18- 処刑まであと3日
応接室の扉を開けると、リリアはソファに座っていた。
セレナの姿を見るなり立ち上がり、深く頭を下げる。
「セレナ様」
「……リリア様?」
「突然押しかけてしまって、申し訳ありません」
声が掠れていた。
顔を上げたリリアは、ひどく疲れて見えた。
目元は赤く、ほとんど眠れていないようだ。
首元には、ドレスには少し不似合いな幅広のチョーカーが巻かれていた。
その縁から、わずかに覗く色がある。
セレナの目がそこに止まった。
「……お掛けになって」
「はい」
向かい合って座る。
「それで、わたくしに何のご用でしょう」
リリアは答えなかった。
膝の上で、両手を強く握っている。
やがて。
「私が悪かったんです」
立ち上がった。
そして、もう一度深く頭を下げる。
「毒を飲んだのは、私です」
セレナは動かなかった。
「……今、何と?」
「セレナ様は何もしていません」
震える声だった。
「私が、自分で飲みました」
沈黙が落ちる。
「最初から、お話しくださいませ」
◇
王都の露店で商人と知り合ったこと。
何度も通ううちに、アルベルトのことを話すようになったこと。
セレナがいなければ、自分が選ばれる。
そう思うようになったこと。
そして、商人から渡された毒を自分で飲んだこと。
リリアは一つずつ話した。
「少し気分が悪くなるだけだと言われました」
「そのために、わたくしが毒を盛ったことにしたのですか」
「……はい」
「あなたが考えたことですの?」
「違います。あの人が……セレナ様にされたと言えばいいって」
「その商人が?」
「はい」
セレナはリリアを見た。
「それを受け入れたのは、あなたですわね」
リリアの唇が震えた。
「……はい」
「わたくしがどうなるかは、考えなかったのですか」
返事はない。
「あなたの言葉で、わたくしは殺人未遂の嫌疑をかけられました。婚約を破棄され、処刑を待つ身になっています」
「……申し訳ありません」
「謝れば済むことではありませんわ」
「分かっています」
リリアは顔を上げなかった。
言い訳もしない。
許してほしいとも言わなかった。
セレナは小さく息を吐いた。
「今のお話は、審問でも証言していただきます」
「はい」
「わたくしは、あなたを許すとは申しません」
「……はい」
少し間を置いて。
「当然です」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてリリアが顔を上げる。
「だから……」
「?」
「アルベルト様のところへ戻ってください」
セレナは瞬いた。
「……はい?」
「セレナ様が戻れば、きっと元に戻ります」
「何のお話ですの?」
「私じゃ駄目だったんです」
リリアの指が、またチョーカーへ触れた。
「アルベルト様が欲しかったのは、私じゃなかった」
「……」
「私がセレナ様を追い出したから、おかしくなったんです。だから、セレナ様が戻れば――」
「違いますわ」
リリアが止まる。
「でも」
「あなたにそのようなことをしたのは、わたくしがいないからではありません。アルベルト殿下が、そうすることを選んだからです」
「……」
「わたくしが戻ったところで、それがなかったことにはなりませんわ」
「でも、アルベルト様はセレナ様を――」
「戻りません」
静かに遮る。
「わたくしはもう、殿下の隣には戻りません」
そこに迷いはなかった。
「リリア様」
セレナは話を戻した。
「毒を渡した商人について、もう少し詳しく教えてくださいませ」
「……はい」
露店のあった場所。
扱っていた品。
男の特徴。
通い始めた時期。
毒を受け取った日。
店がなくなっていた日。
一つずつ聞いていく。
「露店があったのは、南門から続く通りですの?」
「はい」
「男は何を扱っていました?」
「外国の髪飾りや香油を。各地を回っているとも言っていました」
セレナの指が止まった。
「各地を?」
「はい」
昨夜見ていた資料が浮かぶ。
南部。
交易業者。
灰穂病。
小麦。
レオンが持ち帰った、ヴァルディアにつながる記録。
まだ足りない。
これだけでは何も断定できない。
けれど。
「もう一つ、伺います」
「はい」
「わたくしの部屋に毒を置いたのも、あなたですの?」
リリアが目を見開いた。
「……え?」
「事件のあと、わたくしの部屋から同じ毒が見つかっています」
「知りません」
返事はすぐだった。
「私じゃありません」
「商人から、そのような話は?」
「何も」
リリアの顔から血の気が引いていく。
「私は、自分で飲んで……セレナ様にされたと言えばいいって。それだけです」
「誰かに、わたくしの部屋へ入るよう頼んだことは?」
「ありません!」
リリアが首を振る。
「本当に、私じゃありません」
セレナは黙った。
リリアに毒を渡した。
セレナの名を出すよう勧めた。
そのあと。
リリアすら知らない証拠が、セレナの部屋から見つかった。
「……そういうことですのね」
