welcome to underground⑩
さて、Twilight in the Roomへ入るには一体どうしたらよいだろうか。Twilight in the Roomに入るためにはまず暗室へ行く必要があるが、その暗室への出入り口は現在塞がれてしまっていた。
部屋に戻った俺は、すやすやと眠っている胡乃葉の横でノートパソコンを開いたが、暗室へと入ることができる唯一の入り口であるファイルが破損してしまっていたのだ。それは勿論ベラトリックスがやったことだろう。交渉が決裂した相手は謂わば敵だ、そんな敵に向かって本拠地のドアを開けておく人間などいるはずがない。だが破損したファイルの形骸だけは残ってはいた。勿論、幾らクリックしようが何も応答はしない。
正直お手上げだ――記憶を取り戻す前までの俺であれば。
今の俺には特異性がある。物理を無視できるという特異性が。応用にはなるが、できるはずだ。俺は大きく息を吸い、それを大きく吐いて呼吸を整えた。意識が先鋭化する感覚を覚えはじめ、現実が徐々に消えていく感覚に襲われはじめる。それは数秒の出来事。
今だ――そう感じた瞬間、破損したファイルをクリックし俺は暗室へと入り込んだ。
――運の良いことに暗室には誰の存在もなかった。
もしここにあるとすればそれはベラトリックスの存在なわけだが……いや、そうとも言えないか? それ以外にももしかしたら暗室やTwilight in the Roomには〝何か〟がいるかもしれない。なんとなくではあるが、そんな感覚を俺はふと覚えた。前来た時とは少し違うような……ベラトリックスとはまた違うタイプの気配や殺気みたいなものを隠微に感じたのだ。
俺は暗室から壁を通ってすぐさまTwilight in the Roomへと出た。
久しぶりのTwilight in the Roomの廊下はやけに冷たく感じられた。前ここに来た時には感じられなかった、肌が微弱にピリピリする感覚や、静寂すぎていつもより遙かに大きく煩わしく聞こえる心臓の音、気分を段々と蝕んでいくような壁や電球の色に、俺は気持ちの主導権を確実に奪われていた。前来た時はこれらが感じられないほど緊張していたのだろう。だけどそっちの方がいいかもな……一度気にしはじめると気持ちのざわめきが止まらない。
俺はそんなTwilight in the Roomを、左右に真っ直ぐ続いている道のうち、自分から見て右手側の道を歩き始めた。
目標地点である記憶の詰まった小瓶が沢山置いてあったあの部屋は、恐らくこっち側を進んだところにあったような憶えがある。俺は、ベラトリックスやそれ以外の存在に鉢合わせる可能性の高い一本道を強く警戒しながらゆっくり進み、道なりに五分ほど進んで行ったところで、突然胃がムカムカとしはじめてきた。吐き気の腹模様を感じながら、更に少し歩くペースを落として先へと進んだ。
一本道ではあるものの、道中には沢山同じような扉が並ぶ景色が存在している為、一体どの扉が目的の扉なのか一目見ただけでは分からなかった。前来た時に歩いた時間の感覚を頼りにここまで進んできたものの、今自分が何分ほど歩いたのかを忘れてしまったため、それも全く無意味になってしまった。しかも吐き気の腹模様はより加速し、歩く速度は更に鈍化していく。
ドスドスドスドスドス。
――なんだ?
ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドス。
――何かが近づいている?
ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスッッッ!
――それも全速力で!?
今まで俺が通ってきた背後の道をなぞるように何者かの存在が全速力で急速に俺に接近しようとしているようだった。




