天使な婚約者はズルい
家に帰るとぬいぐるみを部屋に置いてリビングに戻って来たと思えば彼女はベランダへと向かった。
ベランダには朝干したのであろう洗濯物が干されており、この時美琴はハッとした。入居して2日目なのにも関わらず、既に使われた形跡のある掃除機、そして干された洗濯物、そして昨夜、今朝使った食器洗い、それを全て現在洗濯物を取り込んでいる桜木優姫が行ったと言う事に今やっと気付いたのだ。
(、、、、何で気付いてないんだよ、俺)
鈍感にも程があるだろ、と自分の家事への無頓着さに程々呆れと罪悪感に押し寄せられている。
そんな美琴の気持ちなど気付いてない彼女は取り込んだ洗濯物を畳んでいる。
このまま行けば毎日家事の全部を押し付ける様な形になってしまうと分かってしまう結果が今あった。彼女はそれでも快く受け入れるだろうが、美琴と言う人間はそんな事を何にも思わずにさせられる程綺麗な心は持っては居なかった。
「あのさ」
「?、何ですか?美琴君、、ぁ、夕ご飯ですか?すみません、これを片してから」
「そうじゃなくて!、、、、一旦、それ辞めてソファに座って」
「?、、はい、分かりました」
何の事かさっぱりと言う表情をしながら、床から立ち上がりソファに座る。美琴もその隣に座るが、その動作はドギマギしていた。
美琴はと言うと、どう言えば良いのかと頭の中で考えたが、1番最初に出た言葉は案外簡単な言葉だった。
「お前に、、、、優姫に無理はさせたくないって言っただろ。だから、こう言う家事も頼れ、じゃなくて分担だろ、普通は」
「分担」
美琴の言葉が意外だったのだろう、驚きの表情を露わにする。それを見て、どれだけ家事しない人間だと思われてるんだ、と思ってしまったが図星なので少し目線を逸らしてしまった。
だが、彼女は美琴の言葉が嬉しかったのだろう、頬を緩ませ「ふふっ」と笑みが溢れた。
それを見てドキッと心臓が跳ねる感覚を覚えたが気のせいだ、として誤魔化そうとするが頬と耳の赤みはそう簡単には消えない。
「良いのですか?美琴君が大変では」
「優姫にだけ負担を押し付けれる様な人間だとでも?料理だけでも感謝してるだ、他で補わせてくれ」
そう、美琴が何気なく言った言葉が決め手だったのだろう、優姫が今日で何度目かの顔面真っ赤状態になった。
それを見てギョッとするが、自分の発言に何か問題があったのだろうか、と一切気付いてない所にタチの悪さを感じざる負えない。
だが、本当に嬉しかったのだろう、まだ薄っすら赤く染まった顔でコクリと頷き美琴の顔を見つめる。
「分かりました。でも、料理は私にさせて下さい」
「そうしてくれ、、、、部屋の掃除とか洗濯物、ゴミ捨てとかは俺がやるから」
「家事の分担、、、、何だが、夫婦みたいですね」
笑顔で言う優姫を直視したのだろう、硬直する美琴。
婚約者と言う関係上、いずれは夫婦なのは決まっているも当然のこと、当然の事だが、改めてそう目の前の彼女から言われて仕舞えば、恋愛感情がなくても照れてしまうのは人間の性と言うものだ。
それも【桜の天使】とも謳われている彼女の笑顔も付いているのは普通の男であれば即死級だっただろう。
普段から無頓着な事なかれ主義で変な所で落ち着いた美琴と言う人間性だから、照れるだけで落ち着いたと言っても良いだろう。
「、、、、その笑顔、俺以外にもしてんのか?」
「美琴君以外にする機会はそうあるものではないですよ。する必要性を感じませんし」
「ッ」
安易に、美琴だけにしか笑顔は見せない、と言ってる様な言葉を恥ずかしげもなく口から言い放った。それに勿論のことダメージを負ったのだろうが、普段から感情豊かではない表情筋が少し動いた気がするが、本人は勿論、優姫でさえ気づかなかった。
「マジ、なんかズルイわ」
「???」
不思議そうな表情を向けるが、その疑問に答えられるほど器用な人間ではない美琴はいたたまれない気分を味わいながら目線を逸らす。
彼女と出会ってから初めてする表情や思考、行動をしてしまっている事に気付いていると同時に彼女も同じ様に初めてする事が沢山あっただろう。
