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処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません  作者: すなな


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4/24

4- 処刑まであと6日

「旦那様がお戻りになりました」


朝食を終えたばかりのセレナに、侍女が告げた。

父は領地へ出ていたはずだ。戻るのは三日後と聞いていた。


「もう?」

「昨夜のことをお知りになったようで、予定を早められたそうです」


父の耳にも、もう昨夜のことが入ったらしい。

婚約破棄だけならともかく、娘が殺害未遂を疑われているのだ。予定を切り上げて戻ってきたのも無理はなかった。

セレナが執務室へ向かうと、父は机の前に立っていた。旅装すら解いていない。


「座りなさい」


いつもと変わらない声だった。

セレナが腰を下ろすと、父も向かいに座った。


「婚約を破棄されたそうだな」

「はい」

「リリア・エヴァンス嬢に毒を盛ったと?」

「私はしておりません」


父はセレナの顔を見た。

それから、一度だけ頷いた。


「分かった」


セレナは思わず父を見返した。


「それだけですか?」

「何がだ」

「理由を聞かなくてもよろしいのですか」

「お前がやっていないと言っただろう」


あまりにも当然のように言われて、セレナは何も返せなかった。

前の人生でも、父はこうだったのだろうか。

思い出そうとしても、よく覚えていなかった。

あの七日間、セレナはアルベルトに信じてもらうことばかり考えていた。父が自分を疑ったことがあったのかさえ、今となっては思い出せない。


「……ありがとうございます」

「何がだ」

「信じてくださって」


父は怪訝そうな顔をした。


「当たり前だろう」


それだけ言うと、机の上の書類に目を落とした。


「審問は七日後だ。それまでは、お前の身柄は公爵家で預かることになった」

「分かりました」

「屋敷から出るなとは言わん。ただ、今は余計な騒ぎを起こすな」

「はい」


父が何か言おうとしたところで、扉が叩かれた。

入ってきた執事が一礼する。


「旦那様、お客様がお見えです」

「誰だ」

「ヴァレン商会の会長、レオン・ヴァレン様です」


その名前を聞いて、セレナは顔を上げた。


ヴァレン商会。

隣国の穀物を扱う大商会で、この国が輸入する小麦の多くを取引している。

そしてレオン・ヴァレンは、何年も書簡を交わしてきた相手だった。

こちらが価格を下げようとすれば、別の条件を持ち出してくる。少し譲歩を求めれば、その分を別のところできっちり取り返そうとする。

顔を見たことはない。けれど、名前だけならよく知っている。


「私に?」

「お嬢様にお会いしたいとのことです」


父の表情がわずかに変わった。


「分かった。応接室へ通してくれ」


執事が退室する。

セレナも立ち上がろうとしたが、父に止められた。


「お前はここにいなさい」

「私に会いにいらしたのでしょう?」

「先に私が話す」


いつもより少し低い声だった。


「……分かりました」


父はそれ以上説明せず、執務室を出ていった。





応接室では、レオンが窓際に立っていた。

公爵が入ると、レオンは振り返って一礼した。


「突然押しかけて申し訳ありません」

「先触れくらい寄越してくださればよかったものを」

「寄越したら断られそうでしたので」


悪びれた様子はない。

公爵は向かいの椅子に腰を下ろした。


「今回は、いつまでこちらに?」

「一週間ほどです」

「随分と長いですね」

「王宮との交渉もありますから」


使用人が茶を置き、部屋から下がっていく。

扉が閉まるのを待って、公爵はレオンを見た。


「それで、今日は商会会長としてですか。それとも」

「今日は商会の方です」


レオンも腰を下ろした。


「セレナ嬢が今年の交渉から外れたと聞きました」

「耳が早いですね」

「何年もやり取りしてきた相手から返事が来なくなれば、こちらも気になります」


公爵はすぐには答えなかった。


「その件なら、事情が変わりましてね」

「事情?」

