天使と婚約した日
高校1年生になり早2ヶ月とちょっと、6月中旬のこと、誕生日を数日後に控え、短縮授業を終え帰路に着こうと下駄箱から靴を取り履き替え、淡々と1人校舎を出る。
井原美琴は平凡ではないが普通の男子高校生と自認している。
黒髪で翠眼、180cmは両親の遺伝だがそれ以外は普通だ。
美琴は中学までは部活に入っていたが今は所属もして居ない、バイトもして居ない、友人は2人居るが両方部活、そうなれば放課後は基本1人で帰宅をする。
だが、今日は違った。
校門付近で堂々と駐車する黒い高級車もとい、我が家の送迎車の1つが停って居た。
周りの生徒がチラチラと車に視線を送りながら、校門から出る。
美琴の家は分かりやすく言うのであれば財閥だ。曽祖父の代からあり、美琴はその四男坊。総資産10兆円に上るほど。所謂御坊ちゃまと言う立場だ。
今日は迎えに来る予定ではないが?と心の中で美琴は思いながら車に近づくと助手席の窓が開く。
「美琴様、お迎えにあがりました」
助手席から美琴に声をかけたのは、美琴の父・奏介の運転手・黒澤だった。
美琴は黒澤の格好を見て少し違和感を感じた。いつも以上にビジッと決めたスーツと髪型、いつもなら髪型はもう少し落ち着いた感じだと、美琴は記憶していたからだ。
「今日は何かあるの?」
気になりながらも、迎えに来た、そして黒澤の格好には何かあると気付いた美琴は後ろの席の扉を開け、車に乗り込みながら質問をする。
美琴がシートベルトを確認するのをルームミラーで確認をし、黒澤は車を発進させる。
黒澤は美琴からの質問の意図を理解しているのだろう、言いづらそうな表情を浮かべ、言葉に詰まっている。
それは美琴本人にも伝わっているのか、嫌な予感を感じている。頭の中で嫌な条件が揃い過ぎているのだろう。誕生日の数日後に控えている、予定のない迎え、父親の運転手が言葉に詰まること。
考えれば考えるほど、美琴本人は自身に何かがあると察してしまう。
「実は、美琴様に許婚をと、旦那様が」
その言葉が耳に届いた瞬間、車内の空気が澱むのが分かる。
美琴自身も深いため息を思わずついてしまう程の言葉を聞いてしまったからだ。だが、嫌な予感とは少し違う展開で驚きも含まれて居たため息だった。
父親が美琴に何かする時は必ず会社関係のこと、それは本人も慣れて居たことだから。
だが、今回の事は美琴自身に関する事、それも許嫁。と言う事は、、、、会社のこと、なのかもしれないと勝手に思い込む事にした。
「マジかぁ、、、、何処の?」
「桜木財閥だそうです」
「桜木?、、、、あぁ、あそこか」
桜木、井原と並ぶ財閥の1つで総資産額も井原に近いと美琴は記憶していた。
だが、その苗字を聞き少し、ある人物、学園の天使と呼ばれ人物の1人でクラスメイトが頭の中で浮かび上がった。同じ苗字なのだろう、他人だろう、と勝手にそう思い浮かべるのを辞めた。
だが、そんな考えはお見合い会場とも言うべきだろう、とある料亭の一室に付いて消えた。
30分ほど車を走らせ、着いた場所は昔から利用している高級料亭、車から降り中に入ると美琴の両親が立って居た。
一族当主とその妻らしいスーツと着物を着ており、実の息子でありながらも迫力を感じる。
靴を脱ぎ慣れた手つきでスリッパに履き替え、近づく。
「美琴、待って居た。詳しい内容は黒澤から聞かされているだろ」
「父さん、、聞かされたないよ。何で、俺に許婚が?兄さん達でも良くないか?」
「長男次男にはもう伴侶が居る、三男は本人から無理と言われたんだ。それに、、、、美琴に恋人が出来るとは思えないからな」
実に息子にその言い方は何だよ、と否定は出来ない事を言われ、それと同時に拒否権と言うのは存在しないのだろう、とも察した。
