26タイミングが良すぎる遭遇
「公衆電話の前まで来たけど、よく考えたら私、お金持ってなかった」
『それは残念なことだ』
「どこかに電話したいのなら、俺のスマホを貸そうか?」
「大河!どうしてここに」
いざ、公衆電話の前まで到着した愛理だが、電話をかけるために必要な硬貨を持っていないことに気付いた。その場に立ち尽くしていた愛理に声をかけたのは、そこにいるはずのない人物だった。驚いた愛理に、大河がもう一度同じ質問を愛理に問いかける。大河の気配を察知したのか、白亜はいつの間にか姿を消していた。
「どこかに電話したいのなら、俺のスマホを貸そうか?」
「いや、人のスマホを借りるのはちょっと。それにしても、どうして大河がここに居るの?大河のお母さんは家から大河を出しそうにないけど」
「スキをついて抜け出してきた。どうにも愛理のことが気になって。それを言うなら、愛理も同じだ。どうして、こんなところで誰かに電話しようとしていた?」
スマホを使わないと断り、大河にここに居る理由を質問した愛理。しかし、大河に質問したはずなのに、なぜか逆に愛理が問い詰められてしまった。母親にイラついての衝動的な行動だったが、それを大河に説明する必要はない。
「別にあんたには関係ない。それより、私に構わず、さっさと家に帰った方がいいよ」
「学校の事件のこと、詳しく知りたくはないか?」
「知りたいけど……」
「決まりだ。俺の家に来いよ。そうすれば、お前も俺も安全だろう?お前の親もきっと心配しているぞ。俺の家に来れば、事件の詳しいことを教えてやるし、親に心配かけることもない」
「でも」
「何をしているんだい。子供がこんな時間に外をうろついてはダメでしょう。学校はどうしたんですか?」
「百乃木さん!」
愛理と大河の会話に割って入る人物が現れた。まさに、愛理が現在会いたかった人物だった。
「百乃木、さん!」
「おや、朱鷺さんではありませんか。今日は仕事の依頼はしていないはずですが」
「えっと」
「だれだよお前、愛理の知り合いなのか」
どうして百乃木がこんなところにいるのだろうか。驚いている愛理の様子を見ながら、百乃木は、不信感露わに百乃木を見つめる大河に、自己紹介を始めた。
「私は百乃木と申します。朱鷺さんとはいろいろありまして、少しばかり面識があるのですよ」
「お前みたいなやつが、愛理と接点があるはずがない。でも、愛理の様子だと本当に知り合いみたいだな」
百乃木の言葉に、今度は警戒心むき出しに、大河が百乃木に食って掛かる。それを百乃木は軽くかわしていく。
「知り合いですよ。別に怪しい関係ではありません。朱鷺さん、ちょうど会って話しがしたいと思っていたところです。ここで出会えたのは運がいい。弟のまことがあなたのことを心配していましてね。どこかでゆっくり話したいと思うのですが、この後時間はありまますか?」
「断る。愛理と話すなんて俺が許さない」
百乃木の提案をなぜか大河が断り始めた。愛理と百乃木のことなのに、大河がなぜ、口出しをするのだろうか。大河の発言が不愉快に感じ、愛理は思わずいら立ちを込めて大河を呼んだ。
「大河!」
大河は、百乃木のことを自分や愛理の敵だと認識しているのか、口出しすることをやめなかった。
「だって、このタイミングで出会うなんて不自然だろ」
「確かにそうだけど、偶然だから」
タイミングよく愛理の前に現れたのは、大河も同じであるが、それは黙っていた。タイミングが良すぎるのは気になったが、今この場に百乃木が現れて、愛理はラッキーだと思った。公衆電話に使う硬貨を持っていなかった愛理が、連絡を取りたかった人物に会えたのだ。百乃木から話を聞く機会を大河に邪魔されたくはない。
「それに、不自然でも何でも、私は元々、この人に話が合って電話しようと思っていたの。邪魔しないで。私の心配より自分の心配をしたら?それか、妹の美夏のことを心配したら?大河って美夏のことが好きなんでしょ。だったら、私の心配なんてしなくて、私の家に居る美夏に会いに行きなさいよ。その方があんたにとって好都合でしょ」
つい、愛理は余計なことまで口走ってしまった。妹の美夏のことは、今は関係ないのに。愛理が妹の美夏のことを口にした途端、大河は表情をゆがめ、何かを口にしようとした。
「俺は」
「そこまで、朱鷺さんも私と話したいと言っているのですから、問題はありません。大丈夫、変なことはしないと約束します。彼女には、私の仕事の手伝いをしてもらっているだけですから。心配なら、二人ではなく、会社のものと複数人で話すことも約束しますよ」
