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処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません  作者: すなな


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16/30

16- 処刑まであと3日

※本話には、ヤンデレ要素および相手の意思を尊重しないハードな描写があります。苦手な方はご注意ください。

朝。


リリアが目を覚ますと、アルベルトはすでに起きていた。


寝台から少し離れた窓辺の椅子に腰掛け、頬杖をついている。

昨夜のままのシャツ。

乱れた髪。

朝の光が差し込んでいるのに、こちらを見る気配はなかった。


「……アルベルト様」


返事はない。

リリアはゆっくり身体を起こした。

その途端、首筋に鈍い痛みが走る。


「っ……」


手を当てる。

昨夜、息ができなくなったときの感覚が蘇って、指先が冷えた。

隣を見る。

自分が目を覚ますまで、ここにいてくれた。

以前なら、それだけで嬉しかっただろう。

けれど今は、素直に喜べなかった。

昨夜、耳元で聞いた声が残っている。


――セレナ。


「アルベルト様」


もう一度呼んだ。


やはり返事はない。


アルベルトは考えていた。

セレナをどうすれば、自分のところに置いておけるのか。


昨日までは簡単だった。

レオンは商人だった。

どれだけセレナが親しくしたところで、最後には自分のもとへ戻る。

そう思っていた。


けれど違った。

ヴァルディア帝国皇太子。

本当にセレナを妻にできる男だった。

連れていける。

自分の知らない国へ。


「……どうして私の顔を隠したんですか」


リリアの声が聞こえる。


アルベルトは窓の外を見たままだった。


「昨日だけじゃありません。最初の夜も」


閉じ込めてしまえばいい。

王宮の奥なら、使われていない部屋はいくつもある。


「私、昨日……本当に怖かったんですよ」


誰にも会わせない。

外にも出さない。

そうすればレオンにも会えない。


「息ができなくて……」


それでも、あの男は皇太子だ。

探しに来るだろうか。

国を使ってでも?

