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処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません  作者: すなな


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13/21

13- 処刑まであと4日

※本話には、ヤンデレ要素および相手の意思を尊重しないハードな描写があります。苦手な方はご注意ください。

数か月前。


王宮の大広間には、笑い声と音楽が絶え間なく満ちていた。

磨き上げられた床の上を、色鮮やかなドレスが行き交う。

誰もが当然のように相手の家名を知り、領地の話をし、外国から届いた品について語っていた。

リリアは、その輪の中で何度目か分からない笑顔を作った。


「まあ、そうなのですね」


何が「そう」なのか、自分でもよく分かっていない。

話題はいつの間にか北部の関税から、どこかの伯爵家の婚姻へ移っていた。

名前を聞いても、誰と誰が親戚なのかすら分からない。

やがて会話の輪が動き、気づけばリリアだけが残された。

ほっとした。

同時に、ひどく心細くなった。

壁際へ寄り、息を吐く。

帰りたい。

けれど、父からは王宮で恥をかかないようにと言われている。

もう少しだけ頑張らなければ。


「疲れました?」


突然声をかけられ、リリアは肩を跳ねさせた。

振り返った瞬間、息を呑む。


「アルベルト殿下……」


王太子が立っていた。

慌てて礼を取ろうとすると、アルベルトが笑う。


「そんなに緊張しなくてもいいよ」

「申し訳ございません」

「謝らなくていい」


優しい声だった。

それだけで、張りつめていたものが少し緩んだ。


「楽しんでる?」


問われて、リリアは迷った。

楽しいと言うべきなのだろう。

きっと、そういう場所だ。

けれど。


「……実は、こういう場所が苦手なんです」


言ってから、しまったと思った。

恐る恐る顔を上げる。

アルベルトは怒っていなかった。

むしろ、少し意外そうな顔をしている。


「苦手?」

「皆様のお話が難しくて。さっきも半分くらい分からないまま笑ってしまいました」


アルベルトが吹き出した。


「半分も?」

「もしかしたら、もう少し……」

「正直だね」


恥ずかしくなって俯く。

けれど、アルベルトはそのまま話してくれた。

難しい話はしなかった。

今日の料理は何が美味しかったとか。

楽団の演奏が少し速すぎるとか。

そんな他愛もない話だった。

気づけば、リリアは普通に笑っていた。


「アルベルト様がお話ししてくださって、ほっとしました」

「僕が?」

「はい」


リリアは素直に頷いた。

アルベルトの目が、わずかに細くなる。


「それならよかった」


遠くからアルベルトを呼ぶ声がした。

王太子なのだ。

いつまでも自分と話しているわけにはいかない。

分かっているのに。


「……あの」

「何?」

「もう少しだけ、ここにいていただいてもいいですか?」


言ってから、厚かましかったかもしれないと思った。

けれどアルベルトは、しばらくリリアを見たあとで笑った。


「いいよ」


その声が、どこか嬉しそうだった。





それからだった。

夜会へ出るたび、アルベルトが声をかけてくれるようになった。

最初は偶然だと思っていた。

けれど二度、三度と続けば、期待するようになる。


「アルベルト様」


姿を見つけるだけで、嬉しくなった。


「これ、私には難しくて。教えていただけませんか?」

「どれ?」

「この方には、なんとご挨拶すれば失礼にならないでしょう」

「リリアなら普通に挨拶すれば大丈夫だよ」

「普通が一番難しいんです」


アルベルトはよく笑った。


「アルベルト様なら、どうなさいます?」

「僕?」

「はい。アルベルト様に聞けば間違いありませんもの」


そんなとき。

アルベルトはいつも少しだけ嬉しそうな顔をした。

だからリリアも、ますます彼を頼るようになった。


その頃のリリアは、セレナが好きだった。

遠くからでもすぐに分かる銀色の髪。

背筋を伸ばして歩く姿は美しく、誰に話しかけられても迷いなく応じる。

公爵令嬢。

王太子の婚約者。

いずれはこの国の妃になる女性。

リリアが必死になって覚えようとしていることを、セレナは最初からすべて知っているように見えた。


「セレナ様って、本当に素敵ですね」


ある日、隣にいたアルベルトへそう言った。


「そうかな」


意外な返事だった。


「そうですわ。とてもお綺麗ですし、何でもご存じで。皆様からも頼りにされていらして」

「昔からああだよ」


それだけだった。

リリアには到底届かない人なのに。

アルベルトにとっては、それが当たり前らしい。

婚約者だからだろうか。

少し羨ましいと思った。






その気持ちが初めて変わったのは、別の夜会だった。


「殿下」


セレナが二人のところへやって来た。


「そろそろルヴェールの使節の方々へご挨拶を」

「ああ」


アルベルトが頷く。

リリアは胸の前で手を握った。

行ってしまう。

当たり前なのに、寂しかった。


「アルベルト様」


気づけば呼んでいた。


「もう少しだけ、そばにいていただけませんか?」


セレナがリリアを見る。

責めるような目ではなかった。


それが余計に恥ずかしくて、リリアは俯いた。


「……申し訳ありません。やはり――」

「いいよ」


顔を上げる。

アルベルトはセレナを見た。


「セレナ、一人でお願いできる?」

「承知いたしました」


それだけ。

セレナは一礼すると、使節団の方へ歩いていった。

アルベルトは残った。

自分の隣に。

胸が高鳴った。

遠ざかる銀色の髪を見る。

セレナは一人でも堂々としていた。

使節へ挨拶し、すぐに会話の輪へ入っていく。

いつも通り、完璧だった。

なのに。

リリアは初めて、セレナを見ながら嬉しいと思った。

――私を選んでくれた。

セレナ様ではなく。

私を。






それから、少しずつ変わっていった。

アルベルトが好きだった。

会えると嬉しい。

名前を呼ばれるだけで胸が弾んだ。


けれど、いつの間にか。


セレナがいるところで自分に声をかけてくれると、もっと嬉しくなった。

セレナとの予定より自分を優先してくれると、その日はいつまでも気分がよかった。

私は特別なのだと思えた。


なのに。


セレナは何も言わない。

アルベルトがリリアと長く話していても。

予定を変えても。

怒らない。

睨みもしない。

いつもと変わらない顔で、自分の役目をこなしている。

それが、だんだん嫌になった。


どうして?

アルベルト様は、私を選んでいるのに。

どうしてあなたは、そんな顔をしていられるの?