「え?」
セレナは顔を上げた。
「リリア様」
「はい」
「あなたも嵌められたのですわ」
「私が……?」
「あなたのしたことがなくなるわけではありません」
それだけは、はっきりさせる。
「けれど、あなたの嘘を利用した者がいる」
リリアは何も言えなかった。
セレナは窓の外へ目を向けた。
レオン。
あなたも今、同じところへ辿り着いているのかしら。
◇
ほどなくして、王家の使者が公爵邸を訪れた。
国王からの召喚だった。
父は書状を開き、封蝋と署名を確かめる。
「……セレナ本人のみ、ですか」
「陛下は公爵令嬢ご本人から直接お話を伺いたいとのことです」
父の眉が寄る。
「私の同席も認められないと?」
「そのように承っております」
セレナも書状へ目を通した。
王家の封蝋。
国王の署名。
正式なものだ。
「参りますわ」
「セレナ」
「ちょうど、陛下にお話ししたいことができました」
セレナはリリアを見る。
「リリア様」
「はい」
「先ほどのお話を、陛下の前でもしていただけます?」
一瞬、リリアの顔が強張った。
けれど。
「お話しします」
「すべて?」
「はい」
リリアは頷いた。
「全部、お話しします」
父は書状を置いた。
「話が終われば、すぐに戻りなさい」
「分かっておりますわ」
「何かあれば――」
「お父様」
セレナは少し笑った。
「王宮には何度も行っております」
「……そういう問題ではない」
「では、戻ってから叱ってくださいませ」
父はしばらくセレナを見ていたが、やがて息を吐いた。
「……気をつけなさい」
「はい」
◇
王宮へ着くと、すぐに案内役がついた。
セレナとリリアは並んで廊下を歩く。
「陛下がお待ちです。こちらへ」
角を曲がったところで。
「リリア」
二人の足が止まった。
アルベルトが歩いてくる。
「アルベルト殿下……」
リリアの顔が強張った。
反射的にチョーカーへ触れる。
アルベルトの視線は、その手を素通りした。
「ちょうどよかった」
いつもと変わらない笑顔だった。
「君に頼みたいことがあるんだ」
「……私に?」
「うん」
リリアは困ったようにセレナを見る。
「申し訳ありません。今からセレナ様と、陛下のところへ……」
アルベルトが目を瞬いた。
「君も呼ばれているの?」
「いいえ。でも、セレナ様の件について、陛下にお話ししなければならないことがあって」
「そうなんだ」
アルベルトは少し考える。
「でも、父上が呼んだのはセレナだけなんだろう?」
「……ええ」
「だったら、呼ばれていないリリアが一緒に行くのはまずいんじゃないかな」
セレナは黙った。
確かにそうだ。
国王から召喚されたのは自分だけ。
いくら重要な証言があるとしても、許可なくリリアを連れていくのは礼を欠く。
「セレナが先に行って、父上に許可をもらえばいいよ」
アルベルトはさらりと言った。
「リリアからも話を聞いてほしいって。それから呼んでもらえばいい」
「……そうですわね」
「それまで、リリアは僕といてもらおうかな」
リリアの肩がわずかに揺れた。
「頼みたいこともあるんだ」
セレナはリリアを見る。
「リリア様」
「はい」
「陛下に許可をいただいたら、すぐにお呼びします」
リリアは一瞬だけアルベルトを見た。
それから頷く。
「……分かりました」
「先ほどのお話は、そのまま陛下にもしていただきますわよ」
「はい」
今度は迷わなかった。
「必ず、お話しします」
「では、少しだけお待ちになって」
セレナは案内役について歩き出した。
その背中を、アルベルトは見ていた。
銀色の髪が遠ざかる。
一歩。
また一歩。
隣でリリアが何か言った。
アルベルトは答えなかった。
セレナが振り返る。
目が合った。
アルベルトは微笑んだ。
いつも通りの、穏やかな笑顔。
けれど。
セレナはなぜか、すぐに前を向くことができなかった。
2人の視線がしばらく絡み合う
「セレナ様」
案内役に呼ばれる。
「陛下がお待ちです」
「……ええ」
歩き出す。
廊下の角を曲がる直前。
もう一度だけ振り返った。
アルベルトはまだ見ていた。
笑ってはいなかった。
ただ静かに。
セレナがどこへ向かうのかを確かめるように。
目が合うと。
また、笑った。
セレナは小さく眉を寄せ、今度こそ前を向いた。
その姿が完全に見えなくなるまで。
アルベルトはそこを動かなかった。
◇
王宮の奥へ進むにつれ、人の姿が少なくなった。
やがて案内役が足を止める。
「こちらです」
重い扉。
「陛下がお待ちです」
「ありがとう」
セレナは扉を見上げた。
まずはリリアのことを話そう。
本人から直接証言させたいと伝える。
それから、毒を渡した商人。
自分の部屋に毒を置いたのはリリアではなかった。
昨日までばらばらだったものが、ようやくつながり始めている。
レオンもきっと、向こうで何かを見つけている。
あとは証拠を揃えれば。
セレナは扉へ手をかけた。
「失礼いたします、陛下」
扉を開いた。




