暴力的なチェリーボーイ④
あんな物言いをし、それが憶測の範囲を飛び出ることがないのにもかかわらず、断定的に言った自分なのにもかかわらず、それから一週間ほどの自分は深夜、胡乃葉が眠りに落ちた後の部屋を独占して映像を観ることをし、そして静寂と胡乃葉のシャンプーの甘い匂いが自分を包むくらいに映像を観続けたあと、裸足になり床のひんやりとした冷たさを感じながら、マスターのいるBARに行き温かい緑茶を煎れてもらう――そんな生活が続いていた。
前日にあんな物言いをしてしまった自分とマスターとの関係に、あまり変化らしい変化は感じられなかった。少なくとも、自分としては。互いにBARというこの列車内での隠れ家的居場所を壊したくなかったのだろう。記憶の忘却によって意識が遠のくことのない〝普通の会話〟しか我々の間には交わされなかった。昨日の互いの物言いについて言い合うには少しだけ空間の緊張感が解けてしまったようにも思えるから。
言い合いをするには不向きな深夜帯という時間にこの一週間、自分はBARに出向くことを続けた。
ここが列車の中であることを思い出させる微震によって、マスターの背後に存在する食器棚の中の食器やらグラスやらがコツンコツンと触れ合いぶつかり合う音が心地良かった。
そんな一週間の生活というのは、もし時間を元に巻き戻すことのできる能力を持っている人間がこの世界に居たとしても、本当に時間を巻き戻したのか分からなくなってしまうほどにルーティン化されていた。いいや、それ以外の生活の仕方が分からないというのもあるが。
――自分の目の前には、いつものようにノートパソコンの煌々としたディスプレイが見えている。静寂と胡乃葉の甘いシャンプーの匂いをありありと感じるその感覚が、いつもの時間帯のいつもの映像確認作業であることをありありと知らせる。
ノートパソコンに入っているファイル〝1〟からファイル〝10〟までの小分けにされた映像はもう全てこの一週間で擦り切れるほど観尽くした。ファイルを開く前から自分は決めていた。今日でこの生活は一旦終わりにしよう、と。そして自分は一瞬、隣で眠っている胡乃葉の無垢な寝顔を見つめたあと、ファイルを開いた。
その時、自分は今までとは全く違う、砂嵐の中に意識が飲み込まれるような感覚を強く覚えた。一瞬ぐらっと意識が揺らいだ。
その感覚は次第に強くなっていって、段々と朧気になっていく意識の中で自分の身体が痙攣していることに気づいた。
身体が熱いっ、頭が熱いっ――。
自分はこのとき何故か、自分が砂漠にいて、そして目の前には壮大な砂嵐が自分に向かって迫っているイメージをふと感じ取った。
そんな想像が頭の中に広がってすぐに、自分の意識は現実を手放し混濁へと落ちた。
……急に頭の中が静かになった。壮大な砂嵐が自分に向かって迫っているイメージも後味を残すことなく去っていった。真っ暗な空間の中に放り出され、何も視界では捉えられないながらも、静寂の中に人間の鼓動を感じた。さっきまで自分のベットに座っていたはずなのに今の自分は……立っていた。待てよ? そう思い自分はやっと、下を向き頭を俯かせている体勢の自分を起こした。頭を上げた。
辿り着いたそこは、自分が映像で観ていた雪よりも白い取調室その場所だった。