お互いがお互いに新しい刺激を与えている存在である事にまだ気付いては居ない。
美琴は、ため息が出そうになるのを我慢しながら、優姫を見つめる。
「笑顔、と言うと美琴君は分かりやすいですよね、表情と言いますか」
「は?分かりやすい?」
表情筋が硬いと言われてしまう事が多かった美琴は「分かりやすい」と言われた言葉に動揺してしまった。
親友からも何考えてんのか分かんないよな〜、と言われる事があったのにも関わらず、好意を向けているからと言って言われる言葉ではなかった。
自分の頬に手を当て、疑問に思う表情をすると、ニコッと笑顔になる優姫。
「はい、嫌だなって思ってる時の顔だったり、美味しいと思ってる時の顔、分かりやすいです」
「ッ、、、、初めてそんな事言われたわ」
「そりゃあ、ずっと見て来ましたから、些細な事でも分かりたいんです。大好きだから」
「、、、、、、、、大好き、ってそんな簡単に言うもんじゃない」
「本当に好きな人にしか言いません。私がそんな軽い女性に見えますか?」
「見えないけど」
「なら良いですけど」
ムスッとした表情をする彼女を見れば、そっちの方が分かりやすいだろ、と言いたくなったが怒った表情をされるのは勘弁したいので、口を閉じる。
出会ってからまだ1週間も経っていないのにも関わらず、嬉しそうな表情、幸せそうな表情、楽しそうな表情、照れる表情、悲しそうな表情、怒る表情、全ての感情表現をを短期間で見て仕舞えば、ただの婚約者、として見る事は難しくなるのは誰だって当然のことだろう。
それも、ただ1人に気を許して見せているとなれば余計にそうなってしまう。
「ぁ、そう言えば今朝美琴君を起こす時にお部屋に入った際、本棚に小説と参考書ではない本が置かれていたのですが」
「???、、、、ぁ、漫画か。見た事ないのか?」
「漫画、、はい。小説を読む事はあるのですが、漫画となるとあまり見た事はないですね」
「なら、何冊か貸すけど、どう言うジャンルが好き?」
「そうですね、、恋愛系や歴史系は好きですよ。面白いですし、、恋愛は今体験してますし」
最後の言葉は気にしない様にした。気にしたら終わりだと思ったからだ。
漫画を見た事ないと言う事にどれだけお嬢様なんだ、と思ったが、次兄から見せられるまで小説を読んでいた美琴も深くは言えなかった。
彼女の好みを考え、次兄嫁からお勧めされた漫画を思い出す。
好みではなかったが面白かった記憶があった2作品を自室の本棚から取る。手始めに1作品目は全巻を取り、リビングに戻ったテーブルに置く。
「はい、これが俺のお勧め。もう1つあるけど、そっちはこれ読み終わってからな」
「氷○城壁、、、、ですか。面白そうです、夜ご飯作り終わってから読ませていただきます」
「ちゃんと家事はするんだな。別に良いんだけど、、、、一気読みはするなよ?寝不足になる」
「、、、、気を付けます」
「お前まさかだけど、小説全巻読みするタイプか?」
「、、、、」
「視線を逸らすな」
プイッと気まずそうな目線を逸らす彼女の姿を見て「図星か」とツッコミそうになったが、好きな本になると夢中になる気持ちはなんとなく理解出来た。
腹が減ったなって思っているとグウゥと、腹の音が鳴った。自身の腹から鳴った事に気づき、耳を染め優姫に視線を向けるとニコニコと笑顔を向けていた。
明らかにお腹を鳴った事に気付いている顔をしている。
「お腹空きましたか?」
「、、、、生理現象だからしょうがないだろ」
「別に責めてないですけど、今から作りますね。ぁ、美琴君は洗濯物の残りを畳んで下さいね」
「あぁ分かった。料理楽しみにしてる」
そう言えば嬉しそうにソファから立ち上がって、キッチンに向かうその後ろ姿はルンルンとしており、喜んでいるとすぐに伝わる。
優姫の料理が楽しみと同時に、これからの同棲生活と、彼女からのアプローチをどうしようかと言う気持ちが押し寄せる。
上手く行かせる、と言うよりも彼女の気持ちを無碍には出来ないと言う気持ちが勝っていた。
慣れない洗濯物を畳む行為に苦戦しながらも、これは自分ですると決めたからと一生懸命畳むのであった。