料亭の一室に向かう途中、母親でありフランス人のハーフである美咲から今回の許嫁の概要を教えられた。
新しく会社を作るが従来の会社経営ではなく、グループ経営として他の会社、財閥との共同経営をしようと言う事になった。
そして今回それが上手く行き、今後の関係の良好をと言う事でお互いの子供を許嫁、婚約させようと両家の親達が決めた、と言う事でこの様な結果となった。
相手の居る一室に着き、美琴は自分と相手が可哀想だな、と思いながら気になった事を聞いてみた。
「俺はともかく相手の娘さんは良いのかよ」
「大丈夫よ、それに相手の娘さんも貴方と同じ学校で、同じクラスらしいわよ?」
「え?」
美咲の言葉を聞いた美琴が聞き返すよりも先に、相手方が居る和室の扉が開いた。
そこに居た人物に、美琴は思わず息を呑んでしまったからだ。
先ほど車内で考えて居た人物、通っている学園の天使の1人で、同じクラスメイトで、桜木と言う名、そうなれば否応なしにただ1人しか居ない。
「彼女がお前、美琴の許嫁となる〈桜木優姫〉さんだ」
【桜の天使】と言うには美しく可愛らしい、だが天使と言う名に相応しいほどに、桜木優姫は儚く綺麗な少女なのだ。
綺麗な白髪のストレートヘアは常にサラサラとし、二つ結び、一つ結び、様々な髪型が似合い、透けるほど白い、乳白色の肌は肌荒れなどが一切なくスベスベである。140cmと言う小柄過ぎる体格だが存在感は強く、ひとたび歩けば周りからの視線を集める美しさがある。長い睫毛が常にクルンッとなり大きな瞳はたまにジト目になり、人形の様な繊細な美しさと可憐さを纏った人物。
クラスメイトになれば否応なしにも彼女の噂は耳に届く、文武両道の美少女と言うのが殆どだ。
実際彼女は小テスト中間テストでも1位を取り、体育の授業でもそつなくこなし活躍している姿を美琴自身は見て居た。
そんな彼女と、婚約、許嫁、と言う事実に頭を抱えそうになる。
和室の入り口、両親の間に挟まれ座りながら美琴の顔を見つめる優姫の顔は何を考えているのか分からないがパッチリ二重の綺麗な瞳が美琴の顔を映す。
「美琴、座りなさい」
「ぁ、はい」
言葉に詰まって居た美琴は母の言葉にぎこちなく返事をし、優姫が真正面になる席に座る。
その両隣には両親が座る。
優姫の父親は外国の血が入っているのだろう、ガタイが良いのが分かる、母親は大和撫子、和風美人と言う言葉似合う人物だ。
部屋の中には静寂が流れる。お茶を啜る音、部屋の外から鳥の鳴く声だけが部屋に響く。
両隣から横腹を攻撃されている美琴は何を言えば良いのか、分からず言葉に詰まっている。下手な事は言えないし、逆に何かを言って欲しいとまで願ってしまっている。
「、、、、井原さん、いえ、、、、美琴君」
「!」
か細くだけど優しい声が自分の名を呼んだ、と言う事態に美琴は柄にもなく目を見開き驚いてしまった。
名前は、多分事前に聞いて居たからだろうと察するが、何故自分の名を呼ぶ事態になったのかは分からないと思いながら、美琴は優姫の方に視線を向ける。
優しい笑顔をさせながら、美琴が予想にもしてない言葉が優姫の口から発せられた。
「許嫁、婚約者としてよろしくお願いします」
「、、、、、、、、よろしく、、お願いします」
彼女の言葉にどう返事をすれば良いか、よりも困惑が勝ちただただ頭を下げ了承する事しか出来なかった。
風の音、鳥の鳴き声が遠くに感じるほど、あり得ない現実が勢い良く押し寄せて来て居たのだ。
早めの誕生日がこんな事になるとは思わなかった。
夢であって欲しい。
顔を上げながら美琴はただそう思う事しか出来なかった。
だが、ニコッと優しい笑顔を向ける優姫の顔を見ると、夢とは思えなかった程、輝いて居た。




