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処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません  作者: すなな


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29/30

29- 処刑まであと1日

「一つ、よろしいですか」


それまで黙っていた公爵が口を開いた。


「殿下は、陛下が亡くなったことを、いつお知りになったのです?」

「……何?」

「召喚状を作らせたのは、陛下が亡くなったあとだったとおっしゃいましたね」

「そうだよ」

「では、その時点ですでに陛下の死をご存じだった」

「報告を受けたからね」

「誰から?」


アルベルトが黙った。

公爵は待った。


「……誰だったかな」

「陛下のご遺体を最初に発見したのは、娘です」


最高司法官が記録を確認する。


「その通りです。セレナ嬢の入室後、侍女の通報によって衛兵が駆けつけています」

「その前に、陛下の死を報告した者は?」


最高司法官は周囲の者と短く言葉を交わした。


「記録にはありません」


公爵がアルベルトを見る。


「では、殿下は誰からお聞きになったのでしょう」

「覚えてないな」

「入退室記録があります」


最高司法官が一冊の記録を開いた。

時刻が読み上げられる。

侍医の示した死亡推定時刻と重なっていた。


「殿下が退出されたあと、セレナ嬢が入室するまでの記録がありません」

「記録されなかった人間がいたんじゃない?」

「では、近衛に確認しましょう」


国王の居室前を警護していた近衛が呼ばれた。


「アルベルト殿下が入室されたことに間違いは?」

「ございません」

「殿下が退出されたあと、セレナ嬢が来るまでに、ほかの者を通しましたか?」

「いいえ」

「持ち場を離れたことは?」

「ございません」


アルベルトが近衛を見る。


「ずっと?」

「はい」

「一瞬も?」

「はい」


アルベルトは何も言わなかった。

最高司法官が続ける。


「殿下が入室されていた間、何か聞こえましたか?」


近衛が一度アルベルトを見た。


「申して構いません」

「……陛下と殿下が言い争っておられました」

「内容は?」

「すべては聞き取れませんでした。ただ――」


近衛が記憶を辿る。


「陛下が『この件から外れろ』と」


セレナは息を止めた。


「その後は?」

「しばらくして、何も聞こえなくなりました」

「殿下が出てきたのは?」

「そのあとです」

「陛下のお姿は確認しましたか?」

「いいえ」


最高司法官が侍医を見る。


「陛下の傷について、改めて確認します。ご自身で負われた可能性は?」

「考えにくいでしょう。傷の位置、深さともに他者によるものと見るのが妥当です」


公爵がアルベルトへ向き直った。


「殿下」


返事はない。


「陛下が生きているお姿を最後に確認したのは、殿下が入室される前です」


アルベルトの目が公爵へ向く。


「そして、誰にも発見されていないはずの陛下の死を、殿下はご存じだった」


公爵は静かに尋ねた。


「誰から報告を受けたのです?」


沈黙。


「……」


アルベルトの指が、肘掛けを叩いた。

一度。

もう一度。


「殿下」

「だから?」


公爵の眉がわずかに動いた。

アルベルトは笑っていなかった。


「僕が最後に父上と会った。それで?」

「殿下?」

「僕が死んだことを知っていた。それで、僕が殺したことになるの?」


最高司法官が口を開く。


「少なくとも、説明していただく必要があります」

「説明……」


アルベルトは小さく呟いた。

それから、ふと視線を動かした。

セレナと目が合う。

その瞬間。

さっきまで苛立っていた顔が、少しだけ緩んだ。


「セレナ」

「……何でしょう」

「怖かった?」


あまりにも場違いな問いだった。


「何がですの?」


アルベルトはセレナから目を離さない。


「牢に入れられて、怖くなかった?」


誰も口を挟めなかった。


「もうすぐ終わるからね」

「……」

「大丈夫だよ」


追い詰められているはずなのに。


「セレナ」


その声だけが、妙に優しかった。





「アルベルト殿下には、国王陛下殺害について重大な嫌疑があります」


最高司法官が告げた。

アルベルトは返事をしなかった。


「……じゃあ、セレナは?」

「セレナ嬢への嫌疑については――」

「幽閉は?」


最高司法官が言葉を止める。


「公爵が首謀者であるという前提が崩れた以上、昨日の審判についても見直します」

「駄目だ」


アルベルトの声が大広間に響いた。


「セレナは幽閉されるんだ」


初めて、何人かが顔を見合わせた。


「昨日そう決まっただろ?」

「正式な審判は下されておりません」

「同じだよ」

「同じではありません」

「どうして?」


アルベルトには、本当に分からないようだった。


「セレナはここに残るんだ」

「殿下」

「誰にも邪魔されないところで」


