第12話 勇者殺しの報酬を、ここで返せ
エッダは、剣の石を叩き割らなかった。
柄を開け、薄い板を三枚並べ、俺へ桶を渡す。
「熱くないほうを持って。冷えた板が戻ったら、次を差す」
「切る場所を、先に聞かなくていいのか」
「いま喋らせなきゃ罰は出ない。急ぐより、石を空にするほうが確実だよ」
白い聖石から、銅の金具へ力が流れた。
板が赤くなる。エッダが替え、俺が冷えたほうを戻す。リゼが、どこまで光が減ったかを図へ写した。
ドルンの杖の命令を断ったときとは違った。今日の俺は、刃を抜かずに待っている。
……こういう役も、あるのか。
アルドが腕輪へ触ろうとしたので、空いた手で止めた。
石を空にしてから、留め具を開く。板を無理に抜くと、その前に取り外しの命令が送られるという。
「終われば、祝福も防護も使えない。剣は部品ごと預けて、調べてもらう」
エッダに言われ、アルドは一度黙った。
白い石を見て、胸の徽章へ目を下げる。
「それを残したままでは、話せないのか」
俺が聞くと、男は続けてくれと答えた。
三枚目が冷えたころ、計器の針が止まる。細い工具が留め具へ入り、銀の輪が手首から離れた。
アルドは、指を一度握って開いた。
「処置命令、第七号。聖務局、儀礼課だ」
息は、止まらなかった。
リゼが紙を渡す。男は階段と部屋を描き、俺へ剣を置かせた場所へ印をつけた。
「神の声を、聞いたのか」
「聞いていない。ベルナードが、神託だと言って読み上げた」
俺は、図を見た。
知っている部屋が、本人の手から出てきた。聞けることが一つ増えるたび、五年前の床が少し近くなる。
そこへ戻りたいわけではなかったが、見なかったことにもできなかった。
◆
監察局の玄関で、俺の剣へ預かり札がついた。
アルドの剣は、外した腕輪と一緒に奥へ運ばれた。そちらへは、返却用の札がつかなかった。
エッダが部品を預けている間、俺たちは夜間窓口へ通された。
ハンナは回収依頼の停止を済ませていた。生存の照合が終われば正式に取り消すという。俺は、もう遺体を探す金を足すなとだけ告げた。
首輪の調査も監察局へ移る。ローズは届出を引き寄せ、自分の首へ触る検査には先に話を通せと書き足した。
係員がその行を飛ばしかけると、指で紙を押さえる。
「そこも読め。我は、まだ書き終えておらぬ」
係員は戻って読み、ローズの指が離れるまで待った。
その横で、若い職員がハンナへ頭を下げた。
「討伐の帰りに、弟を助けてくださった方ですね。ハンナ様――」
「今日は、五年前の勇者の死亡について、私も調べられる側なの」
ハンナは自分の申告書を出した。
職員は俺を見て、言いかけた礼を飲み込んだ。奥の担当を呼び、戻ると敬称を外して名前を確かめる。
ハンナは、その呼び方を直さなかった。
係員が、アルドの申出を読み上げた。
職務の停止。剣と指揮札の返納。あの任務で上がった役職を、そのまま使わないという申告だった。
男が胸の徽章を外そうとすると、留め針が一度引っかかった。俺は手を出さず、外れるまで待った。
剣のあとに、金の徽章が封筒へ入った。
外したところだけ、上着の布が濃かった。指で押さえた跡を隠すように、アルドは襟を直した。
若い騎士が窓口へ来て、明朝の点呼をどうするか尋ねた。
アルドの返事が遅れた。封筒を見てから、副官へ任せてくれと答える。
騎士は、いつ戻るかとも聞いた。
「……それは、まだ言えない」
男が背筋を伸ばしても、胸元にあった金の光は戻らなかった。
「功労金は、いくら受け取った」
「百枚だ」
「返せ」
アルドが顔を上げた。
俺は、名前と金額の書かれる欄を指した。
「俺を殺したことを伏せ、死んだ勇者の仲間として受け取ったんだろう。そこへ残すな」
「返せば、済むのか」
「金の話が済む。殺した話は、まだだ」
係員が預託の箱を出した。
アルドは腰の袋を開け、手元に二十枚だけあると言った。残る八十枚は、立会いをつけて家から出す。期限と預け先が、二人の見ている紙へ書き込まれた。
係員が期限を読み上げると、アルドは自分で日付を書いた。
金貨一枚を数える指が途中で止まったが、袋へは戻さなかった。二十枚が箱へ落ち、空いた袋だけが男の手元に残った。
男は空の袋を腰へ戻した。
入ってきた若い騎士が声をかけようとして、封筒の中の指揮札を見た。敬礼するはずだった手が、途中で下がる。
アルドは、呼び止めなかった。
◆
「一緒には、帰らないんだな」
外へ出る前、アルドに呼ばれた。
俺は預けた自分の剣を受け取っていた。
鞘を腰へ戻すと、アルドも同じ場所へ手を動かした。そこには、もう剣も指揮札もない。空いた手がゆっくり下がる。
ローズが先に扉を開け、リゼは控えを受け取っていた。
「三人で借りた家だ」
それ以上は、答えなかった。
部屋を一つ借りる話なら、目の前の窓口でも聞ける。俺が向こうの宿まで用意する用件は、今日はなかった。
アルドは待合の長椅子へ戻り、明朝もここで立会いを待つと告げた。
表へ出ると、肉の店は閉まりかけていた。
ローズが俺の袖を引く。走れとは言わず、自分が先に速足になった。
「まだあるか。三人分だ!」
主人が最後の串を包んだ。
俺たちは家まで持ち帰り、皿へ移す。ローズは大きな一切れを俺へ置き、自分の分が焦げすぎたので交換だと宣言した。
どちらも、同じくらい焦げていた。
……まあ、今日はそういうことにしておこうか。俺は肉を食べ、湯を飲んだ。ローズは自分の皿を平らげてから、まだ残っている俺の分を一度だけ見た。
紙を置かない食卓に、三つの皿があった。
◆
食べ終わるころ、エッダが来た。
部品の納品先を、近くの工房の帳面で確認してきたという。騎士団の整備係ではなく、東礼拝堂だった。
「取り壊しの工事が、明日から始まる。いま地下の守護像を止められなくて、記録の回収が遅れてる」
広げられた依頼書には、金貨六十枚とあった。
聖具の原図と納品帳を回収する。像は停止させ、書庫を壊さない。
俺は見取り図へ指を置いた。
五年前、剣を置いた部屋が、その中にあった。
「首輪の整備印も同じ礼拝堂だ。元の図面が残っていれば、外す方法を調べられる」
ローズが椅子を引いた。
俺が返事をする前に、自分の鞄へ手を伸ばす。
「受けるぞ。朝一番だ。汝が言う前に、我の用もそこへある」
俺は六十枚の文字から、地下室の図へ目を戻した。
今度は、剣を預けて入るつもりはなかった。




