天使な婚約者には言えない嫉妬
生徒会でお手伝いをする事になって3日が経ち、折り返し地点の水曜日の休み時間、トイレから出て廊下を歩いていると、段ボールを持って歩いた生徒会副会長の|純恋が視界に映った。
ただ歩いているだけでも絵になる。優姫が水彩画なら純恋は油絵と言ったところだろう。
普段であればそのまま通り過ぎ教室に戻る選択を取るが、他人でもなければ無関係の人間でもない相手を無視するのはいささかどうかと言う気持ちと【菫の天使】話しかけたりするリスクを考える。
(、、、、ッ〜、しょうがない)
結果、色々なリスクを背負ってでも無視は出来なかった。
立ち止まって振り返り、美琴は数歩で距離が縮まり、出来るだけ小さい声で話しかけた。
「あの、谷宮先輩」
「?、ぁ、井原君、どうしたの?」
「それ、持ちますよ」
「良いのよ、1つだけだし、生徒会室に持って行くだけだから」
「一応今は生徒会の人間なんで、それに持たなかったら後々丹波とかに文句言われそうなんで」
「、、、、ふふっ、分かったわ、ありがとう」
「いえ」
決して持ちたい訳ではないと、伝えながらもスマートに段ボールを受け取り廊下を歩く姿に、手慣れたスナイパーの様な熟練さを感じ取れた。
美琴自身が色々考えては居たが、少なからず天使と歩く美琴を見る生徒は居たが、目立つ事のなかった人間が他学年の廊下を歩いたとしても何処の誰か、と言う情報は簡単には分からない。
余程、話しかけられた事が嬉しかったのか、それとも持つ理由として言った発言が面白かったのか終始笑顔の純恋。
【菫の天使】、常に笑顔の優姫とは違う本心の穏やかな笑顔をさせ、その包容力から母性を求める生徒が居るとか居ないとか。
優姫とは違った意味で人ならざる者感が強い。それは天使と言うよりも女神に近い。見た目もだが雰囲気がそうさせている。
生徒会長である藤と交際中で、藤にだけ見せる顔があるらしいと言う噂が学園中に広まっている。
勿論、事なかれ主義、巻き込まれ絶許派、現在巻き込まれ中の美琴は知らない事だ。
「そう言えば、私、優姫ちゃんと井原君の関係聞いて、気になってた事があるのよね」
「気になってる事、ですか?」
「うん、、美琴君は優姫ちゃんの気持ちを蔑ろにはしてないよね?」
「!」
「ぁ、ごめん、怒ってるとかそう言う事じゃないからね。ただ、2人の関係は異質でしょ、恋人関係じゃないけどいずれは夫婦関係になるって」
「まぁ、確かにそうですね。異質ですね、谷宮先輩の言う通り」
第三者から言われると聞こえが180度真逆の意味として聞こえてくる。
この関係を第三者が見れば恋している女子の気持ちにも応えない弄んでいるクズ男と見られるのは真っ当な意見だろう。
だが、優姫自身が好きになって貰える様にアプローチをすると宣言したとなれば、多少は見え方は変わる。だが、彼女の気持ちを蔑ろにしていると見られる理由も美琴には分かったていた。
恋人関係ではないが婚約者、同棲をしいずれは夫婦、異質中の異質な関係だろう。
だからこそ、「好きにならなくたって、気持ちに答えなくたっていずれは夫婦になるんだから、優姫にとっては幸せだろ」と純恋は思っているのだ。
「俺はさく、、、優姫からの気持ちは大切にしてます。好きで居てくれている事には、少なからずは、、、、感謝はしているので」
「?何で感謝?、、まぁ良いわ。でも良かった。優姫ちゃんは良い子だから、蔑ろにしてたら許さなかったわ。井原君が良い子で良かった」
「そりゃあ、どうも」
こう言うタイプは怒ったら怖そうだな、と美琴は内心思いながら生徒会室に着き、中に段ボールを置く。
あと数分もしない内に4時間目を告げるチャイムが鳴る為すぐに生徒会室を出て廊下を歩く。
階段まで数メートルはある為、結果として一緒に居る状況になる。
会話をする内容がなければ気まずい状況になるのは当然でそれが先輩であれば、若干人見知りが入った美琴は耐えられず、それが心の奥までお見通しの純恋が相手なら当然、顔などは色々な意味を含めて合わせられない。
そんな様子を察しているのか内心微笑みながらも、以前として探りを入れる様な目線になる純恋。
「そうだ、井原君は家での優姫ちゃんを見て襲いたくなったりはしないの?」
「、、、、はぁ!?」
「そんなに驚かなくたって良いじゃない。あの子好きな子の前だと無防備だから」
「、、、、そんな事をする様な人間に思われているなら心外です」
「それはごめんなさいね。でも、あの子と交際もせず遊びの関係で手を出したら許さないわよ」
「しませんよ、絶対」
