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処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません  作者: すなな


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15/30

15 -処刑まであと3日

ヴァルディア帝国へ戻ったレオンを待っていたのは、机を埋め尽くすほどの資料だった。

南部で発生した灰穂病。

被害の出た土地を回っていた交易業者。

エルグランへ小麦を卸す商会と、その価格の推移。

そして、リリアが手にした毒。

今まで、別々に見えていたものだった。


「南部へ入った業者は?」

「身柄を確保しております。ただ、本人は荷を運んだだけだと」

「誰から受けた」

「それが、複数の商会を経由しておりまして」

「なら、金を追え」


レオンは一枚の帳簿を側近へ渡した。


「名義はどうでもいい。出資者と送金元を洗え。三年前まで遡って」

「承知いたしました」

「国外の商会は?」

「昨日から価格を引き上げた六社のうち、三社で不自然な入金が確認されています」

「残りも調べろ。同じところに行き着くはずだ」

「はい」


側近が一礼し、部屋を出ていく。

入れ替わるように別の者が入ってきた。


「殿下。エルグランで毒を売った男についてです」


レオンが顔を上げる。


「分かったか」

「ヴァルディアへ入国した記録がありました。名は偽っておりますが、特徴が一致します」


差し出された書類を受け取る。

宿泊した宿。

馬車を借りた商会。

受け取った金。

レオンは一つずつ目を通した。


「この送金元は?」

「現在――」

「侯爵家の帳簿を持ってこい」


側近が一瞬だけ目を見開く。


「まさか」

「確認してからだ」

「……承知いたしました」


それから、どれほど経ったか。


窓の外はとうに暗くなり、宮殿から人の気配が消えても、レオンの執務室だけは灯りが消えなかった。


次々と運び込まれる資料。

押収された帳簿。

部下たちの供述。

偽名で交わされた契約書。

それらを重ねるたび、一つの名前が浮かび上がってくる。

レオンは最後の書簡を机へ置いた。


「……ヴォルターか」


誰も答えなかった。

答える必要もなかった。

灰穂病が確認される直前、南部へ入った荷。

その運搬を請け負った業者への送金。

国外の小麦商会へ流れた金。

そして、リリアへ毒を渡した男。

途中で何度名義を変えても。

いくつ商会を挟んでも。

最後には、ヴォルター侯爵へ辿り着いた。


「屋敷は?」

「すでに人を向かわせております」

「出入りを止めろ。証拠を一枚でも焼かせるな」

「はい」

「関係者の身柄も押さえろ。国境へ向かった者がいれば、すべて止める」


レオンは立ち上がった。


「ヴォルターを連れてこい」





ヴォルターは、連行されたとは思えないほど落ち着いていた。


「お呼びでしょうか、殿下」


レオンは答えず、一枚の書類を机へ置いた。


「南部へ入った交易業者」


次の一枚を重ねる。


「灰穂病が出る直前に運び込まれた荷」


もう一枚。


「小麦価格を引き上げた商会への送金」


そして最後に。


「リリア・ベルモンドへ毒を渡した男」


ヴォルターは黙っている。


「全部、あなたにつながった」


しばらく沈黙が続いた。


やがてヴォルターが息を吐く。


「ずいぶん早かったですね」


否定しなかった。


「エルグランの小麦を狙った理由は?」

「殿下ならお分かりでしょう」

「あなたの口から聞きたい」


ヴォルターは少しだけ笑った。


「エルグランは大きな市場です。それでいて、小麦を国内だけでは賄えない」

「だから南部まで潰した?」

「潰してはおりません」


訂正する声に迷いはなかった。


「当てにできなくしただけです」


レオンの目が細くなる。


「国内の収穫量が読めない。国外の価格も上がる。そうなれば、多少条件が悪くとも小麦を確保せざるを得ない」

「長期交易契約」

「それも一つです」

「港湾の優先使用権もか」


ヴォルターは答えなかった。

それだけで十分だった。

レオンは机に手をつく。


「セレナは?」


初めて。

ヴォルターの返事が少し遅れた。


「なぜ彼女まで巻き込んだ」

「……あの令嬢は邪魔でした」


レオンの指先が止まる。


「邪魔?」

「本人は気づいていなかったでしょうが、こちらが仕掛けるたびに異常を見つける」


ヴォルターは淡々と話す。


「財務局の数字を見たあとで、穀物商会の価格を見る。物流の変化から、王家の契約まで辿る。普通は別々の者が扱う情報です」


けれど、セレナはそれをつなげる。

以前にも、不自然な穀物の流れを指摘された。

別のときには、帳簿に残ったわずかな数字のずれから、取引を止められた。


「二度とも、彼女自身は何を潰したのかさえ知らなかったでしょう」


昨夜の光景が浮かんだ。

見るだけだと言っていたのに。

資料を広げ。

数字を拾い。

誰も気づかなかった名前を見つけた。

レオンは低く尋ねる。


「だから排除した?」

