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第11話 口を塞ぐ腕輪まで、用意してあった

 金を受け取った。役職も上がった。

 そのあと、俺が本当に災いを呼ぶのか、確かめた者はいなかった。


 アルドは、何を聞いても一度剣へ目を落とした。だが、剣を持っていたときより、返事は少し増えている。


「いつ、殺すと決めた」

「討伐から戻ったあとだ。凱旋(がいせん)の礼拝の前に、別室で説明を受けた」

「俺へは、戦果の確認だと言ったな」


 男はうなずいた。

 白い床。卓の上の水。剣を置くように言われ、俺はそのとおりにした。


 なるほど。話を聞く部屋へ入った時点で、向こうの準備は終わっていたのか。


「俺が剣を置くところまで、待ったんだな」


 返事がなくても、今度は意味がわかった。

 俺は柄を握り直した。ここから刺すなら、一歩で足りる。だが、そのあとに残る答えは一つもない。


 今、俺がしに来たことは、まだ終わっていなかった。


 リゼが聞き取りを残し始めた。ローズは広場の入口に立ち、帰ろうとする兵を指で止める。


「そこまで聞いたなら、最後まで見ておれ。明日、知らぬと言われては困る」


 男はハンナを見た。彼女は、残ってほしいと自分でも頼んだ。


 目撃する者が一人、そこで増えた。老兵も、練兵場の管理者として同席すると告げた。俺は聞こえた順に、二人の名前を覚えた。


 ◆


「命令書には、何と書いてあった」


 ベルナードの名は、もう聞いた。

 聞きたいのは、アルドがどの紙を見て、どこまでを自分の命令として引き受けたかだった。


「聖務局の、処置――」


 男の喉が止まった。

 言葉を切った、という音ではない。手が首へ上がり、膝(ひざ)が崩れる。袖の下で、銀の輪が光っていた。

 俺は肩を支え、横へ座らせた。


「話すのをやめて。輪も、引き剥がさないで!」


 ハンナの声が飛んだ。

 俺はアルドへ口を閉じるよう告げた。短く息を吸い、吐けずに待つ。数呼吸ぶん過ぎると、銀の光がようやく弱くなった。


 布の上へ置いた剣からも、小さな音がしていた。


「何だ、今のは」

「宣誓具(せんせいぐ)よ。任務の秘密へ触れると、剣の聖石から罰が送られる」


 ハンナ自身の手首には、同じ輪はなかった。騎士用の装備で、俺が身につける物でもなかったという。


 ローズが、銀の輪を見た。

 黒い首輪へ指を上げかけ、途中で下ろす。


「誓いか。主人に都合のよい名は、いくらでもつくものだな」


 アルドは、こちらを見なかった。

 老兵が椅子を持ってきても、すぐには座らない。俺が剣を持って立っているので、座るとそのぶん低くなるのを気にしているらしい。


「座れ。いま聞いていることは、膝をついても立っていても変わらない」


 男はようやく、椅子の端へ腰を下ろした。

 同じくらいの高さになり、目の下の皺が見えた。五年のあいだに、向こうも少し歳を取ったのだろう。


 俺の身体は、そのあいだ眠っていた。


「旅をしていたときは、お前が先に宿を探した」


 ふと思い出して言うと、アルドの顔が上がった。


「小さい村で、主人へ部屋がないと言われたこともあったな」

「……ああ。お前が床でもいいと言って、俺が屋根裏を見せてもらった」

「覚えてるんだな」


 男はうなずいた。

 屋根裏へ上がる階段は、一段だけ大きく鳴った。アルドは夜に水を運ぶたび、そこを跨(また)いだ。俺を起こすと、翌朝の歩き方まで文句を言われるからだと笑っていた。


 銀の輪の下には赤い点が三つ残り、右手の指は膝の上で何度も握り直されていた。階段の手すりをつかんでいたときも、その親指だけ少し浮いていた。


 見覚えのある指の曲がり方から、俺は目を上げた。


「何故、そのときみたいに先に話さなかった」


 アルドの口が動いたが、声にはならなかった。

 腕輪が止めたのではない。光は、消えたままだった。


 リゼのペンが一度止まり、また動いた。ローズは俺の腕へ触れず、椅子の背へ掌を置いていた。


 俺は返事を急がせなかった。

 今度こそ、話すまで待つことにした。


 俺は剣をアルドの手首から遠ざけた。腕輪は暗いままだったが、次に同じ言葉を口にしたときまで安全とは限らない。剣を離すだけでは、輪との接続は外れなかった。


 俺が柄を向け直すと、アルドは自分の手首をもう片方の手で覆った。


 練兵場の老兵が、水を持ってきた。

 リゼが事情を話すと、古い軍装を扱う工房へ人を走らせた。騎士団の中だけで聞く話にしないほうがいいという。

 俺も、そこは頼みたかった。


 ◆


「腕輪に、動かされたのか」


 待つあいだに、俺はもう一つ聞いた。

 男は銀の輪を見ていた。今なら、そう答えることもできたはずだ。

 しばらくして、右手を開いた。


「違う。剣を抜いたのは、俺だ」


 輪は、光らなかった。

 その部分を話すことまで、止めてはいないらしい。


「逆らえば何が起きるか、怖かった。任務を終えれば、団へ戻れる。席も、昇任もある。お前へ聞くより、そのほうが楽だった」


 俺は開かれた右手を見た。

 五年前、剣を持っていた手だった。

 仕掛けがあることと、本人が何を選んだかは、別に聞かなければならなかった。


「腕輪は外す。話の続きをするためにだ。お前がしたことの代わりにはしない」


 アルドは、わかったと答えた。

 リゼが書き終えるのを待ち、俺は剣を鞘(さや)へ戻した。


 そこで初めて、柄を握っていた指が少し遅れて開く。力を入れていたのはわかる。何を思ってそうしたのかは、まだわからなかった。


「デルタ、晩飯は」


 ローズが、横から尋ねた。

 急に聞くので、俺は彼女を見た。


「帰りに買う。肉だろう」

「うむ。そこまで忘れた顔をしていたら、肩を叩くつもりだった」

「叩けば、思い出すのか」

「我の声を聞く暇くらいは、できる」


 リゼが、まだ開いている店の名を書いた。

 命令の番号を残す紙とは別にして、俺の手帳へ挟む。

 今日は、閉まる前に帰る用もあるらしかった。


 ◆


 エッダという技師が来たのは、灯りの点くころだった。

 灰色の髪を後ろで束ねた女で、工具を置くより先に、何が起きたかをアルドへ聞いた。


 口を塞がれない範囲で答えると、剣の柄を小さな鏡で覗く。


「出荷したときより、一つ多いね。あたしの工房の図録と違う」

「直せるか」

「止める方法はある。ただし、この剣をそのまま使い続けられるとは思わないでおくれ」


 エッダは金具の裏を指した。

 小さな日付と、納品の番号がある。俺は灯りを寄せた。

 五年前、俺が殺される前日だった。


「口止めの部品を、前の日につけたのか」

「そう読めるね。元の図面と納品帳を、合わせて見たい」


 俺はアルドを見た。

 本人の恐れも、金も、仕掛けも、あの部屋へ入る前に揃っていた。

 偶然の喧嘩ではなかったらしい。


「まず、その口を開けてくれ。取りつけた相手のことも、最後まで聞く」

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