天使で婚約者?とのお見合い
カコンッ
鹿おどしの音が和室一体の静寂に響いた。
両家両親共に「あとはお若いもの同士で」と抜かしたおかげなのか、絶賛気まずさを拭えきれていない井原美琴とニコニコと学校では一切見せない嬉しそうな笑顔を向けている桜木優姫と言う対比には、側から見たら笑いが込み上げられる状況だろう。
だが、当の本人である美琴は心臓がバクバクは愚か先ほど、優姫から言われた言葉を色々な解釈で頭の中で巡らせていた。
(形式上の挨拶?いや、気まずいから言ったとかだよな?)
2人っきり、それも相手は学園の天使と呼ばれる内の1人で婚約関係になる。そんな状況で冷静沈着とは言えないが落ち着いた性格だと自負している美琴は焦りと動揺の感情を顔に出さない様にとしていた。
「えっと、、、、お見合いのこといつ聞いたんだ?」
「放課後、運転手の迎えの時にです。ですから、制服での対面になってしまいましたが」
「いや、俺も制服だからお互い様だ。寧ろ、ピシッとした格好はどうも俺には合わないからな」
「そうですか」
ホッとした表情する彼女を見るからに、場によっての服装を考えるほど教養が良いと察した。
お互い殆ど関わりもそして話した事すらなく、会話上手とは言えない程な美琴にとって、この場を切り抜ける会話方法は一切持ち合わせていなかった。
だが、優姫はそんな美琴の心情を察しているのか分からないがニコニコと笑顔を向けるばかり。
それが美琴にとって仕舞えば良い意味では緊張、悪い意味では君が悪いと捉えてしまっていた。
「このお見合い、と言うか婚約嫌じゃないのか?」
「そうですね。嫌ではない、と言えば嘘にはなります。好意を持ってない相手との婚姻はいずれ破談になるとは思っていますので」
「へー」
冷静に、だがズバッと誰かの心を突き刺す様な言葉に少しばかりのダメージを負った美琴は何とか、冷静に返答をしたが、その声が震えていたのは気づいていないだろう。
冷徹ではないが、思った事をしっかりと言っていると言う部分では学校で見る彼女とはだいぶ違った。
良い意味で『良い子ちゃん』に見えていた彼女からは到底言うとは思えない言葉だったから、と言うのもあったが、その表情には恋する乙女の様な感情が見受けられたからだった。
「逆にですが、美琴君は嫌だったのですか?」
「え、お見合いに関しては断れるもんじゃなかったし、それに俺が断れば弟が受けられるだろうし」
「弟さんが」
「そ、まだ小2だしさ」
「優しいんですね、美琴君は」
「ッ」
風でなびく白髪の透明感のある髪、キラリと青い瞳が輝き薄っすらと頬を染めて、嬉しそうな表情を向けてからお茶を啜るその姿が比喩ではなく天使の様に美琴の目には写った。
学園中から【桜の天使】と呼ばれる理由が、少しばかりの理解したと同時に、耳が熱くなるのを感じた。それを紛らわせるかの様にお茶を飲む。
話を変えなければと言う気持ちになり、先程から気になっていた事を言ってみる事にした。
「そういや、俺の事なんでまだ名前呼びな訳?」
「名前呼び、嫌でしたか?」
「そう言うわけじゃないが、父さん達が居る前では桜木も名前で呼ばないとって思ったと思うが、今は2人っきりなんだ、苗字で良いだろ」
普段学校でクラスメイトを呼ぶ時苗字で読んでいた場面を思い出して言った。
本当に嫌ではなかったが、美琴は少しむず痒さを感じていた。美少女からの名前呼び+君付けと言う慣れない呼ばれ方には流石に堪えるものがあったのだ。
だが、美琴の言葉を受け取った優姫は悪い方向に受け取ってしまったらしく顔を俯かせた。
それを見ればいくら事なかれ主義を貫き中とは言え無視する選択肢はない。
「ちょ、どうした」
「いえ、その、、、、舞い上がっていた自分に呆れてまして」
「え?」
「普段から人な事を名前呼びで呼んだ事がないから、婚約者だったら許されるかな、と、、、、思ってしまって」
