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処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません  作者: すなな


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【後日談】1‐ レオンとの結婚式


挿絵(By みてみん)




あの日から、五年が経った。


朝から、公爵邸は騒がしかった。

廊下を侍女たちが行き交い、何度も扉が開いては閉じる。


「お嬢様、もう少しお顔をこちらへ」

「先ほども同じことを言われましたわ」

「あと少しです」

「その『あと少し』を、もう三回聞きました」


鏡越しに言うと、侍女たちが笑った。

セレナは小さく息を吐く。


鏡の中には、いつもとは違う自分がいた。

ドレスは真っ白ではない。

わずかに青みを帯びた白銀。

身体の線を拾いすぎない細身の形で、裾へ向かうほど柔らかく広がっている。

豪華な刺繍も宝石も、必要以上には使わなかった。

胸元から裾にかけて刺されているのは、小さな麦の穂。

セレナが最初にその衣装を見たとき、

『なぜ麦ですの?』

と尋ねた。


デザイナーは困ったように笑った。

『殿下のご希望でございます』


レオンに聞くと、

『いいだろ。セレナっぽくて』

それだけだった。


もう少し花や宝石らしいものはなかったのかと思ったが。

今では気に入っている。


銀髪はいつも通り、後れ毛一つ残さずきっちりと結い上げられていた。

そこへ白い花と、ヴァルディアの皇室から贈られた青みがかった灰色の宝石が飾られている。


「……本当に、この髪型でよろしかったのですか?」


侍女が最後の確認をする。


「ええ」

「もう少し柔らかく崩すのも流行しておりますけれど」

「これでいいのです」


セレナは鏡の中の自分を見る。

これが、自分だ。

今日だからといって、別の誰かになる必要はない。


「お綺麗です」

「ありがとう」


そう答えたところで、扉が叩かれた。


「入るぞ」


父だった。


「お父様」


公爵が入ってくる。

そして。

止まった。


「……」

「何ですの?」


返事がない。


「お父様?」

「いや」

「何ですの、その反応は」

「似合っている」

「それだけ?」

「ほかに何を言えと?」


いつもの父だった。

セレナは少し笑った。

公爵は正装に身を包んでいる。


反逆者として死刑を言い渡されかけた男だとは、誰も思わないだろう。


事件後、公爵家の名誉は正式に回復された。

王家との債務保証については再交渉となり、王国の財政もようやく立て直しに入っている。

父は以前と同じように忙しく働いていた。

ただ。

以前より少しだけ、娘の仕事を取り上げるようになった。

『それは私がやる』

『お父様では遅いですわ』

『なら待て』

何度言い争ったか分からない。

最近では、セレナもようやく諦めて任せることを覚え始めている。


「そろそろだ」


父が腕を差し出した。

セレナはその腕へ手を添える。


「お父様」

「何だ」

「ありがとうございます」


父がこちらを見る。


「急にどうした」

「今日くらいはよろしいでしょう」

「明日は言わないのか」

「考えておきますわ」


公爵の口元が少し緩んだ。







婚礼は、エルグラン王国の大聖堂で行われた。

ヴァルディア帝国の皇太子と、アルヴェール公爵令嬢の婚姻。

本来なら国家間の一大行事だ。


実際、大聖堂には両国から多くの人間が集まっていた。


王族。

貴族。

外交官。

商会関係者。


この五年で何度も顔を合わせた者たちもいる。

それなのに。

大きな扉が開いた瞬間。


セレナには、そのほとんどが見えなくなった。


奥に立つ男だけが目に入った。


レオン。

黒髪をいつもよりきちんと整え、ヴァルディア皇太子としての正装を身につけている。

普段とは別人のようだった。


けれど。

目が合った瞬間。


その目だけは、いつものレオンだった。


笑うと思った。

いつものように。

けれど、レオンは少し目を見開いたまま動かなかった。


セレナは父と歩きながら、わずかに眉を寄せる。

何なのだろう。

ようやくレオンの前まで来る。

父の腕から手を離す。

レオンが手を差し出した。

セレナはそこへ自分の手を重ねる。


「……何ですの?」


小さく聞く。


「何が?」

「さっきから黙って」

「見てた」

「それは分かっております」


レオンの口元がようやく緩む。


「綺麗だなと思って」

「……今さらですの?」

「今日だから言ってる」


指が絡む。


「レオン」

「ん?」

「緊張していらっしゃらないの?」

「してるように見える?」

「まったく」


また笑う。

いつも通りだ。

そのことに、なぜか少しだけ胸がざわついた。


誓いの言葉が始まる。

神官の声が大聖堂へ響く。

ともに生きること。

