第10話 俺の死体を買う前に、本人へ聞け
王都の門には、俺の慰霊碑があった。
花と剣の飾り。その真ん中に、勇者デルタ、その魂は永遠に安らかにと刻まれている。
「五年で起きたのに、永遠でよかったのか」
「起きる側が、そんな短期で戻ると思われておらぬ」
ローズが、倒れた花を直した。
見ていると、茎が曲がっていたからだと言う。俺も隣の花を立て直してから、通行の札を見せた。
名が同じでも、碑は通行証の代わりにはならないらしい。
ギルドへ紹介状を出し、仲介所への生存照会を進めてもらった。
ハンナへの連絡先には、これから借りる家の住所を残す。
会う約束のために、向こうの馬車へ乗る必要はなかった。
◆
家には、小さな庭と机があった。
リゼが脚を揺すり、ローズが窓を開ける。俺は椅子を数えた。三つあった。
「ここでいいか」
「早いわね。まだ水場を見てないでしょう」
なるほど。椅子だけでは決められないのか。
水場を見て、戸が閉まるのを確かめ、三か月ぶんの家賃を払った。家は三人で借りたので、鍵も一人に一つずつ渡される。
ローズは自分の鍵を取り、二階へ上がった。
「どの部屋にする」
「いま決めておる。追って来るでないぞ」
リゼは机の横へ棚を置きたいという。
寸法を測る横で、俺は皿を出した。青い線の皿を取ると、戻ってきたローズが花柄を自分の前へ寄せる。
「我は、これを使う」
たぶん、部屋も決まったのだろう。
だが、今はその皿のことを言いたいらしい。俺は青い皿を、自分の席へ置いた。
◆
昼過ぎ、馬車が止まった。
降りてきた女は、五年前と同じ長弓を持っていた。
ハンナ。俺が刺されたとき、扉のそばにいた仲間だ。
「本当に、デルタなのね」
「その確認をする前に、依頼を出した理由を聞きたい」
ハンナの目が、家の中へ向いた。卓には、さっき置いた三つの皿がある。
俺は椅子を一脚持ち出し、玄関の外へ置いた。残った二脚へ一度目を戻してから、剣帯の位置を直す。
リゼは戸口へ立ち、ハンナの長弓を見た。ハンナは何も言われる前に、それを従者へ渡した。
ローズが、自分の首を隠さず隣へ来る。ハンナは、今度は馬車のほうを見た。
「安全な場所で話せるように――」
「ここで聞く。お前の用意した場所へ行く話は、まだしてない」
あの白い部屋へ入るときも、場所を選んだのは向こうだった。
今度は、呼ばれるままに歩かない。背後には、俺たちの皿が三枚ある。ここで聞いて、ここへ戻る。
ハンナは椅子へ座らず、背を握った。
「遺体は、聖務局へ返す予定だった。残った勇者の力を調べるため、損傷を増やさず回収しろと」
「埋めるためではないんだな」
「検査のため。最初に命じたのは、ベルナード儀礼長」
俺は棺の図を思い出した。
あれは葬るための入れ物ではなく、傷めず運ぶための入れ物だったのか。
「先月、金を足したのは」
「私。殺したあとの身体がなくなり、力がどこへ行ったか確かめられなかった。回収を終わらせる必要があると思った」
「生き返らせたかったわけではない」
「……ええ」
リゼが書き留めた。
俺は手帳へ触れ、開くのをやめた。次に聞くことは、まだ覚えている。
「身体がなくなったと言ったな。その前に、何をした」
「魂を採取した。保存筒へ封じたのも、私。その後は別の課へ渡し、保管されていると思っていた」
俺は自分の胸へ手を置いた。
息をしている。手も、自分が動かした向きへ動く。
「俺の魂を、外へ出したのか。では、今ここにいる俺は何だ」
「今の私には、答えられない。記録と、保存筒の現状を確かめる」
ハンナは、魂を封じた日と、筒を渡した相手を書いた。
俺は胸に当てた手を下ろせなかった。身体はここにある。その中から取り出したものが、別の場所に残っているという。
だったら、いま考えている俺はどこから来た。
聞いても答えは出ない。ハンナの差し出す紙を受け取り、まず、今日ここで変えられることを言った。
「まず、遺体回収の依頼は止めろ。俺は検体としては乗らない」
「正式な取消しには生存の照合が――」
「それを待つあいだ、止めることはできるか」
「できる」
「では、今日やってくれ。取消しの条件も持ってきてくれ」
ハンナはうなずいた。
ローズが、一歩前へ出た。
◆
「我の番だ。何故、我へ首輪をはめて売った」
ハンナは、黒い輪を見た。
「首輪を残して、あなたを聖務局の保管から外す命令だった。ベルナードの署名があった。ドルンを選び、売却扱いにしたのは私」
「保管から外す理由は」
「説明されなかった。私は、聞かなかった」
ローズの指が、椅子の背へ置かれた。
ハンナの手とは、離れた場所だった。
「ならば、今から聞け。我を売れと命じた原本と、汝が出した引渡しの記録を持ってこい。筒の行方を調べる話だけで、我の問いを済ませるな」
ハンナは、命令の原本と引渡し記録を持参すると答えた。
ローズの指は、椅子の背をつかんだままだった。次の言葉を待っていたが、ハンナはもう何も足さなかった。
「なぜ俺を殺した」
俺は、もう一つの質問へ戻った。
「討伐を終えた勇者は、次の災いを呼ぶ。その前に止めるという説明を、信じた」
「俺には聞かなかった」
「聞かなかった」
閉じた部屋。水のある卓。
剣を置けば、旅が終わると思った。
ハンナは目を逸らさなかったが、それであの部屋が違う場所になるわけでもなかった。
「剣を使ったアルドは、どこにいる」
「東の練兵場。あなたに会うつもりで待っている」
「お前も来い。今の説明を、あいつの前でも言ってくれ」
ハンナは従者へ手を振った。
俺たちを馬車へ乗せるようには、言わなかった。
◆
家の鍵をかけ、俺たちは歩いた。
手帳には、今日聞く質問と、帰りに買う夕飯を並べた。ローズが肉の文字を丸で囲み、棚まで丸に入ったので、リゼが訂正した。
……生きて帰る話と、食う話は、分けて書いたほうがよさそうだ。
練兵場で、アルドが剣を帯びていた。
俺を見ると、右足を少し引く。刃を外へ流す構えだった。
「生きていたか、デルタ」
「ああ。聞くことがある」
「なら、先に剣を置け」
俺は自分の剣へ手をかけた。
「前も俺だけ置いた。そのあと、お前に刺された」
広場へ残っていた兵が、こちらを見た。
アルドは剣を抜いた。俺も抜き、相手の刃が外へ回る前に、内側へ入る。
柄で拳を打つ。落ちた剣と指の間へ足を入れ、もう片方の腕で肩を押さえた。
男の片膝が、石畳へついた。
「立て。剣はそこに置いておけ」
アルドが立ち上がった。
ローズは入口へ回り、見ていた兵を帰さなかった。リゼが紙を広げ、ハンナが災いを防ぐためだったと説明する。
「お前も、そう聞いたのか」
「……ああ。殺すしかなかった」
「それを、俺には確かめなかったな」
アルドの手が胸へ上がった。
旅をしていたときにはなかった、金の徽章がある。
「世界を危険にさらすと言われた。それに、任務のあとには……昇任と、功労金も」
俺は、その指の下を見た。
何をしたかと、何を得たかが、初めて同じところへ並んだ。
「受け取ったのか」
アルドはうなずいた。




