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処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません  作者: すなな


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18/31

18- 処刑まであと3日

応接室の扉を開けると、リリアはソファに座っていた。


セレナの姿を見るなり立ち上がり、深く頭を下げる。


「セレナ様」

「……リリア様?」

「突然押しかけてしまって、申し訳ありません」


声が掠れていた。

顔を上げたリリアは、ひどく疲れて見えた。

目元は赤く、ほとんど眠れていないようだ。

首元には、ドレスには少し不似合いな幅広のチョーカーが巻かれていた。

その縁から、わずかに覗く色がある。

セレナの目がそこに止まった。


「……お掛けになって」

「はい」


向かい合って座る。


「それで、わたくしに何のご用でしょう」


リリアは答えなかった。

膝の上で、両手を強く握っている。

やがて。


「私が悪かったんです」


立ち上がった。

そして、もう一度深く頭を下げる。


「毒を飲んだのは、私です」


セレナは動かなかった。


「……今、何と?」

「セレナ様は何もしていません」


震える声だった。


「私が、自分で飲みました」


沈黙が落ちる。


「最初から、お話しくださいませ」





王都の露店で商人と知り合ったこと。

何度も通ううちに、アルベルトのことを話すようになったこと。

セレナがいなければ、自分が選ばれる。

そう思うようになったこと。

そして、商人から渡された毒を自分で飲んだこと。

リリアは一つずつ話した。


「少し気分が悪くなるだけだと言われました」

「そのために、わたくしが毒を盛ったことにしたのですか」

「……はい」

「あなたが考えたことですの?」

「違います。あの人が……セレナ様にされたと言えばいいって」

「その商人が?」

「はい」


セレナはリリアを見た。


「それを受け入れたのは、あなたですわね」


リリアの唇が震えた。


「……はい」

「わたくしがどうなるかは、考えなかったのですか」


返事はない。


「あなたの言葉で、わたくしは殺人未遂の嫌疑をかけられました。婚約を破棄され、処刑を待つ身になっています」

「……申し訳ありません」

「謝れば済むことではありませんわ」

「分かっています」


リリアは顔を上げなかった。

言い訳もしない。

許してほしいとも言わなかった。

セレナは小さく息を吐いた。


「今のお話は、審問でも証言していただきます」

「はい」

「わたくしは、あなたを許すとは申しません」

「……はい」


少し間を置いて。


「当然です」


しばらく、誰も口を開かなかった。

やがてリリアが顔を上げる。


「だから……」

「?」

「アルベルト様のところへ戻ってください」


セレナは瞬いた。


「……はい?」

「セレナ様が戻れば、きっと元に戻ります」

「何のお話ですの?」

「私じゃ駄目だったんです」


リリアの指が、またチョーカーへ触れた。


「アルベルト様が欲しかったのは、私じゃなかった」

「……」

「私がセレナ様を追い出したから、おかしくなったんです。だから、セレナ様が戻れば――」

「違いますわ」


リリアが止まる。


「でも」

「あなたにそのようなことをしたのは、わたくしがいないからではありません。アルベルト殿下が、そうすることを選んだからです」

「……」

「わたくしが戻ったところで、それがなかったことにはなりませんわ」

「でも、アルベルト様はセレナ様を――」

「戻りません」


静かに遮る。


「わたくしはもう、殿下の隣には戻りません」


そこに迷いはなかった。


「リリア様」


セレナは話を戻した。


「毒を渡した商人について、もう少し詳しく教えてくださいませ」

「……はい」


露店のあった場所。

扱っていた品。

男の特徴。

通い始めた時期。

毒を受け取った日。

店がなくなっていた日。

一つずつ聞いていく。


「露店があったのは、南門から続く通りですの?」

「はい」

「男は何を扱っていました?」

「外国の髪飾りや香油を。各地を回っているとも言っていました」


セレナの指が止まった。


「各地を?」

「はい」


昨夜見ていた資料が浮かぶ。

南部。

交易業者。

灰穂病。

小麦。

レオンが持ち帰った、ヴァルディアにつながる記録。

まだ足りない。

これだけでは何も断定できない。

けれど。


「もう一つ、伺います」

「はい」

「わたくしの部屋に毒を置いたのも、あなたですの?」


リリアが目を見開いた。


「……え?」

「事件のあと、わたくしの部屋から同じ毒が見つかっています」

「知りません」


返事はすぐだった。


「私じゃありません」

「商人から、そのような話は?」

「何も」


リリアの顔から血の気が引いていく。


「私は、自分で飲んで……セレナ様にされたと言えばいいって。それだけです」

「誰かに、わたくしの部屋へ入るよう頼んだことは?」

「ありません!」


リリアが首を振る。


「本当に、私じゃありません」


セレナは黙った。

リリアに毒を渡した。

セレナの名を出すよう勧めた。

そのあと。

