welcome to underground⑬
アミリーの部屋のドアを目の前にする頃には、気持ちも以前よりかはすっと落ち着いていた。
だけどTwilight in the Roomでの出来事を話したい、分かってほしい、という気持ちは全く変わってはいなかった。
俺は部屋のドアを四回ノックする。すると、今度はすぐにアミリーが出てきてくれた。俺はアミリーと目が合うと、自然と口角が上がったのが自分でも分かった。
「どうしたの~?」
「話したいことがあるんだ」
アミリーはそう言った俺の目を見つめてきた。じっくりと、表層を越えた深層の本心を探るような目つきで。アミリーは物静かな口調で「いいよぉ」と言ってくれた。
アミリーに手招きされるままに部屋の中へ入った。部屋の中はアミリーと同居人の男の、相反するような別角度からの匂いがごちゃ混ぜになっていた。自分と胡乃葉の部屋と違って、どちらかというと散らかっていた。俺は同居人の男のベッドに腰掛けた。
「で、話したいことって、なに?」
「大きく言えばベラトリックスに関することなんだけど、聞いてくれる?」
「もちろん」
俺は、まず手始めにパーティー会場でのことを話した。アミリーの反応は思った通りに、そんなに危険なことをするな、という心配のものだった。それから『無菌室』という本のこと、Twilight in the Roomで体験したこと――ここ最近の全てとも言えるような事を俺はアミリーに余すことなく話した。
俺は話している最中に何故か涙を溢してしまった。列車内で目醒めてから、ここまで感情が不安定なのも記憶を全て取り戻した時以来だ……。俺はいつしかアミリーに頭を撫でてもらい、抱擁してもらっていた。
ふと時計を見ると、俺達は三時間ほど話していたようだった。涙も止まり、理解もしてもらい、アミリーに感謝を伝えて、長居するのも悪いと思い俺は自室に戻る事にした。腰掛けているベッドから立ち上がって、ドアノブへ手をかけた、そのときだった。アミリーは帰ろうとした俺の腕を引っ張って引き留めてきた。俺は困惑した。困惑したものの、アミリーの視線はやけに真っ直ぐ鋭く、力強さがあったから、俺はドアノブから手を離しアミリーの方へ向き直った。
「行かないで……」
「どうしたの……?」
俺は今にも泣き始めてしまいそうかというアミリーに、どうしてあげることもできなかった。
「……今日は魂が死後の世界へ昇る日だからかなっ。アミリーもちょっと感情的になっちゃってるのかも……アハハ……。今帰るのはさ、廊下に出たら魂に引っ張られちゃうから危険だと思うよ……」
「本当に今日がその日なの? ……じゃあ、どうしたらいいかな……。部屋まで走って帰ったら大丈夫だったりしない?」
「……ちょっと遠いじゃん、部屋まで。だから……今日はここに泊まっていけばいいよ」
突然背後のドアが開いた。
「誰だよお前」
振り返らなくとも声で分かる、それはアミリーの同居人の男だった。
一度だけ目にしたことがあるが、男は俺のような貧相な身体ではなくとても屈強な体格をしていて、男らしさの感じる筋肉質な身体をしていた。俺はやっぱり部屋に帰ろうと思い、振り返ろうとした、が、それよりも先にアミリーが俺と男の間へ出た。
「今日は訳あってこの人がここに泊まることになったから、よろしくね~」
このとき初めて、俺と男は意思が通じた――マジで言ってるの? と。
振り返ると、そこには不満げな感情がダダ漏れな男が一人、存在していた。
「大丈夫だよ、なにかあればアミリーが護ってあげるから、まぁ、なにかなんてないけどね」
アミリーは俺の耳にこそこそっと囁くように言ってきて、クスクスっと笑いはじめた。
この列車内の人間の中では、アミリーは比較的に話す方だと思うし、それなりに関係性も築けているという認識もあるのだが、彼女の〝特異性〟について、俺はなにひとつ知らない。出会った時辺りに一度、アミリーに君の特異性がなんなのかを訊いたことがあったと思うが、その時ははぐらかされてしまった。
男女ペアの部屋では、様々な問題や事件が起きているという話は聞くのに、こんな屈強な男と同居し、何も事件などに巻き込まれていないように見えるアミリーは……よくよく考えたらいったい本当の姿は何者なのだろうか……?
――一時間後、俺は本当にアミリーのベッドでアミリーと寝ていた。とても疲れていて普通であれば今すぐにでも眠りに落ちてしまうはずなのに、俺は心臓がバクバクで一切眠気を迎合する事ができていなかった。真っ暗になった部屋の空間に、同居人の男の言葉がふと飛ぶ。
「ヤるなよ」
俺達は反対を向いて眠っているものの、身体は完全に密着している。
「さぁどうかな」
俺がそう返すと、男から舌打ちが返ってきた。
俺は簡単には眠ることができなかった。胡乃葉とは全く違う、アミリーの甘いストロベリーのような匂いに頭がクラクラしていたからだ。
アミリーの呼吸音が直に伝わる。次第に、俺の身体もアミリーの呼吸と心拍に同調をしはじめた。甘いストロベリーのような匂いに、頭のクラクラは止まらない。女の子の身体ってこんなに温かいんだ。あぁ……アズサの温もりをまた感じたいなぁ……。そう思うと、俺の身体はすごく温もりに包まれているのに、心は虚しさを覚えた。
だがそれはネガティブな意味での虚しさではなく、ノスタルジックという意味での虚しさであった。




