暴力的なチェリーボーイ⑥
自分は現実に無事に戻ってくることが出来たことにまず安堵を覚えた。
皮肉なことに、これほどまでにここに戻ってきたいと思ったことは初めてだ。
自分は部屋の壁に掛けられている丸い小さな時計を確認した。時刻は午前三時を少しだけ過ぎたくらい。驚くことに、映像の中に潜り込んでいた時間は三十分にも満たなかった。映像が小分けに断片的にファイル分けされていたこともあったし、検察官と容疑者のエリナーとの不毛とも言える会話がカットされていたこともあって、自分は目の前の取り調べを実際に見つめながら一時間ほどは取り調べが続くんじゃないかと予想していたのだ。でも、実際にはそうではなかったし、自分は三十分ほどでこの現実に帰ってきていた。
ひとつ分かった事がある。いや、今回何故か映像の中に入り込んでしまった事自体が事件であり事故であるし、取り調べで初めて聞いた言葉にも心底驚いた、が、ひとつまた別に分かったことがある。それは〝映像の中の世界〟でも、実時間とまったく同じように時間が進んでいる、という事だった。
色々と頭の中には推論や想像が浮かんでくるが、まぁ……そんなことは後で考えよう……ああ疲れたなぁ……。
どっとした疲労感がベッドに自分を押し倒す。そのまま疲労感を抱いて、疲労感と睡眠という名の性行為をしてしまってもいいのだが、自分はそんな重い身体を無理矢理起こしてシャワールームへと向かった。
シャワールームは九号車にある。自分は、替えの服など自分にはないという事に気づき、替えの服を九号車の上にある売店で買ってからシャワーを浴びた。
シャワールームは、部屋の隅に売店へと続く階段がある他は全てシャワーを浴びる事が出来る個室となっていた。そこに男女の隔てなど存在しない。男女兼用のシャワールームとなっていた。だからか、申し訳程度に個室の上も下も空いていない完全な個室となっていた。時間帯も時間帯だからか、今は誰もシャワーを浴びていなかったから、自分は適当な個室に入った。
ボタンを押してお湯を出すと、自分はそれを頭から浴びた。実を言うとこれがこの列車内に来てから初めてのシャワーだった。だから、背中を伝って下半身を降りていくお湯の、まるでセックス前の恋人と抱き合って指で背中から下半身にかけて撫でられるような感覚というのがとても懐かしかった。備え付けのシャンプーの匂いはどちらかと言うと甘めというよりも爽やか系の匂いで、胡乃葉が使っているシャンプーの匂いとは違った。自分は身体を全て洗い終わると、頭から全身を伝い降りていくお湯をありありと感じた。
自分は何故、こんな場所でシャワーなんて浴びているのだろうか。
何故、自分は今こんな場所に存在し意識を保ち自分という存在がここで生きているのか――いいやこれは別に哲学的な問いじゃない。自我がどうとか認知とはなんだとか、観測されていない現実は未確定だとか、そういうんじゃなくて、ただただ純粋なやつ。恐らく、新しい情報を知っていく度に、今みたいな虚しさに近い感覚を覚えていくことだろう。虚しくなりたくて、淋しくなりたくて、こうなっているわけじゃない、ちゃんと生きてるからこそこうなるのだ。
生きるとは、そういうものなのだろう。それ自体に良いも悪いもない。でもどちらかと言えばポジティブに、良い方向に捉えるのであれば答えはただひとつ。現実を生きるのみだ。
自分は、お湯に絆された頭をタオルで拭いて身体も拭いたあと、頭にタオルを捲いて髪の毛が乾くのを待ちながらそこに佇んだ。床のタイルの色が血色の悪いお尻みたいなピンク色だなぁ、とか思いながらそこに佇んだ。
服を着たらすぐさま部屋に戻った。部屋に戻ったら、服も身体の匂いも全てが新しくなった自分を感じながら、自分も静寂の一部となるべくすぐさまベッドで眠りに落ちた。




