19- 処刑まであと3日
※本話には、ヤンデレ要素および相手の意思を尊重しないハードな描写があります。苦手な方はご注意ください。
『セレナ様は、あなたに嫉妬なんてしていません』
朝から、その言葉が頭に残っていた。
セレナは何もしていなかった。
リリアを殺そうともしていない。
自分を取り戻そうともしていない。
つまり。
セレナは無実なのだ。
調べれば、いずれ分かってしまう。
そうなれば謹慎も解かれる。
処刑される理由もなくなる。
そして。
レオンが戻ってくる。
ヴァルディア帝国の皇太子。
セレナを妻にできる男。
この国から連れ出すことのできる男。
それは駄目だった。
どうにかしなければならない。
◇
「三日後の審問は見送る」
父王の言葉に、アルベルトは顔を上げた。
「なぜです?」
「証拠が足りん」
国王は机の上の書類を閉じた。
「毒の入手経路が分かっていない。公爵からも、調査中につき時間が欲しいと申し入れがあった」
「セレナの部屋から毒が見つかっています」
「だからこそ調べる必要がある」
「リリアも、セレナにされたと証言しています」
「証言と毒が見つかった。それだけで公爵令嬢を処刑するつもりか?」
アルベルトは黙った。
「審問を急ぐ必要はない。調べてからでも遅くはないだろう」
遅い。
セレナは何もしていない。
それをアルベルトは、もう知っている。
調べれば分かってしまう。
セレナは無実になる。
自由になる。
そして、レオンが戻ってくる。
あの男なら、本当に連れていける。
この国から。
自分の手が届かないところまで。
「予定通り審問を行うべきです」
「必要ない」
「あります」
「何をそこまで急いでいる」
答えなかった。
急がなければならない。
セレナが無実になってしまう前に。
レオンが戻ってくる前に。
どこにも行けないようにしなければ。
「アルベルト」
国王の声が低くなる。
「お前はこの件から外れろ」
「なぜです?」
「最近のお前は、セレナ嬢のことになると判断がおかしい」
「おかしくありません」
「婚約を破棄した相手を監視させ、公爵邸にまで押しかけたそうだな」
「必要だったからです」
「何のために」
「セレナのことを知るためです」
国王が黙った。
「どこへ行ったのか。誰と会ったのか。何をしていたのか。それを知りたかっただけです」
「……それをおかしいと言っている」
アルベルトには分からなかった。
知りたいから調べた。
会いたいから会いに行った。
ほかの男といるから、誰なのか確かめた。
それの何がおかしいのだろう。
「しばらく公務からも離れろ」
「父上」
「命令だ」
「ですが、審問が」
「延期する。お前は関わるな」
まただ。
アルベルトは父を見た。
邪魔だな。
そう思った。
腹が立ったわけでもない。
憎いわけでもない。
ただ。
父がいると、セレナの審問を進められない。
なら。
いなくなればいい。
それだけだった。
もともと、レオンがいないうちに刑を確定させるつもりだった。
父が死ねば、自分が国政を動かせる。
国王が殺害されたとなれば、審問を早めても不自然ではない。
そして。
その国王を殺したのがセレナなら。
毒の件が覆っても、無罪にはならない。
公爵家まで反逆罪に問える。
財産を接収すれば、国庫の問題も片づく。
アルベルトは少し考えた。
――なんだ。
全部、うまくいくじゃないか。
◇
「失礼いたします、陛下」
扉を開けた。
返事はなかった。
セレナは一歩、部屋へ入る。
「……陛下?」
静かだった。
机の上には、書類が広げられたままになっている。
椅子が倒れていた。
その向こうに。
人が倒れている。
「陛下?」
足が速くなる。
そして。
息を呑んだ。
国王だった。
胸元にナイフが刺さっている。
「陛下!」
セレナは駆け寄り、膝をついた。
「陛下、しっかりなさってください!」
返事はない。
顔色を見れば、尋常ではないことくらい分かる。
それでも手を伸ばす。
「誰か……」
医師を呼ばなければ。
そのとき、胸元に刺さったナイフが目に入った。
思わず柄に手をかける。
「きゃああああっ!」
悲鳴が響いた。
セレナの手が止まる。
振り返る。
扉の前に、侍女が立っていた。
顔を真っ青にして。
国王の傍らに膝をつき、ナイフに手をかけているセレナを見ている。
「違います!」
侍女が後ずさる。
「誰か! 誰か来て!」
「お待ちになって! わたくしが来たときには、すでに――」
足音が響いた。
早い。
あまりにも。
衛兵たちが次々と部屋へ入ってくる。
「動くな!」
「違います! 陛下が倒れていらしたので――」
腕を取られた。
「お放しなさい!」
「国王陛下殺害の容疑で拘束する!」
「わたくしではありません!」
両腕を押さえられる。
頭が追いつかなかった。
なぜ。
誰が。
自分は陛下に呼ばれて――。
そこで。
セレナの思考が止まった。
国王名義の召喚状。
一人で来るようにとの指示。
返事のない部屋。
そして。
呼んでもいない衛兵が、あまりにも早く現れた。
「……まさか」
開いた扉の向こうに、人影が見えた。
アルベルトだった。
「父上……?」
目を見開く。
駆け寄ってくる。
