天使な婚約者は初恋泥棒
「?」
ドサっと言う音がした方向に振り向くと、5歳ぐらいの男児が床に倒れており、その先には皿が転がっておりその傍らには皿に乗っていたであろう苺のタルトがあった。
その姿だけで美琴は男児が転けたと言う事に一瞬で理解し泣くだろうなと思った矢先には、「うわぁぁぁん」と言う泣き声が店内に響く。
「タクちゃん、泣かないの、起き上がろうね?、ね??」
「やぁぁぁ!!」
「迷惑だよ」
「いちごのタルトぉぉ!」
「来年また来ようね?ね?」
「いやぁぁぁ!」
完全に泣き虫モードに入り、母親は泣き止ませるのに必死で、大変そうだなぁと何処か他人事に見ていると、ガタッとすぐそばから立ち上がる様な音がし、視線を向ければ優姫が立ち上がって足早に男児の元に駆け寄って行くではないか。
その姿を見て目を丸くした人は美琴以外にも居た。
だが、そんな周りの視線など興味がないとでも言うかの様に男児の前に立ち止まりしゃがみ込んだかと思えば優しい声で話しかけ始めた。
「君はこのタク君って言うの?」
「やぁぁ、、、、??、そう、だよ?」
「そっかぁ、タク君、お膝痛いの?コケて」
「ぅん、痛い」
「じゃあ、おまじないするから経った欲しいな」
「うん、おまじない、とびっきりのだよ」
「じゃあ立つ」
優姫の言葉に数秒で立ち上がる男児。
それを見て母親は勿論周りに居た客達もざわめきと動揺は隠せなかった。
それは美琴も同じな様で、プロの所業ではないか、と心の中で思いながらまだその様子を離れた席に座りながら見届けるのであった。
何故座っているのか、それは桜木優姫のタメ口と言う人類史上初の現場を目撃したと言う衝撃で固まっていた。
立ち上がった男児の膝部分に手を近づける彼女は「痛いの痛いの飛んでいけー」と言えば、徐にしゃがむのを解除し立って男児の頭を撫で始める。
それにビクッと体を震わせて顔を見上げる。遠くからでも男児の顔が赤いのが窺える。
「!なんで?」
「だって、タク君は偉いんだよ」
「ぼく、偉いの?」
「うん、とっても偉い。だから、そんなタク君にお手伝いして欲しい事があります」
「お手伝い?」
「うん、ちょっと待てっててね」
そう言うと彼女はこちらへと戻って来たと思えば、皿を手に取り男児の元にまた戻ってしまった。
皿の上にあったのは先程男児が落としてしまった苺のタルトであった。
それを見て今からする事にすぐに理解し、笑みが溢れるのを隠すかの様にホットコーヒーを口に含む。
「はい、苺のタルト」
「!、くれるの?」
「うーん、ちょっと違うかな。お姉ちゃんお腹いっぱいなんだ。残すのは可哀想だし、だからタク君に食べて欲しいです。これは任務です、カッコいいタク君なら出来るよね?」
「!!!!!!、うん!お姉ちゃんからの任務出来る!」
「ありがとう、タク君はカッコいいね」
「えへへ、でしょ!」
一連の言動に凄さを感じた。
お手伝い、任務と言う名目でタルトを渡す事で更に嬉しさを上げ、ちゃんと褒める事で機嫌まで良くさせ懐かせる、と言う、何処で習ったのか知りたい程の上手い子供のあやし方が上手だった。
人たらし、と言う由縁の中にはこう言う些細な気遣いも含まれているのではないかと美琴が思った瞬間、男児が優姫にとんでもない発言をし店内をまた色んな意味でざわつかせる。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ん?何かな?」
「大きくなったらぼくのお嫁さんになって!」
「!」
「ッ」
まさかの発言に優姫は目を見開き、美琴は驚きのあまりホットコーヒーを溢しかけた。
お嫁さんになって欲しいなんて子供が一生に一度は言う言葉No. 1とも思える言葉を此処で聞けるとは思わず、ちょっとした達成感を覚えながら、彼女の次の言葉を待つ。
