表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/77

welcome to underground⑥

 翌日、俺はマスターとの会話を今一度反芻してみると、結局はミルキー・ベインと彼が開くパーティーについての情報が何一つ得られなかったことに気がついた。


 そこで強力な情報が得られれば良かったのだが、まあどちらにせよ、俺には前々からなんとなくではあるが見当がついている場所があった。そこは、アミリーに俺の特異性を初めて披露した時に訪れた、列車内(アイリッシュ)のその下に存在している書斎のことだった。


 あの書斎には、何故だかは分からないが、俺とアズサ、そしてベラトリックスに関する物品が数多く存在していた。記憶を全て取り戻した後の、Garden(ガーデン)のビルの中の書斎にて、遺書とペンダント、そしてブエノスアイレス行きのチケットを見つけた時に俺は思った――この書斎、列車内(アイリッシュ)で見たことがあるぞ? と。


 列車内(アイリッシュ)の地下に存在する書斎は、俺とアズサだけの世界であるはずの、Garden(ガーデン)にある書斎と一致し、しかもあの書斎には俺やアズサやベラトリックス自身に関する品々が散見された。

 これは俺が勝手に抱く仮定に過ぎないが、そもそも俺が取り戻した記憶というのも元はというとベラトリックスの根城であるTwilight in the Roomで見つけたものだ。自分自身ではちゃんと取り戻したつもりでも、何かしら弄られている可能性もある。


 少なくとも、ベラトリックスはアズサの事を知っている。というか関わったことがある。その事実だけで、俺はどうにかなりそうだった。


 マスターにしたように、人間の意識とか、心にまで影響を及ぼせる能力を持った人間ならば、記憶を抜き出したりすることも可能かもしれない。まあそれが、列車内(アイリッシュ)で目醒めた全ての人間に起こる記憶の忘却(レビウス)と同一のものであるかまでは分からないが。


 俺はアミリーと書斎に辿り着いた時のように、列車内(アイリッシュ)の廊下に手を当てた。すると、やはり前と同じように床の奥に空間があることを示す生温かい感触を手に入れることができた。


 俺は迷わず床の奥の空間へと身体を透過させた。


「埃っぽいな……」


 俺は辿り着くやいなや咳き込んだ。だけど、少し時間が経って身体が馴染んでくると、それは気分の問題なのかもしれないが、前にアミリーと来た時と比べると部屋が綺麗に整頓されているような感じがした。列車内(アイリッシュ)とは隔絶されたこの空間、自分以外に訪れることができるのはただ一人、ベラトリックスしかいない。


 ということは、ここは本当にベラトリックスの書斎ってことになるのだろう……。Garden(ガーデン)にある書斎の本棚に詰められている本と同じ本がこの書斎には沢山ある。それはつまり、俺やアズサがお互いに好き好んだ本がここにもあるということだ。そして、俺やアズサが――俺は一度死んだのかは分からないが――生前、アメリカで生きていた頃の品々も何故かここには存在している。そんなこの部屋で、ベラトリックスは何かをしていた。それを考えるだけで俺は妙な居心地の悪さを感じた。


 けれどそんなことに構っている時間はなかった。いつまたここにベラトリックスが訪れるかは分からない。心象的にも、事情としても、この書斎に長居することは危険だ。


 俺は書斎の状況を今一度確認した。俺とアズサが好き好んだ本が詰めらた本棚に、アズサがお世話になっていたアイリック・カンザスエイト精神医療センターの事細かな情報が載った冊子、そして、アズサの顔写真……顔写真? 顔写真なんて前来た時には無かったぞ。


 俺は心臓が突き上げられるような感覚に陥った。何故こんな所に? もしかしてベラトリックスが眺めて嗜んでいたのか? ただの想像なのに、そういうことを少しでも思うと、今にもアイツを殺したい衝動に突き動かされそうになった。


 どうしてだろうな、記憶を全て取り戻してからというもの、昔の自分が抱いていたような暴力衝動がまた湧き上がってきているような気がする。できる限り抑えなければ。


 俺は一度冷静になって考えてみた。ベラトリックスはどうやってこの書斎に辿り着くのだろう? と。書斎には扉一つ見当たらなく、自分のような特異性を持った人間でなければ入れないような気がするのだが。もしかして隠し扉でもあるというのか。


 俺は手当たり次第壁面に触れてみた。隠し扉なんてものは、そんなに簡単に見つかるわけもない。俺は壁画全てを手探りで探ってみたが、隠し扉の解錠ができそうなスイッチなどは見つけることができなかった。


 ――まずいな……。結構ここに長居をし過ぎている気がする。具体的にどのくらい経過したかは分からないけど、もう手立てなんてない。考える事なら一度部屋に帰ってからの方が……。


 思案なら部屋ですればいいと思いながらも、思案は止まらなかった。


 俺はその後も五分ほど手立てを考えた。だが何一つ手立ては思い浮かばなかった。俺は一度部屋へ帰ることにした。


「…………ん? なんだ?」


 俺の背後で、何か人気のようなものが微かにではあるが感じられた。それはまるで微弱な波動のように俺の肉体に届いた。


 帰るな、こっちにこい! そう言われているみたいだった。


 人気のようなものが感じられたのは本棚の奥からだった。そっちの方向は勿論一度は必ず探ったところだが、その時にはなにも感じられなかった。もう一度その本棚に手で触れてみると、すると感じたのだ。奥に空間があることを示す生温かい感触を。


これだ――


 俺は手応えを掴み、考えるよりも先に身体が動いていた。


 本棚の奥の空間に向かって意識を送ると、本棚は液状化し始め、俺はその溶け始めている物理的障害を、まるでまどろみの中を掻き分けるように進み始めた。液状化し奥へ奥へと俺を誘うかのようなまどろみの感覚は、何回体験しようとも慣れない。そして俺は、辿り着いたのだ。


「うおっ! ビックリした。そっちの方向からここにくる人間なんて一人しか見たことないぞ。……まあいい、ようこそ、ミルキー・ベインの開く秘密のパーティーへ」


 俺は突然スタッフと見られる小綺麗な装いをした男にそう言葉をかけられ、茫然とした。


 一瞬何がなんだか分からなかった。だけど俺は周りを見渡すと、次の瞬間には自分が、ミルキー・ベインの開く秘密のパーティーに辿り着いたことを理解した。俺は呼吸を整え、改めてここに来た目的を思い返した。――ベラトリックスを見つけ出し、ペンダントを返しアズサとの関係を問いただす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