表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/77

Garden④

 …………一分ほど、息を整えていると、頭の中にベラトリックスがこの〝暗室の向こう側の世界〟にいる自分のことを、追いかけてくる妄想が浮かんできたのがいたたまれなくなって、その場からどこか、少しでも遠い場所まで行こうと立ち去った。


 そうして初めて、命からがら逃げ出して辿り着いたこの、暗室の向こう側の世界を自分は認識した。


 自分は改めて、自分がやってのけたことに驚いた。そのアイディアに、言葉通り〝全て〟を賭けていたものの、実際に目の前の現実が自分の思っていた通りに動いたことに、驚きを隠せないでいた。自分自身の特異性……それを実際に確かめるよい機会だった。いや、発現させるよい機会だった。


 これで、自分自身の特異性がようやくどんなものかちゃんと分かった。


 自分の特異性は〝壁を通り抜けることができる〟というものだった。


 それは基本的な能力に過ぎず、その能力を応用できる場面というのは考えうるだけでも無数にある。その中のひとつとして、応用のような形で使ったのが〝映像の中に入る〟という行為だ。そういうことができることを考えると、結構能力の汎用性は高いかもしれない。つまり自分は、初めて特異性を使ったのが基本能力ではなく応用だったってことだ。


 ――それにしても、本当に本当に壁を通り抜けられるとはあまり思っていなかった……。じゃあ、本当にできるとも思ってもいなかった事に言葉通り全てを賭けるなって話だが……。まぁ上手くいったんだ、今こうして自分は生きてるんだ。少なくとも俺の勝ちだ。


 自分は、ここに最初に辿り着いた場所から、ベラトリックスの追跡を逃れるべく随分遠くまで歩いてきた。ここがどんな場所だか見当がつかない。緑色の照明が少し薄暗いというのもあるが、自分が今いる場所は暗室とはまた違った異質さが存在していた。だが色々と反芻しながら次第に目が慣れていくうちに、ここがどんな場所なのかというのが分かってきた。


 ここは廊下だった。まるでどこかのオフィスの廊下のような感じだ。それが無限に続いている異様な空間に自分は入り込んでしまったようだ。緑色の気味の悪くなるような照明で廊下は照らされている。

 多少薄暗い、長い廊下は、突き当たりのところで九十度方向転換をしていて、その先というのは見えやしない。今来た道と、これから進む道の両方の突き当たりまでの距離も結構ある。なのにもかかわらず、薄暗いからそう見えてるだけかもしれないが、この長い廊下の間にはドア一つ存在しないように見えた。


 と、そのときだった。


 薄暗い廊下を照らしている緑色の照明がパッと、恐らく最大まで明るく点いた。それと同時に、自分はこの廊下の中に、自分以外の人間の気配というのを感じた。いや、もしかしたら人間とも限らない。それは自分がもう既にこの廊下との共同体感覚を得ているからか、それともただの勘なのかは不明だが、自分には確かにこの廊下に自分以外の生命反応を感じた。


 いや実際にこの廊下との共同体感覚を持っているからだろう、自分以外の生命反応を感じた途端に、不都合な寒気みたいなものを感じた。その不都合な寒気が自分に突き出す真実は、恐らくこの廊下の中では、自分はやはり部外者であるということだ。そしてこの廊下の主は誰なのかと言うと、それは恐らくベラトリックスだろう。そりゃそうだ、暗室の隣りの空間がこの廊下なのだ。廊下との共同体感覚の中に感じた突然の生命反応は、恐らくベラトリックスのものだろう。


 自分は内心慌てながら、こんなところには居てはいけないと思った。どこか隠れ場所があればそれでいいし、それ以上に一番いいのはベラトリックスに対して優位性が取れる何か――理想を言うならば、ベラトリックスが自分の記憶の断片を持っていたその理由みたいなものが紐解ければそれが一番だ。


 だがそんなことよりも、今はどこか、恐らくベラトリックスであろう人間に見つからない隠れ場所を見つけなければ。自分はその場で左右どちらの突き当たりの先を行くか考えた。つまり、戻るか更に先へ進むかということだ。左右両方に視線を何度も何度も動かしているうちに、自分はふと、目の前の壁の上側に何か文字が刻印されていることに気がついた。壁の高い場所に刻印されている文字を凝視する。壁にはこう刻印されてあった。


 ――〝Twilight in the Room〟と。 


 ――Twilight in the Room、それがこの場所の名前なのか?