最高司法官が黙った。

昨日、アルベルトは皆の前でセレナとの婚姻を申し出た。

罪人として人生を終えさせる必要はない。

自分が責任を負う。

そう言った。

けれど、今の言葉には慈悲などなかった。


「大丈夫だよ、セレナ」


アルベルトはセレナを見る。


「昨日も言っただろ?」


セレナは答えない。


「お前がいなくなれば、もっと簡単なのに」


今度はレオンを見る。


「お前が来なければよかった」

「オレがいなくても同じだ」

「同じじゃない」

「同じだよ」


レオンはそれ以上言い返さなかった。

セレナを見る。

アルベルトもつられるように、セレナへ視線を戻した。


「アルベルト殿下」


呼ばれて、アルベルトの顔が少し緩む。


「セレナ」

「レオンが現れたからではございません」

「……何の話?」

「リリア様のせいでも、お父様に命じられたからでもありません」


アルベルトが首を傾げる。


「わたくしが決めたのです」

「何を?」

「あなたのもとへ戻らないことを」


少しの沈黙。


「だから?」


セレナの眉が寄った。


「昨日も言っただろう?」


アルベルトは笑った。


「人の気持ちなんて変わるよ」

「変わるかもしれませんわね」

「ほら」

「ですが、今のわたくしの意思を、あなたが決めることはできません」


アルベルトの笑みが薄くなった。


「別に決めてないよ」

「では、幽閉されるべきだと仰らないでくださいませ」

「それは違う」

「何がですの?」

「君はそこにいるんだ」


当然のことのように言う。


「その方がいい」


セレナはもう答えなかった。

アルベルトが衛兵を見る。


「ヴァルディア皇太子を退出させて」


誰も動かない。


「……聞こえなかった?」


沈黙したままだ。

アルベルトが眉を寄せる。


「何してるの?」


最高司法官が立ち上がった。


「アルベルト殿下。審問終了まで、王太子としての権限を一時停止いたします」

「……何?」

「以後、近衛および王宮警備への命令は認められません」


アルベルトが周囲を見る。


「僕は王太子だよ」


誰も答えない。


「退出させて」


動かない。


「命令だよ」


それでも。

誰一人、動かなかった。

アルベルトはしばらく立ち尽くしていた。

やがて、セレナを見る。


「……セレナ」


昔と同じ呼び方だった。

何か問題が起きたとき。

予定を忘れたとき。

政務が滞ったとき。

呼べば、セレナが来た。


「この人たちに説明して」

「何をですの?」

「僕が父上を殺すはずがないって」

「……」

「君ならできるだろ?」


セレナは何も言わない。


「入退室の記録だって、警備のことだって。おかしいところを探せばいい」


アルベルトが一歩近づく。


「いつもやってくれてたじゃないか」


セレナは静かに彼を見た。


「セレナ」

「何もいたしませんわ」


アルベルトが止まる。


「……どうして?」

「わたくしの仕事ではありませんもの」

「でも、僕が困ってる」

「ええ」

「だったら――」

「ご自分でなさってくださいませ」


アルベルトの顔から、表情が消えた。


「……何で?」


セレナは答えない。


「セレナ」


一歩。


「僕が困ってるって言ってるだろ」


さらに一歩。

近衛が動いた。


「殿下、お下がりください」


腕を取られた瞬間、アルベルトが振り払った。


「触るな!」


怒声が響いた。

誰もが息を呑む。

アルベルト自身も、一瞬だけ止まった。

けれど、すぐにセレナへ向かう。


「セレナ、こっちに来て」


伸ばされた手の前に、レオンが立った。


「嫌がってる。」

「お前には関係ない!」

「じゃあ本人に聞けよ」

「レオン」


セレナが呼ぶ。

レオンが振り返った。

セレナは彼の後ろへは行かなかった。

一歩、横へ出る。

自分でアルベルトの前に立つ。


「アルベルト殿下」

「セレナ、こっちに――」

「行きません」


アルベルトが止まった。


「わたくしは、レオンに守られているからあなたのもとへ行かないのではありません」

「……」

「お父様がいるからでもございません」


セレナはまっすぐに彼を見る。


「わたくし自身の意思で、行かないのです」


アルベルトの唇がわずかに動いた。


「……今は、そう思ってるだけだよ」

「そうかもしれません」


セレナは否定しなかった。


「ですが、それを決めるのもわたくしです」

「殿下を拘束せよ」


最高司法官の命令が下った。

近衛がアルベルトを取り囲む。


「待って」


両腕を取られる。


「セレナ」


引かれても、アルベルトはセレナを見ていた。


「大丈夫だから」

「……」

「少し離れてれば、分かるよ」


扉が近づく。


「君は疲れてるんだ」

「……」

「また明日話そう」


扉が開く。


「セレナ」


最後まで、その声に疑いはなかった。


「また明日」


扉が閉まった。

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