互いを尊重すること。

そして、どちらか一方の意思によってではなく、二人の意思によって夫婦となること。

その言葉を聞いたとき。

セレナは少しだけ顔を上げた。


五年前まで。

婚姻とは、決められるものだった。


王太子の婚約者として生まれ。

王太子妃になるために育ち。

やがて王妃になる。

それが自分の人生なのだと思っていた。


今日。

誰かから命じられてここにいるわけではない。


「セレナ・アルヴェール」


神官に名を呼ばれる。


「レオンハルト・ヴァルディアを夫とし、生涯をともにすることを誓いますか」


隣を見る。

レオンは何も言わない。

促しもしない。

ただ、待っている。

最後まで。

セレナはその手を握った。


「誓いますわ」


レオンが笑った。

今度は。

いつもの余裕のある笑みではなかった。



参列者の中に、リリアはいなかった。


招待状は送ってある。


けれど返事には、丁寧な祝いの言葉とともに、

『どうかお二人で、幸せな一日をお過ごしください』

とだけ書かれていた。


セレナは無理に誘わなかった。


リリアは今、王都の端で暮らしている。

男爵家を離れたあと、しばらく親類のもとに身を寄せていたらしい。


その後。

一人の男性と結婚した。


貴族ではない。

王宮とも関係のない、ごく普通の人だ。

二人で小さなカフェを営んでいる。

セレナも一度だけ訪れたことがあった。

もちろん最初は偶然だった。

街を歩いている途中、見覚えのある顔を店の奥に見つけたのだ。


「あ……」


リリアもセレナに気づいた。

二人とも、しばらく何も言えなかった。

やがて。


「……いらっしゃいませ」


リリアがそう言った。

それだけだった。

セレナは席につき、紅茶と焼き菓子を頼んだ。

リリアの夫らしい男が厨房から顔を出し、

「今日の焼き菓子、ちょっと焦げたんだけど大丈夫?」

と聞いた。

「お客様の前で言わないで!」

リリアが慌てている。


普通だった。

あまりにも。

王太子も。

貴族令嬢も。

婚約も。

何もない生活。


帰り際。

リリアが小さく頭を下げた。


「……ご結婚なさると聞きました」

「ええ」

「おめでとうございます」


セレナは少し黙ってから。


「ありがとう」


と答えた。

それ以来、会ってはいない。


今日。

式に来ないという選択も、リリア自身が決めたことなのだろう。

それでいいと、セレナは思っていた。


一方。


アルベルトについて、セレナが知っていることは少ない。

国王殺害と証拠捏造。

そのほかにも、審問を通じて明らかになった数々の行為。


王太子の地位は正式に剥奪された。

その後は、王宮から離れた場所で厳重に拘束されている。


そう聞かされている。

それ以上。

セレナは尋ねなかった。







婚礼の数日前。


公爵の書斎で。

レオンは一通の報告書を机へ置いた。

公爵はそれを読み終えると、しばらく動かなかった。


「……いつでしょう」

「三日前」


公爵が目を閉じる。


アルベルトは。


自ら死を選んだ。


拘束されてからも、最後までセレナの名を口にしていたという。

自分は間違っていない。

セレナはいつか理解する。

そう話していた。

最後まで。


公爵は報告書を閉じる。


「セレナには」

「言わない」


レオンが先に答えた。


公爵が顔を上げる。


「……そうか」

「知る必要ないだろ」

「いずれ耳に入る可能性はあります」

「そのときはそのときだ」


レオンは窓の外を見る。


「少なくとも、結婚式の前に聞かせる話じゃない」


公爵も異論はなかった。


セレナなら。

聞けば考える。


なぜ。

どうして。

自分が何か違う選択をしていれば。

そんなことまで考えるかもしれない。


「レオン殿下」

「何?」

「一つだけ」


公爵はレオンを見る。


「娘に気づかれないよう、頼みます」


レオンが少し笑った。


「そこは任せて」

「その笑い方が一番信用できませんな」

「ひどいな」





晩餐が始まる。


乾杯が何度も繰り返され。

各国の使節から祝辞を受け。

ダンスを求められ。

気づけば何時間も経っていた。


「セレナ」

「何ですの?」

「帰りたい」

「まだ主役ですわ」

「知ってる」

「でしたら笑ってくださいませ」

「笑ってる」

「目が死んでおります」

「セレナは元気だな」

「こういう場には慣れておりますもの」

「さすが」

「何ですの」

「頼もしい妻でよかった」


妻。


まただ。

今日だけで何度聞いただろう。

そのたびに、少しだけ落ち着かなくなる。


「その呼び方」

「ん?」

「わざとでしょう」

「何が?」

「……もう結構ですわ」


レオンが笑う。

いつもの顔。

余裕があって。

どこまで本気なのか分からない。

セレナはグラスへ口をつけた。



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