 自分はふと湧き出た疑問に対してもう少し思考を巡らせていたかったが、あいにくそういうわけにはいかなかった。それが事実かどうかは分からないが、廊下内の生命反応がこちらに近づいてくる感覚がある。自分はもう一度だけ左右両方に視線を巡らせたあと、右側の突き当たりの先に行くことにした。つまり、更に先へ進むということだった。


 自分は突き当たりの先に向かう際も、最大まで光量を上げた緑色の照明によって多少視認性が悪い中、他に壁に刻まれた刻印がないか注意深く確認した。


 突き当たりを曲がり先へ進んですぐのところで、もう一つ壁に刻印された文字を確認した。その刻印の文字には〝エリア1〟と刻印されてあった。エリア1ということはエリア2、またはエリア0があるということだろうが、少なくともこの意味不明に緑色の証明に照らされている場所はエリア1らしい。


 自分は刻印の文字を確認したあとも先へと進み続けた。まずはドアの一つでも見つけたいところだが、ドアの一つもこれまで見つけられていない。迷路の中にでもいるのではないかと思うほどに、この長い長い廊下のどこにもドア一つないのだ。それでも自分は先へ進むことを続けた。


 時間という概念がこのTwilight in the Roomにあるのかは分からないが、体感としては少なくとも三十分は過ぎたのではないのだろうか。まだ、ドアの一つすら見つけられていない。自分は気が狂いそうになりながら、次第にネガティブなことを考えはじめた。もしドアを見つけても鍵が掛けられていたら入れないよな……とか、もう自分はもう一つの生命反応の存在によって監視カメラか何かで監視されていて、自ら殺人の現場へと歩みを進める自分を見てほくそ笑んでいるのではないか……とか、色々なネガティブなことが頭の中に浮かんだ。


 それがネガティブな事だと分かって自発的に自虐的に、ネガティブになっているときはまだいい。けれども人間は次第に、その自発的に突っ込んでいった自虐的なネガティブを、妄想であるのにもかかわらず現実のことだと思うようになってくる。今の自分はそういう状態なのかな。


 何度目かの廊下の角を自分は曲がると、これまでの緑色の照明と違う色の照明の空間に入った。


 次は赤色の照明だった。無意識的に自分は壁の刻印を探し求めると、実際に壁の高いところに刻印された文字を確認できた。壁には〝エリア2〟と記されてあった。


 エリア1からエリア2、何が変わったのか、まず第一に見てとれることは照明の色だが、それが何を表現しているのか、単純に考えれば、危険度が上がったことを教えているように思えた。そんな事を考えながら先へ進むと、瞬間的に自分のそれまでの思考はパッと消え失せた。


「やっと、やっとだ……」


 無意識的に言葉が溢れてしまうほどに自分は目の前の現実に喜んだ。


 エリア1からエリア2になった途端に、廊下にドアが存在しはじめ出した。それもいくつも、それまでのドアの無さが嘘かと思うくらい、選び放題だと思ってしまうくらいに廊下の壁の両側にいくつも存在していた。自分はいくつもあるドアの内、近くのものから順に全てのドアノブを捻った。そのとき、自分のネガティブな想像力の誤用は現実となった。ドアには全て、鍵が掛けられていた。失意を一瞬覚えたが、自分は自分自身の〝存在〟を、〝自分自身〟を、今一度思い出した。