そして夜会が終われば、アルベルトの婚約者として彼の隣に立つのは、やはりセレナだった。

何度アルベルトに選ばれても。

最後の一つだけは、どうしても自分のものにならなかった。




その商人と知り合ったのは、王都の小さな通りだった。

夜会の翌日。

リリアは侍女を連れて、露店を眺めながら歩いていた。

色鮮やかな布に、香油、菓子、異国の装飾品。

その中でもひときわ華やかな髪飾りに目を奪われ、足を止める。


「お嬢様」


店の奥にいた男が、ふいに声をかけてきた。


「失礼ですが、王太子殿下のご婚約者の方ですよね?」


リリアは目を瞬いた。


「……え?」


男はすぐに表情を曇らせた。


「違いましたか?」

「え、ええ。違いますけれど……」

「これは失礼いたしました」


男は申し訳なさそうに頭を下げる。


「先日の夜会で、殿下のおそばにいらっしゃるところをお見かけしたものですから」


リリアの胸が、くすぐったくなる。


「とてもお似合いでしたので、印象に残っていたのです」

「……そう?」


思わず聞き返した。

男は、何を不思議がっているのか分からないという顔をした。


「ええ。殿下のお隣で、とても華やかに輝いていらっしゃった。あまりにお美しかったので、てっきりご婚約者なのだと」


胸の奥が、ふわりと浮いた。


「でも、殿下のご婚約者は別の方よ」


そう言いながら、口元が緩む。


「それは失礼いたしました」


男は頭を下げたあと、もう一度リリアを見た。


「ですが、私にはお嬢様の方がずっと――」


そこで言葉を切る。


「いえ。余計なことを申しました」

「……何?」

「お気になさらず」


そう言われると、余計に気になった。


「途中でやめないで。何を言おうとしたの?」


男は困ったように笑ってから、声を落とした。


「お嬢様の方が、殿下のお隣によくお似合いだと思っただけでございます」


心臓が跳ねた。

セレナではなく、自分を見て。

王太子の婚約者だと。

リリアは店先に置かれた小さな鏡を覗いた。

そこには、いつもと同じ自分が映っている。

けれど今日は、少し違って見えた。

――私だって。

王太子の隣に立っても、見劣りしないのかもしれない。

その日は、いつもより高価な髪飾りを一つ買った。


気づいたら頻繁に通うようになっていた。


「ですが」


ある日、商人は残念そうに言った。


「お気の毒です」

「何が?」

「どれほど想い合っていても、殿下には婚約者がおられる」


胸の奥を刺された。


「それは……」


分かっている。

最初から。


「もしセレナ様がいなければ」


商人が笑う。


その夜。

リリアは眠れなかった。





「……どうすれば」


何度目かに会ったとき。

口にしたのは、リリアの方だった。


「アルベルト様に、本当に選んでいただけるのでしょう」


商人はすぐには答えなかった。

やがて、小さな包みをテーブルへ置いた。


「少し、殿下を心配させてみてはいかがです?」

「心配?」

「ええ」


包みの中には、白い粉が入っていた。


「ほんの少し気分が悪くなる程度です」


リリアは息を呑んだ。


「毒……?」

「そのような大層なものではありませんよ」


商人は笑った。


「あなたがこれを口にする。そして、セレナ様にされたと言う」

「そんな……」

「誰かを殺すわけでもない」


リリアは首を振った。

できない。

そんなこと。


