陽光⑨
俺はGardenにいた。それには色々な理由があるが、ここに来ることは――いいや、来れることは、もう最後かもしれないという直感があったからだ。
このGarden、そして悲しみの湖畔はアズサと俺の精神の世界だ。お互いの精神を分け合って、そして混じり合わせた世界だ。それは、お互いがお互いに対する感情が強ければ強いほど広がりを見せその居心地の良さも上がっていく世界ということでもある。
だがそんなこの世界も今はもう俺しかいないし、この世界を構成している片割れが居なくなった今、この世界もじきに崩壊するだろう。それこそ、ベラトリックスにペンダントを返すというアズサとの最後の約束を実際に果たしてしまったら、この世界はその瞬間、確実に崩壊してしまうだろう。だから、最後に一目見ておきたかった。
そして、今となっては分かる。アズサが人体実験の候補者に入っていたのは、このGardenや悲しみの湖畔という精神世界が作れるほど精神が強かったからだと。俺の為にした断薬も、その精神の強さ故…………。
俺はGardenの入り口にある二つの巨大なビルの正面から、真っ直ぐ続いている坂道を降りて悲しみの湖畔へと進んだ。
湖畔のこの淋しげで物静かな雰囲気は何度味わっても飽きることのない安寧を与えてくれる。悲しみの湖畔の水辺には、様々な生き物たちが暮らしていて、虫や動物の鳴き声や微風に流され姿形を変える自然、水面が揺らぎ静寂に響き渡る水滴が滴る音など、全てが懐かしく愛おしい。
――そうだ、ここで記憶を取り戻したっけか。
悲しみの湖畔近くのベンチに腰をかけながら、内心呟いた。
記憶を取り戻した結果俺が感じたことは、如何に俺という人間が小さく愚かで醜い存在だったか、ということだ。記憶を取り戻す前の俺は、自分という人間は、手放しで褒められるような人間ではなくても、多少はまともな人間であると思っていたというか願っていた。
だが実際は、そんな想像が妄想であると言われても可笑しくないほどに、俺という人間は酷い人間だった。抑圧やストレスを、快楽に変えて突き進む愚かで小さな人間――それが自分だった。
アズサには感謝してもしきれない。何故ならば、俺という邪そのものである人間をその豊潤で限りない慈悲を以て包み込んでくれたからだ。アズサは俺の過ちのせいで死んでしまったけれど、これは確実に言える――俺は、アズサのおかげで改心したと。
身勝手な気持ちであるということは痛いほど分かっているが、本当にそう思うのだ。アズサ以外に俺を改心させられる人間はいない、いるはずがない。俺は、アズサという聖母にいくつ命を捧げても足りない未熟な存在だ。
俺はベンチから立ち上がり、月光差す悲しみの湖畔の地面に膝を立てて、夜月に向かって心の底から祈った。
――安らかにアズサの元へ行けますように。
俺はした。今までの人生で一番強い祈りを、今ここで。
するとそのときだった。
ずっと暗がりを覚えていた夜の空に、それを切り裂くようにパッと雲間から幾つもの光りの筋が差し込んできた。初めて目にする悲しみの湖畔の明るい情景に、俺は自然と笑みが溢れた。祈りが届いた、その確信がありありとあった。
雲間から差し込んできた光りの筋は、まるで俺の人生を照らす陽光だった。
さぁ、帰るとするか、元いた世界へ。