 自分は身体から一切の無駄な力を抜いた。それをできると信じる。


 現実的な自分には無理でも、本当の自分自身を思い出しはじめた自分にはできると強く信じた。ある一つのドアノブに左手で触れ、目を瞑り、意識をドアの向こう側へと浸透させた。すると次の瞬間、現実の自分は硬く閉ざされていた扉の向こう側へと移動していた。


 ドアを通り抜けていた。やはり――と、自分は特異性を改めて体感できて嬉しかった。本当に、この力があれば、自分だけの力で記憶を全て取り戻すことができるかもしれない。


 ドアの向こう側は、思ったよりも暗かった。というか真っ暗だった。扉の下側からも上側からも廊下の明かりというのは入ってこず、完璧な密閉空間と言えた。真っ暗な空間に次第に目が慣れていくと、そこはテーブルの上に小瓶が沢山乱雑に置かれてある奇妙な部屋だった。


 小瓶がテーブルの上に乱雑に置かれていて、その全ての小瓶には何か入っているのだが、それがなんだか分からなかった。暗いからではない。視野は狭窄を起こしているが、ある程度の物は見えるし目の前の小瓶に何か砂でも入っていたら流石に分かるくらいには目は慣れた。だけど自分の目には何にも映らなかった。何かが入っていることは感覚として分かるのだが、自分の目で見えている通りに言うならばそれは〝無〟だし〝虚空〟だ。


 自分の目には無や虚空が詰まっているようにか見えず、それ以上どう捉えていいのか分からない。だが、実際にこの小瓶の中に何かが詰まっていようといなかろうと、自分はその小瓶にただならぬ引力を感じた。


 小さなブラックホールが詰まっていると言われても納得しそうなくらいの引力を感じる。


 それは全ての小瓶に対してではない。たった数個、いや、多分こんな沢山小瓶がある中でも一つだけ、たった一つの小瓶に、自分はただならぬ引力を感じていた。自分は小瓶を割らぬよう慎重に丁重に扱いながら、その小瓶の山からたった一つのただならぬ引力を感じる小瓶を探した。


 山のようになっている小瓶達の中でもその中腹辺り、まるで隠す意図があってそうなっているみたいに、沢山小瓶をかき分けないと出てこないような場所にお目当ての小瓶はあった。盛られていた小瓶の山はもう山の形を保っておらず、崩されている。自分はそれを全く気づかれないように、完璧と呼べるくらいにまで形を戻した。


 ただならぬ引力を感じる小瓶も、他の小瓶と同様に中は空っぽに見えた。しかし、それが空ではないことは感覚で理解できることも他の小瓶と同じだった。


 この小瓶は、ベラトリックスに対して優位性が持てる何か、なのだろうか。


「これがあれば、記憶の断片を何故ベラトリックスが持っていたのかを紐解けるかもしれない」


自分は手中に収めるたった一つの小瓶を見つめながら呟いた。


 ただの直感的な呟きだったが、確かに自分の胸にはそう呟いてしまうほどのがちっとした確固たる感覚が存在していた。


 自分はTwilight in the Roomから現実へと抜け出そうとしたが、何故だかこの場所からは現実へと戻ることができなかった。自分は、今まで来た道を戻り暗室まで辿り着くと、とりあえずベラトリックスが待ち構えているという最悪の事態を避けられたことに安堵した。暗室にまで来れば、自分の意識はこの世界から離れ列車内(アイリッシュ)へと戻ることができる。


 現実に戻ってまずやることは二つだ。この小瓶の中身を考察し必要であればなんらかのアクションを起こすこと。そして、この小瓶の中身がもし万が一自分の記憶の断片に関連性のあるものであるならば、いや……この小瓶の中に記憶の断片が入っているならば、少なくともベラトリックスは現世での自分を知っているということになる。まぁ、もしそうなったとしても何故自分の記憶の断片を持っているのか、という疑問までは解決できないけどな。


 自分は心の片隅で、この小瓶の中身は自分の記憶の断片なのではないかと思った。


 その思いは、小瓶を見つめれば見つめるほど強まっていき、ただならぬ引力も増々感じはじめている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