「王家と公爵家の間から消えていただく必要がありました」

「リリアを使って」

「利用できるものを利用しただけです」


ヴォルターは少しも表情を変えない。


「殿下に愛されたい。セレナ嬢より選ばれたい。実に分かりやすい方でした」


露店の商人を近づけた。

リリアの欲しがる言葉を与えた。

王太子の隣にはあなたの方が似合う。

殿下もあなたを想っている。

婚約者さえいなければ。

少しずつ。

リリア自身がそう思い込むまで。


「そして、毒を渡した」

「死ぬほどの量ではありません」

「セレナの部屋に同じ毒を置いたのは?」

「こちらです」


やはり。

リリアが企てたのは、自分で毒を飲み、セレナにされたと訴えるところまで。

それだけなら、証言が崩れれば終わる。

だからヴォルターは証拠を足した。

セレナの部屋から、同じ毒が見つかるように。

リリアが始めた茶番を。

セレナを裁ける事件に作り替えた。


「それで」


レオンの声が落ちた。


「セレナを処刑させようとした?」

「必要な犠牲でした」


静まり返った。

ヴォルターの声だけが、やけにはっきり耳に残った。

必要な犠牲。

レオンはゆっくり立ち上がった。

それを見て、室内の者たちがわずかに身構える。

けれどレオンは、ヴォルターへ近づかなかった。


「そうか」


それだけだった。

ヴォルターの眉がわずかに動く。


「あなたの屋敷は、もう押さえてある」


今度はヴォルターが黙った。


「口座も止めた。商会を経由させた金も追ってる。国境へ向かわせた人間も拘束した」

「殿下」

「部下も何人か話し始めたよ」


レオンは机の上の書類を揃えた。


「逃げ道はない」


呼び鈴を鳴らす。

すぐに近衛兵が入ってきた。


「ヴォルター侯爵を拘束しろ」

「殿下」


兵が両脇へ立つ。

ヴォルターは抵抗しなかった。

ただ、連れていかれる直前。


「レオン殿下」


レオンが目を向ける。


「善意では国は守れません」


かつて自分に交易を教えた男が言った。

レオンはしばらく黙っていた。


「知ってるよ」


それ以上は何も言わなかった。

扉が閉じた。





静かになった執務室で、レオンは椅子へ深く腰を下ろした。


窓の外は真っ暗だった。

夜明けには、まだ遠い。


机の上には、ヴォルターの罪を示す資料が積み上がっている。

毒を渡した男。

セレナの部屋へ証拠を仕込んだ者。

灰穂病を広げた経路。

国外の小麦価格を動かした金。


必要なものは揃った。

これで終わる。


審問までには、まだ時間がある。


間に合う。


思っていたより早く片づいてよかった。

張りつめていた息を、ようやく吐き出す。


『必ず、戻ってきてくださいませ』


昨夜の声が蘇った。

抱きしめたときの温度まで、妙にはっきり思い出せる。


『……お待ちしております』


レオンの口元がわずかに緩んだ。

約束は守れる。


「帰るぞ」


側近が顔を上げた。


「エルグランへ、ですね」

「ああ。供述書と押収した帳簿をまとめろ。ヴォルターの書簡も全部持っていく」

「承知いたしました」

「夜が明けたら発つ」


これなら余裕をもって戻れる。


セレナに証拠を見せて。

嫌疑を晴らして。


そのあとなら。


あの求婚の返事も、少しくらい期待していいだろうか。


そんなことを考えたときだった。


静まり返った宮殿に、足音が響いた。


一人ではない。


かなり急いでいる。


やがて執務室の前で止まり、扉が激しく叩かれた。


「殿下!」


レオンが顔を上げる。


「入れ」


側近の一人が飛び込んできた。

息を切らしている。


「エルグラン王国より急報です」

「何だ?」


まだ、レオンは落ち着いていた。

だが。

男はすぐに答えなかった。


「……何があった」

「エルグラン国王陛下が」


一度、息を呑む。


「昨夜、殺害されたとのことです」


レオンの表情から笑みが消えた。


「……国王が?」

「はい」

「犯人は」

「すでに容疑者が拘束されています」


その言葉を聞いた瞬間。

胸の奥に、嫌なものが落ちた。


「誰だ」


男が躊躇う。


「言え」

「セレナ・アルヴェール公爵令嬢です」


何も聞こえなくなった。


「……何?」

「国王陛下殺害の嫌疑により、王宮へ拘束されたとのことです」


つい先ほど。

終わったと思った。

間に合うと思った。

ようやく。

セレナをあの馬鹿げた嫌疑から解放できると。


「……審問は?」

「それが」


側近の顔が強張った。


「明日、行われるとのことです」

「――明日?」

『必ず、戻ってきてくださいませ』


声が蘇る。


『……お待ちしております』


レオンは立ち上がった。


机の上の書類を掴む。


「今すぐ馬を出せ」


「承知いたしました」

「途中の宿場すべてに先触れを出せ。替え馬を用意させろ」


側近たちが動き出す。


「ヴォルターの供述書、帳簿、書簡。証拠は全部持っていく」

「はい」


レオンは外套を掴んだ。

さっきまであった余裕は、もうどこにもなかった。


「急げ」


扉を開く。



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