面倒だな。


「聞いていらっしゃいます?」


声が大きくなった。

アルベルトはわずかに眉を寄せた。

朝からうるさい。

リリアは自分に抱かれたがっていた。

だから抱いた。

男爵令嬢でありながら王宮に住まわせ、何不自由なく暮らさせている。

それなのに、今度は何が不満なのだろう。


「私を見てください!」


また声がする。


アルベルトの頭には別の考えが浮かんでいた。

閉じ込めるのが面倒なら。

いっそ処刑にしてしまえばいい。

他の男に取られるくらいなら、その方がいい。

処刑なら斬首だったか。

首だけなら、保管する場所にも困らない。

あとは傷まないようにする方法を――


「だったら、どうして私を抱くんですか!」


アルベルトは答えなかった。


「顔も見ないで……あんなことまでして……!」


泣いているらしい。

声が耳に入って、抜けていく。


「私は何なんですか!」


知らない。

考えたこともなかった。


「セレナ様の代わりなんでしょう!?」


アルベルトの思考が止まった。

ゆっくり、リリアを見る。


「……セレナ?」


リリアの顔が歪んだ。

ずっと呼びかけていた。

怖かったと言った。

苦しかったとも言った。

それには一度も返事をしなかったくせに。

その名前だけは、聞こえた。


「やっぱり……」


リリアは寝台の上でシーツを握った。


「やっぱり、そうなんですね」


アルベルトは答えない。


「昨日もそうだった」

「……」

「私を抱いていたのに」


声が震えた。


「最後に呼んだのは、私の名前じゃなかった」


アルベルトの目がわずかに細くなる。


「セレナ様って、呼んだじゃないですか!」


「……そうだった?」


その返事に、リリアは息を呑んだ。

覚えてすらいない。


「どうして……」


涙が滲んだ。


「どうしてそんなことができるんですか」


アルベルトはまた窓の方を向いた。


「私、アルベルト様が好きだったんですよ」

「……」

「ずっと好きで……だから……」


言葉が詰まった。

好きだった。

選んでほしかった。

セレナより自分を見てほしかった。

そのために、あんなことまでした。

なのに。


「最近のアルベルト様は、セレナ様のことばかり」


リリアは涙を拭った。


「私といても、セレナ様」

「……」

「私を抱いていても、セレナ様」

「……」

「そんなにセレナ様がいいなら、最初から私なんて選ばなければよかったじゃない!」


アルベルトは何も言わなかった。


選んだ。


そうなのだろうか。

リリアがそばにいてほしいと言うから、いた。

王宮に住みたいようだったから、住まわせた。

欲しがるから与えた。

自分に抱かれたそうにしていたから、抱いた。

それだけだ。


なぜ、それ以上を求めるのだろう。


「私のことなんて、どうでもいいんでしょう!?」


また声が大きくなった。


「私じゃなくてもよかったんでしょう!?」


アルベルトは頬杖をついたまま、窓の外を見ていた。


どうでもいい。


そんなことより。


セレナをどうするか決めなければ。


「……っ、もういい!」


リリアが叫んだ。

アルベルトは動かない。


「だったら教えてあげます!」


その言葉も、半分しか聞いていなかった。


「セレナ様はあなたに嫉妬なんてしていません!」


アルベルトの視線が戻った。

リリアは気づいた。

やっぱり。


「……何?」


やっと。

まともに返事をした。


胸の奥で、何かが切れた。


「していません!」

「何を言ってるの?」

「私がやったんです!」


アルベルトがリリアを見る。


「毒を飲んだのは、私です!」

「……」

「自分で飲んだんです!」


アルベルトの表情が消えた。


リリアはもう止まらなかった。


「セレナ様に飲まされたって、私が嘘をついたんです!」

「……」

「アルベルト様に心配してほしくて……!」


涙で視界が滲む。


「私を見てほしかった」


あの日の苦しさが蘇る。

喉が焼けて。

息ができなくて。

本当に死ぬのだと思った。

それでも。

駆け寄ってきたアルベルトを見た瞬間、嬉しかった。


「私を選んでほしかったんです!」


リリアは泣きながら笑った。


「だからやったの」

「……」

「私がやったんですよ、アルベルト様」


それでも。


アルベルトは怒らなかった。


「セレナ様は何もしていません」

「……」

「毒なんて盛っていない」

「……」

「私を殺そうとしたんじゃないんです」


アルベルトの唇が、わずかに開いた。


「……じゃあ」


声がひどく静かだった。


「セレナは、僕に嫉妬してなかった?」


リリアは一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。


「……は?」

「君と一緒にいる僕を見て」


アルベルトはまっすぐリリアを見ていた。


「嫉妬してなかった?」


聞きたいのは。

それだけ。


リリアの手から、シーツが滑り落ちた。


「……してません」

「……」

「していません!」


声を荒らげても、アルベルトは動かなかった。


「一度も!」


「僕が君を選んでも?」

「何も言いませんでした!」

「……」

「夜会であなたが私のそばに残ったときも、セレナ様は普通に一人で行きました!」


アルベルトの目が揺れた。


「僕が君を王宮に住まわせても?」

「何も!」

「……毒も?」

「私です!」


リリアは涙を拭うことも忘れていた。


「私が勝手に飲んだんです!」

「……」

「セレナ様は、あなたを取り戻そうとしたことなんて一度もありません!」


静かになった。

アルベルトは、きょとんとしていた。


怒っているようには見えない。

悲しんでいるようにも。


ただ。


理解できないものを前にしたように、リリアを見ている。


「……そう」


小さく呟いた。


「……」

「そうなんだ」


その頬を、一筋の涙が伝った。

リリアが息を止める。

アルベルトは気づかない。

瞬きをすると、もう一粒落ちた。


「……アルベルト様?」


返事はない。

ぽろり。

また落ちる。

顔は変わらなかった。

眉も下がらない。

唇も震えない。

ただ、涙だけが次々と頬を伝っていく。

アルベルトは自分が泣いていることすら、不思議に思っていないようだった。


「セレナ……」


ぽつりと名前を呼ぶ。

昨日のセレナが浮かんだ。

レオンの袖をつかんだ手。

自分とは二人きりになりたくないと言ったくせに、あの男には触れた。

求婚されても。

断らなかった。

あれは。

自分に見せるためじゃなかった?


「……僕に嫉妬してなかったんだ」


また涙が落ちた。


リリアは黙って見ていた。


自分が怖かったと言っても。

苦しかったと言っても。

毒を飲んだのは自分だと告白しても。

アルベルトは何も変わらなかった。


セレナが嫉妬していなかった。


ただ、それだけで。






泣いた。


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