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処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません  作者: すなな


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18/34

18- 処刑まであと3日

応接室の扉を開けると、リリアはソファに座っていた。


セレナの姿を見るなり立ち上がり、深く頭を下げる。


「セレナ様」

「……リリア様?」

「突然押しかけてしまって、申し訳ありません」


声が掠れていた。

顔を上げたリリアは、ひどく疲れて見えた。

目元は赤く、ほとんど眠れていないようだ。

首元には、ドレスには少し不似合いな幅広のチョーカーが巻かれていた。

その縁から、わずかに覗く色がある。

セレナの目がそこに止まった。


「……お掛けになって」

「はい」


向かい合って座る。


「それで、わたくしに何のご用でしょう」


リリアは答えなかった。

膝の上で、両手を強く握っている。

やがて。


「私が悪かったんです」


立ち上がった。

そして、もう一度深く頭を下げる。


「毒を飲んだのは、私です」


セレナは動かなかった。


「……今、何と?」

「セレナ様は何もしていません」


震える声だった。


「私が、自分で飲みました」


沈黙が落ちる。


「最初から、お話しくださいませ」



◇



王都の露店で商人と知り合ったこと。

何度も通ううちに、アルベルトのことを話すようになったこと。

セレナがいなければ、自分が選ばれる。

そう思うようになったこと。

そして、商人から渡された毒を自分で飲んだこと。

リリアは一つずつ話した。


「少し気分が悪くなるだけだと言われました」

「そのために、わたくしが毒を盛ったことにしたのですか」

「……はい」

「あなたが考えたことですの?」

「違います。あの人が……セレナ様にされたと言えばいいって」

「その商人が?」

「はい」


セレナはリリアを見た。


「それを受け入れたのは、あなたですわね」


リリアの唇が震えた。


「……はい」

「わたくしがどうなるかは、考えなかったのですか」


返事はない。


「あなたの言葉で、わたくしは殺人未遂の嫌疑をかけられました。婚約を破棄され、処刑を待つ身になっています」

「……申し訳ありません」

「謝れば済むことではありませんわ」

「分かっています」


リリアは顔を上げなかった。

言い訳もしない。

許してほしいとも言わなかった。

セレナは小さく息を吐いた。


「今のお話は、審問でも証言していただきます」

「はい」

「わたくしは、あなたを許すとは申しません」

「……はい」


少し間を置いて。


「当然です」


しばらく、誰も口を開かなかった。

やがてリリアが顔を上げる。


「だから……」

「?」

「アルベルト様のところへ戻ってください」


セレナは瞬いた。


「……はい?」

「セレナ様が戻れば、きっと元に戻ります」

「何のお話ですの?」

「私じゃ駄目だったんです」


リリアの指が、またチョーカーへ触れた。


「アルベルト様が欲しかったのは、私じゃなかった」

「……」

「私がセレナ様を追い出したから、おかしくなったんです。だから、セレナ様が戻れば――」

「違いますわ」


リリアが止まる。


「でも」

「あなたにそのようなことをしたのは、わたくしがいないからではありません。アルベルト殿下が、そうすることを選んだからです」

「……」

「わたくしが戻ったところで、それがなかったことにはなりませんわ」

「でも、アルベルト様はセレナ様を――」

「戻りません」


静かに遮る。


「わたくしはもう、殿下の隣には戻りません」


そこに迷いはなかった。


「リリア様」


セレナは話を戻した。


「毒を渡した商人について、もう少し詳しく教えてくださいませ」

「……はい」


露店のあった場所。

扱っていた品。

男の特徴。

通い始めた時期。

毒を受け取った日。

店がなくなっていた日。

一つずつ聞いていく。


「露店があったのは、南門から続く通りですの?」

「はい」

「男は何を扱っていました?」

「外国の髪飾りや香油を。各地を回っているとも言っていました」


セレナの指が止まった。


「各地を?」

「はい」


昨夜見ていた資料が浮かぶ。

南部。

交易業者。

灰穂病。

小麦。

レオンが持ち帰った、ヴァルディアにつながる記録。

まだ足りない。

これだけでは何も断定できない。

けれど。


「もう一つ、伺います」

「はい」

「わたくしの部屋に毒を置いたのも、あなたですの?」


リリアが目を見開いた。


「……え?」

「事件のあと、わたくしの部屋から同じ毒が見つかっています」

「知りません」


返事はすぐだった。


「私じゃありません」

「商人から、そのような話は?」

「何も」


リリアの顔から血の気が引いていく。


「私は、自分で飲んで……セレナ様にされたと言えばいいって。それだけです」

「誰かに、わたくしの部屋へ入るよう頼んだことは?」

「ありません!」


リリアが首を振る。


「本当に、私じゃありません」


セレナは黙った。

リリアに毒を渡した。

セレナの名を出すよう勧めた。

そのあと。

