悲しみの湖畔②
自分自身の人生を振り返ったとき、まず真っ先に頭に思い浮かぶのは地獄のような日々についてだ。
二千八年八月二十日、この時の自分は十五歳で、この時の自分にとって一番魅力的であり魅惑的であったのは異性の身体でもセックスでも薬物でもなく、ただただ純粋な死への誘惑であった。希死念慮を抱えながら生き死にたい気持ちでいっぱいになる事は沢山あった。
だが勘違いしてほしくないのは、それはネガティブなものではくポジティブなものである、ということである。自殺がポジティブなものになることはないし、別に実際に本気で自殺をしようと思った事は全くなかった。それぞれの事情があり、それぞれに意味がある自殺において、その当時の自分の率直な気持ちとしては、自殺するのなんてダサい、と思っていたくらいだ。
自ら命をロストする行為自体には一切関心が向くことはなかったが、当時の自分は、死への誘惑に何度も魅惑的な魅力を感じていた。地球に存在している時の自分が、生まれ、そして育ったアメリカの貧困地区、オクトーヴァーでの過酷な生活というのがその当時の自分の希死念慮の根源となったことは言うまでもない。
当時の自分は、とても怒りに、疲弊に、快楽に、満ち溢れていた。貧困地区であるオクトーヴァーでの生活で一番過酷だった事といえば、少なくとも自分にとっては直接的な貧困そのものではなく、治安と心の抑圧だった。触れるもの全てを傷つけようかというような当時の自分の性格というのも問題だったが、自分が生まれ育った環境というのはどんな人間も凶暴な性格に変えてしまうような場所だったから、ただ自分も例外ではなかったというだけの話である。
結局のところ、人間は環境が九割であると自分は思う。どんなに心優しい気質を持った人間がいようとも、生まれ落ちた環境次第では逆にその生まれ持った気質が足枷となってしまう。悪貨は良貨を駆逐するように、過酷な環境で生き残れる人間というのは、結局のところそれ相応の人間ということである。
少なくとも当時の自分は、そんな人間もどきのような奴らと同じ生物であると思われてしまうくらならば死んだ方がマシだと本気で思っていた。同類にされるくらいならば死んだ方がマシだ、と。過酷な生活環境は苛烈な家庭環境を生む。苛烈な家庭環境で育った人間は、もうどうすればいいというのだ?
生まれてからずっと、そんな過酷な世界観以外知らない人間の絶望というのは、どう表現することもできない。そんな生活が年齢と同じだけ続き、自我の芽生えと心の抑圧によって当時の自分は人間として壊れそうになっていた。銃口を腹部に当ててみると生きている実感を得る事ができたが、引き金を引く勇気は存在しなかった。十五歳になってから、そんな行為を長らく重ねた。そんな時だった。自分は一人の女の子にふとしたきっかけがあって出会った。
その子の名前はアズサ――自分が世界一愛した女性である。
貧困地区オクトーヴァーに住んでいる日本人は自分しかいないと思っていたが、アズサと出会ったことによってその認識は違うということを初めて知った。自分が地球に存在していた時、唯一の同じ人種の友達というのがその時初めてできた。それまでの自分は、言葉が伝われば人種なんて関係ないだろうと思っていた節があったが、人種の違いによる潜在的な疎外感というのは大きかった。
自分とアズサは出会ってすぐに意気投合した。人種が同じという事もあったが――後から振り返るとそれが一番の理由と言っても過言ではないのが〝――身体の相性が良い〟ということだった。
身体の相性というのはセックスにおいて凄く事が上手く運ぶということではなく、いや、それも確かに自分達はあったけど、純粋に一緒にいると居心地が良いだとか、パーソナルスペースに踏み込まれても緊張を抱かないだとか、そういう無意識的に抱いていた精神的なバリアというのが解けるような相性の良さというのが自分達にはあった。
我々は共に時間を過ごした。それはどんな時も、互いが互いの居場所になることで、そこを自分自身の居場所とすることができたのだ。自分とアズサは色々な話をしたが、出会ってまだ日が浅い時にする話というのは自分の家庭環境が如何に終わっているかという事についての話が殆どであり、お互いに溜まっていた不平不満を吐き出し終えると、そこでやっと本当の意味でお互い相手をフラットに見ることができた。
そのようにして腹を割って話しをした後には、なんと言ったらいいのか難しいところだけど――自分はアズサであり、アズサは自分であるというような温かく心が安らぐような同一性を感じた。
アズサは後に自分が世界で一番愛した女性になるが、アズサとの関係の最初はやはりただの普通の友人同士でしかなかった。当時のアズサが自分の事をどう想っていたかは分からないが、少なくとも自分はそのように思っていた。性別の違い、香りの違い、性格の違い、体格の違い、考え方の違い、お互いの間に存在する様々な違いというのは、差別したり見下したりする要素ではなく逆にお互いを肯定する根拠そのものなんだと初めて分かった。人との違いというものに安心感のようなものを覚えたのはアズサが最初で最後だった。
ただ、環境が似ている者同士と言っても、家庭環境に限った話で言えばアズサの方が遙かに良かった。むしろ家庭環境だけに限った話であれば上から数えた方が早いほど優れている家庭環境だった。まあそれも、ある一時までであるが。オクトーヴァーという貧困が巣食う環境に、アズサの家庭は壊された。
今、こうして記憶をちゃんと取り戻した状態でまるで他人の人生を観るかのように自分自身の人生を振り返っていると、当時の自分の異常さというのが浮き立って見える。
何度でも言おう、当時の自分は、とても怒りに、疲弊に、快楽に、満ち溢れていた。その快楽の矛先を当時の自分は自己完結させる事が出来なかった。
その矛先が誰に向いた、そう、それは勿論アズサである。昔の自分の性格はハッキリ言って異常さを感じるほどに気性が荒かった。生まれたことを後悔していたし、家族という存在を嫌っていた。人生にポジティブを見出すことが本当に難しくて自分の心は抑圧を受けながら、ネガティブな感情にも犯されていた。そうして自分は何度も何度もアズサを犯すに至ったのだ。彼女とのセックスを思い出すと、当時の自分は疲弊を快楽で洗い流すだけの矮小な人間だったのかもしれない。いつしかアズサと共にカタルシスを果たすことが日常となっていた。
自分達は時間が許す限り、まるで二人で一人の人間であるかのように、共に互いを肌身離さず過ごしていたと思う。