「、、、、そう、私は君の事少し見くびってたみたいね」
「?」
突拍子もない事を言われ、動揺はしたがしっかりと答えたら何故か満足したかと思えば見直されて、頭の中が大混乱な美琴と依然として微笑んでいる純恋。
そんな2人が階段に差し掛かった時、視界に入った光景に美琴は言葉を失った。
「桔梗君、やはり男性はハンバーグがあれば嬉しいのでしょうか」
「いや、男だからって全員がハンバーグ好きかは分からないって。俺も好きだけど、毎回同じ味付けはちょっと飽きるかも」
「そうなんですか、ありがとうございます。やはり桔梗君に相談して良かったです」
「ふっ、何それ、優姫は可愛い妹みたいなものだしいつでも相談しておいで」
「!はい!」
話題に上がっていた優姫とそんな彼女と楽しそうに会話をしている三年生と見られる緑色のネクタイを付けた桔梗と呼ばれる男の姿を見て、美琴は唖然、純恋は事情を知っているのか、楽しそうな顔をしている。
美琴は自分以外の男と楽しそうに会話をしている優姫を見ると腹の底が何かが煮立つ音がする程、あの光景を見て感じた事のない感情が湧きだって居た。
優姫の頭を優しく撫でる桔梗と呼ばれる男、それを平然と受け入れる優姫、その光景だけで見たくない、辞めて欲しいと言う願望が湧き出てくる。
(俺以外にあんな姿、見せるんだな)
男とちゃんと話せれる、と分かったのは新たな発見のはずだった。
なのに、何でこんなにも嫌だと思ってしまうのか。美琴はそれが分からなく、目の前の光景が見たくないのに目が逸らせない、あの光景を壊したいと心の底から思ってしまった。
そんな答えのない感情が頭の中を巡らせていると、隣に立ってた純恋が答えを出してくれた。
「あのね、桔梗先輩は優姫ちゃんの2番目のお姉さんの婚約者よ」
「、、、、え」
「ふふっ、やっぱり知らなかったのね。まぁ、私も知ったのは数日前だけれど」
「、、そ、そうなんですか」
「井原君、桔梗先輩に嫉妬したの?」
「、、、、、、、、、、、、は?」
優姫の姉の婚約者、その情報を聞いてホッと何故か胸を撫で下ろし、安心したのも束の間、純恋からの信じられない言葉に理解が追いつかず、理解した瞬間、先輩相手に「は?」と言ってしまうぐらい美琴は混乱していた。
嫉妬、その言葉は知っていた。
だが、自分自身には関係のない感情だと言う事さえ知っていた。
だが、美琴は純恋から言われた瞬間、一瞬だけ、たった0.1秒間だけ、納得をしてしまった。
桔梗に向けていた感情の答えを、名前を付けられて納得をしてしまった。
だけど、それよりもあり得ないと言う気持ちがすぐに追いつき、追い越した。
何故、そんな感情を向けなければならないのか、ただの婚約者とその姉の婚約者が話してるだけで嫉妬などするはずがない。
そう、思いたくて仕方がなかった。
だけど、美琴は自分と優姫の関係がただの婚約者ではないと言う事にも薄々気が付いて居た。
反論なんてする事は出来ずその顔と耳は信じられない程真っ赤だった。
「もしかして分かってなかったの?」
「、、、、何で、俺が嫉妬なんて」
「、、、、、、、、無自覚かぁ。これは大変だわ、優姫ちゃんは?」
「はい?」
「何でもないわ。ほら、優姫ちゃんこっちに気付いたわよ」
「え?」
「、、、、ぁ、美琴君!」
「あ、」
桔梗との会話が終わったのか、こちらに気付き辺りを見渡してから名前呼びをしてこちらに駆け寄ってくる優姫を見て先ほどまで感じて居た嫉妬、と言う気持ちがなくなった。
純恋からの無自覚という言葉に美琴は少しばかり気にして居た。生徒会長である藤にも同じ様な事を言われたからだ。
何が無自覚なのかすら分かって居ない。
「どうしてお2人が一緒に?」
「先生に頼まれた荷物を井原君が運んでくれたの、彼は良い子ね」
「当たり前ですよ、純恋先輩。ぁ、美琴君、さっき話してたのは姉の婚約者なんです、決して深い仲ではありませんからね!私は美琴君一筋なんですから!」
「ッ、、、、ふっ、あっそ。まぁそんな気はしてたし、気にしてないっての」
「本当ですか?本当ですね!?」
「本当だって!、そろそろチャイム鳴るから教室戻るぞ、、、、じゃ、谷宮先輩失礼します」
「私も、、失礼致します」
「うん、また放課後にね」
優姫の怒涛の弁明に嫉妬して居た自身がバカ見たいと思えたのか、いつも通りに接する事が簡単に出来た。
純恋に軽く一礼し階段を登るがそれに明確な距離を開けるのはお互いの為、と言う美琴と優姫の暗黙の了解があった。
そんな様子を見て、可愛いなぁ、と内心思いながら見守る純恋の目は完全なる母の目だった。