リリアすら知らない証拠が、セレナの部屋から見つかった。


「……そういうことですのね」

「え?」


セレナは顔を上げた。


「リリア様」

「はい」

「あなたも嵌められたのですわ」

「私が……?」

「あなたのしたことがなくなるわけではありません」


それだけは、はっきりさせる。


「けれど、あなたの嘘を利用した者がいる」


リリアは何も言えなかった。

セレナは窓の外へ目を向けた。




レオン。

あなたも今、同じところへ辿り着いているのかしら。




◇



ほどなくして、王家の使者が公爵邸を訪れた。

国王からの召喚だった。

父は書状を開き、封蝋と署名を確かめる。


「……セレナ本人のみ、ですか」

「陛下は公爵令嬢ご本人から直接お話を伺いたいとのことです」


父の眉が寄る。


「私の同席も認められないと?」

「そのように承っております」


セレナも書状へ目を通した。

王家の封蝋。

国王の署名。

正式なものだ。


「参りますわ」

「セレナ」

「ちょうど、陛下にお話ししたいことができました」


セレナはリリアを見る。


「リリア様」

「はい」

「先ほどのお話を、陛下の前でもしていただけます?」


一瞬、リリアの顔が強張った。

けれど。


「お話しします」

「すべて?」

「はい」


リリアは頷いた。


「全部、お話しします」


父は書状を置いた。


「話が終われば、すぐに戻りなさい」

「分かっておりますわ」

「何かあれば――」

「お父様」


セレナは少し笑った。


「王宮には何度も行っております」

「……そういう問題ではない」

「では、戻ってから叱ってくださいませ」

父はしばらくセレナを見ていたが、やがて息を吐いた。

「……気をつけなさい」

「はい」



◇



王宮へ着くと、すぐに案内役がついた。

セレナとリリアは並んで廊下を歩く。


「陛下がお待ちです。こちらへ」


角を曲がったところで。


「リリア」


二人の足が止まった。

アルベルトが歩いてくる。


「アルベルト殿下……」


リリアの顔が強張った。

反射的にチョーカーへ触れる。

アルベルトの視線は、その手を素通りした。


「ちょうどよかった」


いつもと変わらない笑顔だった。


「君に頼みたいことがあるんだ」

「……私に?」

「うん」


リリアは困ったようにセレナを見る。


「申し訳ありません。今からセレナ様と、陛下のところへ……」


アルベルトが目を瞬いた。


「君も呼ばれているの?」

「いいえ。でも、セレナ様の件について、陛下にお話ししなければならないことがあって」

「そうなんだ」


アルベルトは少し考える。


「でも、父上が呼んだのはセレナだけなんだろう?」

「……ええ」

「だったら、呼ばれていないリリアが一緒に行くのはまずいんじゃないかな」


セレナは黙った。


確かにそうだ。


国王から召喚されたのは自分だけ。

いくら重要な証言があるとしても、許可なくリリアを連れていくのは礼を欠く。


「セレナが先に行って、父上に許可をもらえばいいよ」


アルベルトはさらりと言った。


「リリアからも話を聞いてほしいって。それから呼んでもらえばいい」

「……そうですわね」

「それまで、リリアは僕といてもらおうかな」


リリアの肩がわずかに揺れた。


「頼みたいこともあるんだ」


セレナはリリアを見る。


「リリア様」

「はい」

「陛下に許可をいただいたら、すぐにお呼びします」


リリアは一瞬だけアルベルトを見た。

それから頷く。


「……分かりました」

「先ほどのお話は、そのまま陛下にもしていただきますわよ」

「はい」


今度は迷わなかった。


「必ず、お話しします」

「では、少しだけお待ちになって」


セレナは案内役について歩き出した。


その背中を、アルベルトは見ていた。

銀色の髪が遠ざかる。

一歩。

また一歩。

隣でリリアが何か言った。

アルベルトは答えなかった。

セレナが振り返る。

目が合った。

アルベルトは微笑んだ。

いつも通りの、穏やかな笑顔。

けれど。

セレナはなぜか、すぐに前を向くことができなかった。

2人の視線がしばらく絡み合う


「セレナ様」


案内役に呼ばれる。


「陛下がお待ちです」

「……ええ」


歩き出す。


廊下の角を曲がる直前。


もう一度だけ振り返った。


アルベルトはまだ見ていた。


笑ってはいなかった。

ただ静かに。


セレナがどこへ向かうのかを確かめるように。


目が合うと。


また、笑った。


セレナは小さく眉を寄せ、今度こそ前を向いた。


その姿が完全に見えなくなるまで。

アルベルトはそこを動かなかった。



◇



王宮の奥へ進むにつれ、人の姿が少なくなった。

やがて案内役が足を止める。


「こちらです」


重い扉。


「陛下がお待ちです」

「ありがとう」


セレナは扉を見上げた。

まずはリリアのことを話そう。

本人から直接証言させたいと伝える。

それから、毒を渡した商人。

自分の部屋に毒を置いたのはリリアではなかった。

昨日までばらばらだったものが、ようやくつながり始めている。

レオンもきっと、向こうで何かを見つけている。

あとは証拠を揃えれば。

セレナは扉へ手をかけた。


「失礼いたします、陛下」


扉を開いた。


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