信仰に関わる資料は、一般の備品と違う」
「一覧には運用記録も納品帳もあるわ。違う契約なら、地上の職員へ見せて」
リゼはギルドの紙を開いた。
持ち出す許可は、建物の清算を預かる者から出ている。現場で一覧を減らせないと、受付でも確かめてあった。
オルフェンは、その欄を見ても道を空けなかった。
「地下には、かつての勇者の剣を覚えた守護像がいる。昨日今日、札を与えられた冒険者では、積み重ねが違う」
男は、俺の名を知って言っていた。
なるほど。門前で帰れば、向こうの都合はよくなるらしい。
「なら、中を見てくる」
「話を聞いていたのか」
「聞いた。勇者の剣なら、俺も知ってる」
ローズが、隣で少しだけ顔を背けた。
俺は扉の取っ手へ手をかけた。オルフェンは地上の職員へ抗議を始めたが、回収の許可は取り消されなかった。
地上には、エッダと回収係の二人が残る。危険を止めたら、呼び鈴を三度鳴らす。それから保管箱を下ろして、重いものは俺が運ぶ段取りだった。
俺が柱の数を確かめていると、ローズは帰るときの階段の幅も見ておけと言った。紙の箱と自分たちが、同じところを上がることになる。
管理盤の蓋を開く男の手が、入口の端に見えた。
灯りをつけるのだろうと思った。リゼもその位置を、一度見ていた。
◆
石の階段には、埃が積もっていた。
新しい足跡は、途中から引き返している。エッダが貸してくれた灯りを壁へ向けると、削れた石と、折れた盾の欠片が見えた。
ローズは俺の後ろ、リゼはその二歩後ろを歩いた。
灯りを持ち替えるだけで、剣帯が壁へ当たりかける。広く動けばいい場所ではなさそうだ。俺は先に、鞘の向きを変えた。
「紙の乾いた匂いがするわね」
リゼは灯りを階段の先へ向けた。俺の顔をのぞき込む代わりに、作業用の目印を一段ずつ置いていく。
ローズが背後で、足場の割れたところを教えた。俺は灯りを渡し、二人の進める幅を残して下りた。五年前と同じ階段でも、今日は後ろの足音が違っていた。
階段を下りきると、白い石の広間へ出た。
正面に祭壇。右に礼拝室、左に書庫の扉。アルドが描いた図と、同じ配置だった。
その真ん中に、人の三倍ほどある騎士像が立っている。
兜に顔はなく、胸の中心へ白い石が埋め込まれていた。長い剣を床へつき、足元の細い金属線が書庫の扉まで続いている。
「線を踏まないで。扉の留め金と、像がつながってる」
リゼが膝をつき、灯りを寄せた。
ローズは入口の陰から、像の足を見ていた。
「デルタ。足元の輪が、回るための溝だ。胴だけ追うな」
俺はうなずいた。
壊せば済む仕事ではない。書庫の扉も、それを支える柱も、残したまま止める必要がある。
剣を抜いた。
その音で、像の胸が光った。
『侵入、検知』
低い声が、胸の内側から響いた。
金属の足が溝を離れる。重い剣が持ち上がり、切っ先が俺の喉へ向いた。
この距離で、その剣を振り回すには、後ろの柱が邪魔なはずだった。
だが、像は振りかぶらなかった。
右足を引き、半身になる。
切っ先が、外へ逃げるようにわずかに下がった。こちらが踏み込めば、刃を流して胸を突く構え。
昨日、アルドが取ったものより、ずっとよく知っていた。
「……俺の構えだ」
呟くと、像の頭がこちらへ向いた。
胸の石に、二本目の光が走る。
『照合。勇者デルタ。記録、確認』
後ろで、ローズが息を詰めた。
俺は剣を下げなかった。正体を認めたからといって、目の前の剣が止まるとは思えなかった。
像の肩が、ゆっくり沈んだ。
『死亡登録済み。現存個体、回収対象へ変更』
白い剣が、石の床を擦った。
首を斬る高さから、両脚を断つ高さへ。相手が死者だと決めたまま、生きた身体を運ぶための構えに変わっていく。
オルフェンは、勇者の剣が残っていると言った。
残っていたのは、戦い方だけではなかったらしい。
ローズとリゼを入口へ下がらせ、俺は一歩、前へ出た。
昔の自分と同じ刃筋が、脚へ走ってきた。
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