大河の言葉が最後まで言葉になることはなかった。百乃木が強引に話に割り込んできたのだ。そこで、百乃木に対する敵意が消失したのか、急に態度を翻した。
「お、俺は忠告したからな。そうだな、俺の言うことを聞こうとしないお前より、素直な妹の様子を見る方がいいわ!」
大河は投げやりな態度で、公園から出て行ってしまった。あたりに静寂が戻り、しばらく誰も口を出さなかった。
「これでいいの。この程度で私の元を去っていくような奴、こちらから願い下げだわ。私より美夏のことを心配するのは当たり前のこと。親も大河もみんなも……」
大河が去っていく方向を見ながら、愛理は一人つぶやいた。自分で言っていて、思いのほか傷ついたが、気にしないことにした。今は百乃木から話を聞くことを優先しなければならない。
「では、彼もいなくなったことですし、移動しましょうか」
百乃木は、愛理の独り言を聞かなかったふりをしてくれた。二人は車で話ができる場所まで移動することにした。百乃木は車で移動中に愛理を見つけて声をかけたらしい。車の運転は、百乃木の運転手が行っていた。車で移動中、目的地に着くまでに、愛理は疑問に思ったことを解決することにした。
「百乃木さんは、どうしてタイミングよくあの場所にいたのですか」
「やはり不自然でしたか。いや、弟から電話がありましてね。もし、朱鷺さんから連絡が来たら、事件のことを詳しく話してやれと。それで、直接朱鷺さんの家に行こうかと思っていました。ずいぶん弟に気に入られているみたいですね」
「電話があったのはいつですか」
「今朝です、どうも、あなたの学校で事件があることを予期していたみたいです。弟は時間を読むことに長けていますから、塾の生徒の時間を知ってしまったのでしょう」
「ということは、今朝の学校での被害者の児童というのは」
「まあ、おそらく朱鷺さんの推測通りですね。とはいえ、弟に助けるすべはありません。いや、助ける方法は一つ。それはあなたもわかっていますよね」
時間売買をすることです。
百乃木の言葉は狭い車の中に響き渡る。車はトンネルを通っていたが、声は良く通り、愛理の耳にもしっかり届いていた。
「時間売買を無償ですることは禁じられていますし、行うためには、専門家を呼ぶ必要もある。弟は塾の生徒の最期を知りながら、放っておくしかなかった。時読み師の悲しい性です」
田辺を擁護するような発言に、愛理は思わず感情的に叫んでしまった。
「でも、学校に行かないように勧めることだってできたはず!何か、事件を事前に食い止める方法はあったはずです!」
『それはないな』
愛理の叫びを白亜が一蹴した。白亜の姿は見えないが、愛理の頭の中に声が聞こえてくる。白亜の声には抑揚がなく、思わず愛理は口をつぐんだ。
「彼を救うことはできなくても、朱鷺さんを事件に巻き込まないようにすることはできる。そこで、弟は事件のことを話すことにした」
「私に事件のことを話すことで何かメリットでも」
「私にはありませんが、弟はあります。あなたが話を聞いて時間売買を止まるかもしれないことです。弟は時間売買を嫌っています。少しでも犠牲者を減らそうとしていますから」
「そう、ですか。ああ!」
百乃木と会話をしながら、愛理は田辺からもらった紙切れの存在を思い出す。いきなり大声を出した愛理に百乃木は驚いていた。
「あ、あの、田辺先生から、こんな紙をもらったんでした」
ごそごそと自分のポケットをあさる愛理だったが、手元にその紙切れがないことを思い出す。紙切れは大事に自分の部屋の引き出しにしまってあった。
「弟からもらったという紙切れに書かれていたのはこれですか?」
百乃木は、愛理の行動の意図を掴んだかのように、自らのポケットから、一枚の紙きれを取り出した。そこには、愛理が田辺からもらったのと同じ数字と言葉が書かれていた。
「ただで事件のことを教えるのは微妙だということで、私に連絡してくれるように暗号を作ったそうですよ。なんて稚拙なものかと思いましたが、朱鷺さんはすぐにわかったようですね」
「百乃木さんも持っていたんですね……」
百乃木に連絡することは間違いではなかったということだ。しかし、田辺が自ら百乃木に愛理と会うように連絡を取り合っていたのなら、紙切れは意味がなかったのではないか。
「まあまあ、気にしないことですよ」
「はあ」
二人が会話している間に、車は目的地に到着したようだ。車がどこかの駐車場に停止したようだ。運転手が二人に声をかける。
「着きましたよ」
百乃木は、運転手に礼を言うと、愛理に車から降りるよう促した。目的地とは、百乃木の会社だったようだ。
「ここが私の会社です。では行きましょう」
愛理と百乃木は会社に入ることにした。