「娘と王太子殿下の婚約が破棄されました」


レオンの表情から笑みが消えた。


「婚約を?」

「昨日のことです。娘はリリア・エヴァンス嬢への殺害未遂を疑われています」


レオンは眉を寄せた。


「それは知りませんでした」

「今はこの屋敷で謹慎中です」

「それなら、交渉から外れたのも無理はない」

「娘自身が決めたことです」


レオンは少し考えてから、公爵を見る。


「セレナ嬢に会えますか」

「そのために来たのでしょう」


公爵はベルを鳴らした。





セレナが応接室へ入ると、窓際にいた男が立ち上がった。

思っていたより若い。商会の会長と聞いていたから、父と同じくらいの年齢を勝手に想像していた。けれど、目の前の男は二十代半ばほどに見える。

艶のある黒色の髪に、青みがかった灰色の瞳。背が高く、立ち上がると余計にそれが目についた。

何年も書簡でやり合ってきた相手が、こんなに整った顔をしていたとは思わなかった。

もっと気難しそうな男を想像していたのだ。


「セレナ。こちらがヴァレン商会会長のレオン・ヴァレン殿だ」

「初めまして」


セレナは一礼した。


「セレナ・アルヴェールです」

「レオン・ヴァレンです」


声は思っていたより低かった。

セレナは顔を上げ、改めて彼を見る。


「あなたが、あの書簡を書いていらしたのですね」

「ええ。ようやくお会いできました」

「お会いすることになるとは思っていませんでしたわ」


これは本心だった。

少なくとも前の人生では、一度も会っていない。

婚約を破棄されたあとも、セレナはヴァレン商会とのやり取りを続けていた。けれど最後まで、レオン本人が王都へやって来ることはなかった。

今回は違う。

自分が返事を書かなかったからだろうか。

それだけで、わざわざ会長本人が来るものなのか。


「私は一度、お会いしてみたいと思っていましたよ」


レオンの声で、セレナは考えるのをやめた。


「なぜです?」

「毎年、ずいぶん厳しい条件を出されますから。どんな方なのかと」

「それはヴァレン様も同じでしょう」

「私は商人ですから」

「私も必要なものを、必要な価格で買おうとしただけですわ」


レオンが笑った。


「やはり、あなたで間違いないようですね」


セレナは眉を寄せた。

会ってまだいくらも経っていないのに、どうも調子を乱される。

書簡なら、相手の文章を何度でも読み返せた。返事を書く前に考える時間もある。

顔を合わせて話すのは、思っていたよりやりにくい。

セレナは父の隣へ腰を下ろした。


「それで、今日は?」

「今年の交渉から外れたと聞きまして」


やはり、その話だった。


「事情はお父様から?」

「伺いました」

「でしたら、その通りです。今年からは王宮と直接お話しください」


これで終わり。そのつもりだった。

ところがレオンはすぐには返事をせず、セレナを見ている。


「戻る予定は?」

「ありません」

「これまでのあなたなら、そう簡単には手放さなかった気がしますが」


セレナは眉を寄せた。


「私をご存じないでしょう」

「そうでしょうか」


思いがけない返事だった。


「お会いするのは今日が初めてですわ」

「ええ。ですが、何年もあなたの書簡を読んできました。少しくらいは知っているつもりですよ」


初対面の男に自分を知っていると言われるのは、妙な気分だった。

けれど、互いの顔を知らないだけで、付き合いそのものは短くない。何年も、何通もの書簡を交わしてきた。レオンの名前を見ただけで、今度は何を言ってくるつもりなのかと身構えたことさえある。

もしかすると、向こうにとっても同じなのだろうか。


「こちらが値を上げれば、すぐに理由を聞いてくる。条件を変えれば、必ず別案が返ってきた」

「仕事ですもの」

「ええ。だから少し意外でした」

「何がです?」

「その仕事を、こんなに簡単に手放したことが」


簡単に。

その言葉が少しだけ引っかかった。

簡単だったわけではない。前の人生では、手放せなかった。婚約を破棄されても、屋敷に閉じ込められても、まだ自分にできることがあるのならと書類を読み続けた。

処刑されると決まってからも。今朝だって、商会から届いた書状を前にペンを取った。手を止めるだけのことが、あんなにも難しかった。けれど、それをレオンに話す理由はない。


