welcome to underground⑫
列車内へと無事に帰ってくることができた俺は、すぐさまベッドに身を投げた。
どっとした疲れたが心身に重くのしかかり、俺の意識はそのまま遙か遠くへと連れ去られた。
翌朝、胡乃葉の着替えを行う音で俺は目を醒ました。
衣服が擦れる音で起きることはこれまでにも幾度となくあったが、ここまで他人が出す音に安堵感を覚えたことは初めてだった。俺は胡乃葉の着替えが終わると本格的に目を醒ました。漠然とした、様々な事が輪郭しか浮かんでこない頭の中で自動的に強く反芻されるのは、やはり昨日のバケモノのことだった。
「やっと起きたのね、悪夢を見ているのか尋常なじゃないくらい汗をかいていたから何回も起こそうとしたんだけど、全然起きなかったよ」
「頭が痛てぇ」
「うなされて寝返りも多かったし、身体も沢山周りにぶつけたんじゃない? ……ねぇ、何かあったの?」
胡乃葉は俺の顔を覗き込んできながら言ってきた。
「何もないよ、ちょっとストレスが溜まってただけ」
そう言うしかなかった。
Twilight in the Roomというとってもとっても不思議な場所で、バケモノに追いかけられたんだ――なんて言ったとしても無意味だろう。胡乃葉との共同生活は俺にとって快適そのものだった。それはアズサと過ごしたあの期間にも感じたことはないほどに、心地の良い生活である。ただ、今の俺が感じている孤独感やバケモノに追いかけられた体験などは、全くもって胡乃葉と共有出来る類いの話ではないのだ。自分の気持ちを分かってくれる人がいない、そんな状態は、より孤独を感じさせる。
俺は胡乃葉に、起こしてくれたことに感謝を告げると、胡乃葉の方から朝食の誘いを受けた。俺はそれを了承すると、俺達は食堂車へと向かった。
食堂車での食事中も、俺は胡乃葉と他愛のない話をしていたが、俺の頭と心の中はベラトリックスのことでいっぱいだった。昨日は別にベラトリックスに会ったわけじゃなく、バケモノに追いかけられただけだが、その出来事がより一層ベラトリックスへ対する興味を加速させた。目の前の食事もどこか淡泊に感じられ、俺は久しぶりに強い孤独感を感じた。
頭の中がベラトリックスのことでいっぱいだなんて、まるで恋でもしてるみたいだな――ふとそんな思いを抱いたが、馬鹿馬鹿しくも思い鼻で笑った。
……恋はしていなくとも、今の俺はベラトリックスに少し似ていた。何がかと言うと、それは〝感情〟だ。彼の想いを『無菌室』を通して知ることによって、俺は、ベラトリックスと同じとは言わないが似たような感情を抱いているような気がする。『無菌室』を読む限り、恐らく、彼も俺と同じように過酷な環境で生きてきたのであろうから。
そういう意味では、俺とベラトリックスは似た者同士かもしれないな。
俺は胡乃葉との食事中も、そんなことをずっと考えていた。
食事が終わると胡乃葉は部屋に戻ったが、俺は今自分が抱えている想いにどうしても共感がほしくて、分かってほしくて、アミリーの部屋へと行くことにした。
アミリーの部屋のドアをノックすると、なにも反応はなかった。俺は一分ほど待ってみたが、部屋の中から反応が返ってくることはなかった。仕方なく、諦めて部屋に帰ることにした。
部屋に戻ってからも俺の、想いを誰かに吐き出したい、理解されたいという欲求は留まることを知らない。でもしょうがないものはしょうがないと思い――苦しい苦しい――そう嘆きながら、俺はベッドの上で毛布にうずくまってやり過ごすことを続けた。世界に自分しか持っていない悩みなんてものは、ないとは思う。だから普通であれば、それで悩んでいるのは自分だけじゃないと思い、気持ちの嵐が通り過ぎるのをやり過ごす。だけど今回はそうじゃない――。
気がついた頃には、十時間ほど時間が経っていた。
夜の八時頃になっていた。俺は毛布を遠くへ投げ飛ばした。毛布は胡乃葉に当たった。
「やっと顔を上げてくれた。ずっと見てたけど、どうしたの? やっぱり何かあったの?」
胡乃葉の言葉に、俺は涙でグシャグシャになった顔を、猫のグルーミングのように整えながら、小さく首を横に振った。
「何もなかったよ」
ごめんね、言っても胡乃葉には伝わらないことなんだ――俺は内心そう思いながら、分かってくれる人の元へ再度向かうことにした。ゆっくりとした足取りで。




