23- 処刑まであと2日
大広間の扉が開いた。
一斉に視線が向く。
そこに立っていたのは、旅装のままのレオンだった。
外套には長旅の跡が残り、その後ろにはヴァルディア帝国の紋章を身につけた者たちが控えている。
「ヴァルディア皇太子殿下……」
ざわめきが広がった。
「……レオン」
セレナの声が漏れる。
レオンがこちらを見た。
一瞬だけ表情が緩む。
それから、すぐに審問官へ向き直った。
「その審判、待ってもらおうか」
アルベルトが立ち上がる。
「これは我が国の審問です。ヴァルディア皇太子殿下に口を挟む権利は――」
「分かってる」
レオンは遮った。
「だから、ヴァルディア皇太子として来た」
後ろに控えていた男が、一つの箱を机へ運ぶ。
「我が国で、国家への反逆に関与した者を拘束した」
審問官の表情が変わった。
「その捜査で、エルグラン王国内の事件に関する記録が見つかった」
箱が開かれる。
中には何冊もの帳簿と書類が収められていた。
「灰穂病。小麦価格の操作。リリア男爵令嬢に渡った毒。それから、セレナの部屋に毒を持ち込ませた者」
セレナが息を呑む。
「すべて、同じ人物につながっている」
「その人物とは?」
「ヴァルディアの人間だ」
広間がどよめいた。
「証拠は?」
「ここに」
レオンは箱へ目を向けた。
「押収記録、資金の流れ、関係者の証言。必要なものは持ってきた」
最高司法官が書類を受け取る。
数枚に目を通し、顔を上げた。
「ヴァルディア国内で押収されたものとなれば、この場ですぐ証拠として認めることはできません」
「ああ」
レオンは頷いた。
「今ここで、オレの言葉だけを信じろとは言わない。確認してくれ」
「翻訳も必要になります」
「そのための人間も連れてきた」
後ろに控える者たちへ視線を向ける。
「押収に立ち会った者もいる」
最高司法官が黙った。
「一日でいい」
レオンは言った。
「明日の朝までに、そっちの記録と照合してほしい」
そして、書類の中から一枚を抜き取った。
「公爵家から、毒の仲介人へ金が流れたという記録があるはずだ」
審問官が目を見開く。
「……あります」
「やっぱりな」
レオンはその一枚を差し出した。
「比べてくれ」
二つの書類が並べられる。
最高司法官がすぐに目を通し始めた。
やがて眉を寄せる。
「これは……」
アルベルトが口を開いた。
「ですが、それは父上の殺害とは関係ありません」
レオンが顔を上げる。
「そうだな」
あっさり認めた。
「毒事件にヴァルディアの者が関わっていたとしても、公爵が父上を殺していない証明にはならないでしょう」
「だから、それも調べればいい」
「父上は昨日殺されたのです。これ以上、審問を遅らせる必要があるとは思えません」
「一日だ」
レオンはアルベルトを見る。
「公爵が犯人なら、何も変わらないだろ」
「……」
「それとも、急ぐ理由がある?」
広間が静まった。
アルベルトはしばらくレオンを見ていた。
やがて、いつもの穏やかな表情に戻る。
「ありませんよ」
「なら、問題ないな」
それ以上、レオンは何も言わなかった。
◇
最高司法官と審問官たちが、机上の書類を確認している。
やがて宰相も席を立ち、協議に加わった。
アルベルトは黙って待っていた。
表情からは何も読み取れない。
セレナはレオンを見る。
ふいに目が合った。
レオンが小さく頷く。
それだけで、セレナの肩からわずかに力が抜けた。
やがて最高司法官が立ち上がった。
「静粛に」
広間が静まる。
「ヴァルディア帝国より提出された資料については、確認に時間を要します」
一度、机上の書類へ目を落とす。
「しかし、本審問に提出された証拠と相反する記録が存在する以上、このまま最終審判を確定することはできません」
アルベルトが最高司法官を見る。
「国王陛下殺害という重大事件であるからこそ、慎重を期すべきと判断します」
そして告げた。
「本審問を、明朝まで休廷とします」
広間がざわめいた。
アルベルトは何も言わなかった。
「アルヴェール公爵ならびにセレナ公爵令嬢については、引き続き拘束を継続します。また、審理中につき、両名との私的な接触は認めません」
「分かった」
レオンは短く答えた。
衛兵がセレナのそばへ来る。
セレナは促されるまま歩き出した。
数歩進んでから、一度だけ振り返る。
レオンがいた。
約束通り。
セレナは前を向いた。