「王太子妃になる予定がなくなりましたから」

「それだけですか?」

「十分ではありませんか?」


レオンは何か言いたそうに見えた。

セレナはその視線を受け止める。

やがて彼の方が先に引いた。


「そうですね」


あっさりした返事だった。なぜか少しだけ拍子抜けする。もっと食い下がってくると思っていた。

書簡では、こちらが断った程度で諦める男ではなかったからだ。


「では、今年は王宮と直接交渉します」

「お願いいたします」


本当に、自分を通さずに交渉が始まる。それを望んだのは自分なのに、長年握っていたものを急に手から離したような心許なさがあった。

セレナは膝の上で指を組んだ。それでも、口を出すつもりはなかった。

これで話は終わった。

そう思って立ち上がろうとしたときだった。


「そういえば、今年は東部の雨が多いそうですね」


セレナは反射的に頷きかけて、やめた。

東部の雨が多いなら、収穫量は少し落ちるかもしれない。

それなら南部から回せばいい。

ただ、それだと輸送に時間がかかる。

今からなら十分間に合う。けれど王宮が商会との交渉を始め、それから各地の収穫量を調べて判断するとなれば、少し遅い。

先に輸送枠だけでも押さえておけば。

そこまで考えて、セレナははっとした。

何を考えているのだろう。もう自分の仕事ではない。

顔を上げる。

レオンと目が合った。

彼は何も言わない。ただ、少しだけ楽しそうだった。


「……今、私に考えさせましたね」

「私は雨の話をしただけですが」

「でしたら、私に話す必要はなかったでしょう」

「世間話ですよ」


絶対に違う。

書簡でもそうだった。

こちらが不用意に一つ答えれば、そこから必要な情報を拾っていく。

顔を合わせても同じらしい。


「何も申し上げませんから」

「まだ何も聞いていませんよ」

「これから聞くおつもりでしょう」


レオンの口元が緩んだ。やっぱり、この男は苦手だ。

書簡のままの方がよかったかもしれない。


「失礼いたします」


セレナは立ち上がった。


「セレナ嬢」


また何か聞かれるのかと思いながら振り返る。


「何でしょう」

「今年は王宮と話します。あなたの希望通りに」

「ええ」

「助言もなし?」

「いたしません」

「一言も?」

「一言も」


今度は、はっきりと笑った。


「分かりました」


何がそんなにおかしいのか。セレナには分からなかった。

ただ、部屋を出る直前まで、レオンの視線が自分に向けられているのを感じていた。







扉が閉じる。

レオンはしばらく、セレナが出ていった扉を見ていた。


「楽しそうですね」


公爵の声に振り返る。


「そう見えましたか?」

「見えました」


レオンは否定せず、冷めかけた茶に口をつけた。

書簡では、もっと怖い女だと思っていた。

こちらが何を書いても、返ってくるのは数字と条件ばかり。少しでも曖昧なことを書けば、次の手紙ではそこを突かれた。

実際に会ってみれば、思っていたより分かりやすい。

雨の話をした途端、黙り込んだ。

それなのに、こちらの意図に気づくと何も教えようとしない。

レオンは思い出して笑った。


「面白い方ですね」


公爵の眉が動いた。


「私の娘ですが」

「存じています」

「あまり面白がらないでいただきたい」

「失礼しました」


そう答えたものの、公爵の目はまだ疑わしそうだった。

レオンはカップを置いた。


「そういえば、客室は空いていますか」

「空いていますが」

「では、一週間ほどお借りしても?」


公爵が怪訝な顔をした。


「宿を取っているのでしょう」

「ええ」

「なら、そこへ泊まればいい」


もっともな話だった。王都には一週間滞在する予定で、宿もすでに用意してある。

今朝までは、そこに泊まるつもりだった。


「明日から王宮との交渉を始めます」

「それで?」

「今年はセレナ嬢が間に入らない。これまでと同じようにはいかないでしょう」

「それは王宮の問題です」

「公爵家にも無関係ではないのでは?」


公爵の表情がわずかに変わった。


「何かお考えのようですね」

「商人は勘がよすぎて困る」

「褒め言葉として受け取っておきます」


公爵はしばらく黙っていた。


「一週間だけです」

「ありがとうございます」

「ただ、娘は今、面倒な立場にあります。あまり振り回さないでいただきたい」

「そのつもりはありませんよ」


返事が早い。

公爵はレオンをじっと見た。


「何です?」

「いえ」


公爵はため息をついた。


「ずいぶん楽しそうだと思いまして」


レオンは否定しなかった。


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