「何があった!?」
「殿下! セレナ嬢が陛下の御前で――」
「わたくしではありません!」
アルベルトを見る。
目が合った。
「……セレナ」
驚いている。
父を失った息子の顔をしている。
なのに。
妙に熱をもった目だった。
「どうして、こんなことを」
その言葉を聞いた瞬間。
セレナの背筋が冷えた。
◇
すべて、予定通りだった。
アルベルトはセレナが消えた廊下を眺める。
父はいなくなった。
セレナは捕らえられた。
あとは。
「殿下」
側近が声をかける。
「今後のご指示を」
「セレナの審問を明日にする」
「明日、でございますか?」
「国王が殺されたんだよ」
アルベルトは父の部屋へ視線を向けた。
「三日も待つ必要はないだろう?」
レオンが戻る前に。
終わらせる。
◇
夜。
石造りの廊下に、足音が響いた。
セレナは顔を上げる。
足音は牢の前で止まった。
「開けて」
聞き慣れた声。
「殿下、しかし――」
「僕がいる」
鍵が回る。
アルベルトが入ってきた。
「衛兵も下がって」
「ですが」
「二度言わせないで」
衛兵が一礼する。
やがて足音が聞こえなくなった。
アルベルトが笑う。
「やっと二人になれたね」
セレナは立ち上がった。
「……何をしにいらしたのです」
アルベルトが近づいてくる。
手が伸びた。
頬に触れられる寸前。
セレナは顔を背けた。
「触らないでくださいませ」
手が止まる。
アルベルトは何も言わず、その手を下ろした。
「リリアから聞いたよ」
セレナが顔を上げる。
「毒のこと」
「……」
「君は何もしてなかったんだね」
「ええ」
「してもいいのに」
「……何を仰っているのです?」
「殺そうとするくらい、僕を好きになってよ」
セレナは絶句した。
アルベルトは笑う。
「まあ、いいよ。これから好きになればいい」
「……」
「あいつは帰ったよ」
セレナの表情が変わった。
「君を置いて」
「レオンは戻ります」
即答だった。
アルベルトの笑みが止まる。
「どうして?」
「約束しましたもの」
「……約束?」
「必ず戻ると」
アルベルトは黙った。
たった数日の男との約束を。
迷いもせずに信じている。
胸の奥がざわつく。
「戻ってきても会えないよ」
「……」
「君はここにいるんだから」
一歩、近づく。
「もう誰にも邪魔されない」
セレナはアルベルトを見つめた。
「陛下を殺害したのは、あなたですの?」
アルベルトは答えなかった。
「わたくしを呼び出したのも?」
答えない。
ただ、微笑んでいる。
「……そういうことですのね」
「明日、審問だよ」
セレナが顔を上げる。
「明日?」
「うん」
「三日後のはずでは」
「早めたんだ」
何でもないことのように言う。
「朝のうちに終わらせてしまおうね」
「……」
「でも、心配しなくていいよ」
声が柔らかい。
「僕が何とかしてあげるから」
「必要ございません」
「遠慮しなくていいよ」
「遠慮ではありません」
セレナはまっすぐに見返した。
「わたくしは、あなたを愛しておりません」
アルベルトが止まった。
「愛?」
きょとんと首を傾げる。
「そんなのいらないよ」
「……え?」
「ただ、いてくれればいい」
あまりにも簡単に言った。
セレナは眉を寄せる。
「……わたくしの意思は?」
「意思?」
また首を傾げる。
少し考えてから。
「人の気持ちなんて、すぐ変わるだろう?」
アルベルトは笑った。
「獣だって、餌をくれる人間には懐くんだから」
セレナの顔が強張る。
「毎日僕だけを見て、僕と話して、僕から食事をもらって」
楽しそうに続ける。
「そのうち、僕がいないと生きていけなくなるよ」
「……」
「それに、君は情が深いから」
アルベルトはセレナを見つめた。
「ずっと一緒にいれば、きっと僕を放っておけなくなる」
「そのようなことには――」
「ならなくてもいいよ」
遮った。
「今みたいに僕に楯突く君も」
少し笑う。
「いつか僕に縋る君も」
声が甘くなる。
「どっちも魅力的だから」
そして。
「僕だけに全部見せてね」
セレナは何も言わなかった。
「……明日の審問で、わたくしが極刑になれば?」
「明日のことは僕に任せて」
「答えになっておりませんわ」
「そう?」
アルベルトは笑った。
「セレナは何も心配しなくていいよ」
それ以上は言わなかった。
生きているセレナと二人で暮らす。
最初は怒るかもしれない。
口もきいてくれないかもしれない。
それでも毎日一緒にいればいい。
自分しかいない生活に慣れて。
いつか名前を呼んで。
自分を探して。
縋るようになるかもしれない。
きっと可愛い。
けれど。
極刑になっても。
それはそれでよかった。
レオンには渡らない。
誰の妻にもならない。
誰にも触れられない。
誰の隣でも笑わない。
それなら、それでいい。
どちらにしても。
セレナが自分から遠くへ行くことはない。
「おやすみ、セレナ」
アルベルトは牢を出た。
扉が閉まる。
鍵が回った。
「また明日」
まるで明日も。
その次の日も。
ずっと会えることが決まっているような声だった。
足音が遠ざかっていく。
アルベルトは笑っていた。
明日が、楽しみだった。