リリアすら知らない証拠が、セレナの部屋から見つかった。


「……そういうことですのね」

「え?」


セレナは顔を上げた。


「リリア様」

「はい」

「あなたも嵌められたのですわ」

「私が……?」

「あなたのしたことがなくなるわけではありません」


それだけは、はっきりさせる。


「けれど、あなたの嘘を利用した者がいる」


リリアは何も言えなかった。

セレナは窓の外へ目を向けた。




レオン。

あなたも今、同じところへ辿り着いているのかしら。






ほどなくして、王家の使者が公爵邸を訪れた。

国王からの召喚だった。

父は書状を開き、封蝋と署名を確かめる。


「……セレナ本人のみ、ですか」

「陛下は公爵令嬢ご本人から直接お話を伺いたいとのことです」


父の眉が寄る。


「私の同席も認められないと?」

「そのように承っております」


セレナも書状へ目を通した。

王家の封蝋。

国王の署名。

正式なものだ。


「参りますわ」

「セレナ」

「ちょうど、陛下にお話ししたいことができました」


セレナはリリアを見る。


「リリア様」

「はい」

「先ほどのお話を、陛下の前でもしていただけます?」


一瞬、リリアの顔が強張った。

けれど。


「お話しします」

「すべて?」

「はい」


リリアは頷いた。


「全部、お話しします」


父は書状を置いた。


「話が終われば、すぐに戻りなさい」

「分かっておりますわ」

「何かあれば――」

「お父様」


セレナは少し笑った。


「王宮には何度も行っております」

「……そういう問題ではない」

「では、戻ってから叱ってくださいませ」

父はしばらくセレナを見ていたが、やがて息を吐いた。

「……気をつけなさい」

「はい」





王宮へ着くと、すぐに案内役がついた。

セレナとリリアは並んで廊下を歩く。


「陛下がお待ちです。こちらへ」


角を曲がったところで。


「リリア」


二人の足が止まった。

アルベルトが歩いてくる。


「アルベルト殿下……」


リリアの顔が強張った。

反射的にチョーカーへ触れる。

アルベルトの視線は、その手を素通りした。


「ちょうどよかった」


いつもと変わらない笑顔だった。


「君に頼みたいことがあるんだ」

「……私に?」

「うん」


リリアは困ったようにセレナを見る。


「申し訳ありません。今からセレナ様と、陛下のところへ……」


アルベルトが目を瞬いた。


「君も呼ばれているの?」

「いいえ。でも、セレナ様の件について、陛下にお話ししなければならないことがあって」

「そうなんだ」


アルベルトは少し考える。


「でも、父上が呼んだのはセレナだけなんだろう?」

「……ええ」

「だったら、呼ばれていないリリアが一緒に行くのはまずいんじゃないかな」


セレナは黙った。


確かにそうだ。


国王から召喚されたのは自分だけ。

いくら重要な証言があるとしても、許可なくリリアを連れていくのは礼を欠く。


「セレナが先に行って、父上に許可をもらえばいいよ」


アルベルトはさらりと言った。


「リリアからも話を聞いてほしいって。それから呼んでもらえばいい」

「……そうですわね」

「それまで、リリアは僕といてもらおうかな」


リリアの肩がわずかに揺れた。


「頼みたいこともあるんだ」


セレナはリリアを見る。


「リリア様」

「はい」

「陛下に許可をいただいたら、すぐにお呼びします」


リリアは一瞬だけアルベルトを見た。

それから頷く。


「……分かりました」

「先ほどのお話は、そのまま陛下にもしていただきますわよ」

「はい」


今度は迷わなかった。


「必ず、お話しします」

「では、少しだけお待ちになって」


セレナは案内役について歩き出した。


その背中を、アルベルトは見ていた。

銀色の髪が遠ざかる。

一歩。

また一歩。

隣でリリアが何か言った。

アルベルトは答えなかった。

セレナが振り返る。

目が合った。

アルベルトは微笑んだ。

いつも通りの、穏やかな笑顔。

けれど。

セレナはなぜか、すぐに前を向くことができなかった。

2人の視線がしばらく絡み合う


「セレナ様」


案内役に呼ばれる。


「陛下がお待ちです」

「……ええ」


歩き出す。


廊下の角を曲がる直前。


もう一度だけ振り返った。


アルベルトはまだ見ていた。


笑ってはいなかった。

ただ静かに。


セレナがどこへ向かうのかを確かめるように。


目が合うと。


また、笑った。


セレナは小さく眉を寄せ、今度こそ前を向いた。


その姿が完全に見えなくなるまで。

アルベルトはそこを動かなかった。





王宮の奥へ進むにつれ、人の姿が少なくなった。

やがて案内役が足を止める。


「こちらです」


重い扉。


「陛下がお待ちです」

「ありがとう」


セレナは扉を見上げた。

まずはリリアのことを話そう。

本人から直接証言させたいと伝える。

それから、毒を渡した商人。

自分の部屋に毒を置いたのはリリアではなかった。

昨日までばらばらだったものが、ようやくつながり始めている。

レオンもきっと、向こうで何かを見つけている。

あとは証拠を揃えれば。

セレナは扉へ手をかけた。


「失礼いたします、陛下」


扉を開いた。


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