如何に彼女が男児を悲しませない言葉を言うのかが店内の状況、そして男児の心を守れるかがかかっているのだ。
「、、、、ごめんね、お姉ちゃん好きな人が居るんだ」
「!、」
「だから、タク君の気持ちには応えられないんだ」
「ふぇ、」
「泣かないで、タク君はカッコいい子でしょ?、タク君にはタク君が本当に幸せにしたい、幸せになりたいって思える子が絶対に現れるから」
キチンと断りを入れ、しっかりと無理と言えばやはり泣きそうになる男児を見てヤバいと思ったが、優しく頭を撫でて落ち着いた声で諭す様に言った。
それを見て周りの客、店員、美琴を含めた全員が思った。
子供をあやすのが上手だと言う事と、ちゃんと落ち着かせ話を聞かせる声で言う優しさと天使の姿をした聖母に目に映ったであろう。
「幸せにしたい?なりたい?、、お姉ちゃんは無理なの?」
「うん、無理なんだ。お姉ちゃんはね、タク君じゃない男の子一緒に幸せになりたいんだ。だから、応援してくれる?」
「応援?」
「そう、お姉ちゃん、その男の子とまだ一緒になれる様な仲良しじゃないんだ。だから、カッコよくて強いタク君に応援して欲しいの」
「!分かった!お姉ちゃんの事応援する!フレー!フレー!お姉ちゃん!!」
「、、ありがとう、タク君は優しいね」
すっかり泣き止むのを辞め、笑顔で彼女の気持ちを応援する男児を見れば、店内の雰囲気が優しく穏やかな空気に変わった。
それを実感しているのだろう、彼女は優しい顔をして男児、いやタクの頭を撫でている姿を見れば余計に聖母感と天使感が強まる。
美琴は一瞬、天使の姿をした優姫の姿が見え幻覚だな、と思いながらその様子を見続ける。
すっかりと幻覚を見る事に慣れてしまっている他、タクを母親に引き渡してこちらに戻って来る彼女を見て伝票を手に取る。
「優姫、お待たせしました」
「いや、手際良いな、子供の扱い」
「姉の子供のお世話とかした事があったので」
「じゃあ、タメ口になるのもそれで?」
「!、う、聞かれてますよね。はい、その通りです、子供に対しては何故か敬語が外れるんです。変ですよね」
指摘をすれば恥ずかしそうな表情に変化し、敬語が外れた事を気にしてると言う所が可愛らしいな、と美琴は心の中で思いながら手の中にある伝票に意識を向け、これからどうしようかと思う。
「それは別に良いと思うが、まだ食べるか?」
「いえ、タク君も居るのであれば、これ以上居たら嘘言ってる事になっちゃいますから」
「律儀だな、、、、じゃ、出るか」
「はい、出ましょう。何円ですか?」
「出さなくて良い、俺が払うから。俺が誘った側だし」
「いや、ですが」
「年上の言う事は聞いておけよ」
「数ヶ月だけ年上じゃないですか」
「たったの数ヶ月でもちゃんと年上なんだから、甘えろよ」
「、、、、分かりました。美琴君がそう言うのであれば、甘えます。これが甘えなのかは分かりませんが」
「はい、良く言えました」
珍しく言葉で彼女を言いくるめれて、美琴の言い分を許諾したのを聞いて褒め、会計に向かって行く。
その後ろを追って行く優姫の表情は何処か嬉しそうな顔をしていたのは、甘えられていると言う事が嬉しいのか、美琴自体がカッコいいと言うなのか、どちらかは分からないが、手際良く支払いを済ます姿は紳士そのものだろう。
だから、周りの客達よ、生暖かい視線を向けないでくれ、勘違いしているのは分かるが、明らかに微笑ましい光景だなと心の中で消化しないで欲しいと、心の中で思い領収書を受け取るのであった。
(カップルって思われるのは別に良いが、生暖かいのは辞めて欲しい)
非常に照れくさい、むず痒さを感じているのだろう、店を出る時でさせ店内に顔を向けない様にする程、恥ずかしさを感じているのだろう。
そしてそれを察している彼女は優越感に浸ってるかの様な顔をして、美琴の後を追う。