その言葉を聞いて、目を見開いた。声が震えていた、泣きそうな声だった。
そして美琴自身が思い出した。初めて友人に対して名前で呼んだ日の事、その時も緊張していた感覚は今でも頭の中にはあった。
彼女にだって名前で呼びたいと言う気持ちがある。そして、身近な関係になる婚約者だからやろうと、思ったんだ。
悪い事だとそう思わせてしまった美琴は罪悪感を感じた。
徐に正座を崩し立ち上がり、優姫の隣に座る。
それに少し驚いたのか顔を上げる優姫。
「嫌ではない。少しビックリしただけだ、、、、だけど悲しい思いをさせたのは悪かった」
「!」
「君呼びが慣れてなかったってのもある。だからその、慣れる努力はする」
「では、、、、美琴君とお呼びしても良いのですか?」
「良いも悪いも桜木の意思次第だ。これから関わりがある以上は、名前呼びになるのは決定事項の様なものだしな」
「、、、、ありがとうございます」
「感謝しなくて良い」
改めて名前呼びをOKすると言う初めての事に少し緊張したのだろう、耳を赤く染める。
だが、それよりも了承された事がよほど嬉しかったのだろう、隣に座っていた美琴の肩に頭をくっ付かせ、微笑む。
(嘘、だろ)
思わず息を呑むではなく呼吸が止まった。
甘えているとも取れる様な行動をある意味初対面でもある美琴に対しする事がどれほど無防備なのかを分かっているのか、と言いたくなる様な表情をしてしまう。
暫く硬直していると、スッと肩から顔を離して、またお茶を啜る優姫。それにホッと安心する。このままでは心臓が爆発しかねないと思ったぐらいには心臓がバクバクしていた。
恋愛感情がなくとも女性を可愛いと思えるぐらいの感情は持ち合わせている。
「それにしても美琴君が木原財閥の四男だとはビックリしました」
「俺もだ。桜木が桜木財閥の人間だとは」
「学校では金持ちって噂はあったけど」
「あぁ、そう言えばそんな噂がありましたね。まぁ間違ってはいないですが」
「だな。俺は、めんどくさいし教える理由もないから言ってないだけだが」
「それは合理的な判断ですよ。仲良くもない人に教えたりしたら大変になるのは目に見えてますしね」
「同感だ」
面倒ごとが嫌いな美琴は彼女の考えには深く理解が出来た。友人、親友、それと信頼している相手ならば家の事を話せるがそれ以外の相手に話す理由は全くないと思っていたからだ。
こう言う場面で同じ考えを持っていたと、分かったのは少し好感度が高くなったのだろう、緊張感がなくなっていくのが空気感として分かった。
「それにしても、美琴君にご兄弟が居る事に驚きました」
「あぁ、1人っ子って良く言われるな。1番上と2番目は歳が離れてるし、3番目は幼少期には外国に居たし、弟も年下だから」
「私も年の離れた姉が2人と兄が1人居るので、1人っ子とも思われる事がありまますし」
「まず、天使に兄弟が居るって考えるやつ居るのかって話だな」
「天使?」
あ、ヤベ、そう思った時には時すでに遅かった。
【桜の天使】と言う総称は学園側、生徒側が勝手に付けた二つ名の様なものだ。二つ名を持つ生徒達に隠れて呼び合っている、本人にバレない様に言う、暗黙の了解があったのだ。
それを当の本人に言ってしまった事に目を逸らしたくなった。
が、ジッと真剣な表情で見つめてくる優姫の目を逸らす事は出来ず、嘘などは付けなかった。
「いや、そのだな、学校で天使って呼ばれたるんだ、桜木は」
「天使、、、、あぁ、だからですか」
「だから?」
「いえ、廊下ですれ違う人から【桜の天使】だと言われる事がありましたので。納得したまでです」
「そ、そうか」
暗黙の了解とやらは天使こと優姫にはバレていたらしい。
本人が聞こえる距離で何をやっているんだ、と美琴は思うが至近距離にこの美少女がすれ違えば言ってしまう人間の気持ちも多少は分かる。