「殿下があなたを心配してくださるには、それで十分です」


アルベルトの顔が浮かんだ。

倒れた自分を抱き起こす。

自分の名前を呼ぶ。

セレナではなく、自分を選ぶ。


「……本当に、少しだけ?」

「ええ」


商人は微笑んだ。


「少しだけです」





嘘だった。

苦しい。

息ができない。

喉が焼ける。

床へ倒れた身体が痙攣する。

怖い。

死ぬ。

こんなはずではなかった。

少し気分が悪くなるだけだと言ったのに。


「リリア!」


声がした。

アルベルト。

視界が滲む。

必死な顔で自分を抱き起こしている。


「誰か! 医師を呼んで!」


アルベルト様。

私を見ている。

私だけを。


「リリア、しっかりして」


嬉しい。

怖い。

苦しい。

後悔している。

全部がぐちゃぐちゃになった。


「誰にされた?」


聞かれた。

答えなければ。

ここまでしたのだから。

唇を震わせる。


「セレナ……様が……」




セレナがいなくなれば、全部うまくいくと思っていた。


婚約は破棄された。


アルベルトは自分を選んだ。


なのに、王宮では相変わらずセレナの名前を聞く。

アルベルトまで、以前より彼女を気にしているように見えた。

こんなはずではなかった。


だからリリアは、再びあの露店へ向かった。

もう一度、薬をもらおうと思ったのだ。

前のものは聞いていたよりずっと苦しかった。文句も言いたかった。


それでも、少し弱いものなら。

またアルベルトは自分だけを心配してくれる。

見慣れた通りへ曲がる。

そして、足が止まった。


「……え?」


店がない。

香油も、髪飾りも。

いつも笑顔で迎えてくれた男の姿もなかった。

そこだけ、ぽっかりと空いている。


「あの」


隣の露店へ駆け寄った。


「ここにいた商人は?」

「ああ、旅商人の?」

「そうです。どちらへ?」

「さあねえ。三、四日前から見てないよ」

「いつ戻りますの?」

「旅商人なんて、そんなもんさ」


リリアは空っぽの場所を見つめた。

何度も通った。

アルベルトのことも、セレナのことも話した。

あんなに親身になってくれたのに。


「……何よ」


いなくなるなら、一言くらいあってもよかったのに。

けれど、困ったのはそれだけではない。

薬が手に入らない。

なら。

自分でやるしかない。

アルベルトに心配してもらえれば、それでいいのだから。

その夜。

リリアは自室の花瓶を床へ落とした。





その夜。

アルベルトはリリアを求めた。


初めてだったからか、アルベルトの手は震えていた。

かわいい人だ、とリリアは思った。

よほど恥ずかしいのだろう。

自分の顔を隠してしまうくらい、顔も見られないほど緊張しているのだと。


嬉しかった。

やっと。

本当に。

自分が選ばれた。


セレナとは長い間婚約していたのに、二人はそこまでの関係にはなっていない。

自分は違う。

セレナより先に。

もっと近くへ。

ようやく届いたのだと思った。


リリアはとても満たされた。





翌日もアルベルトは私を求めてきた。

一日しか経っていないのに、二日前とは何かが違っていた。

顔はまた隠された。

昨日よりも荒々しい。

そんなに私を求めてくれているのか、と嬉しくなった瞬間、息ができなくなった。

何かに締め付けられている。

頭がチカチカする。

必死に抵抗するが、力の意味が分からない。

愛おしまれているのか、拒まれているのか。

どちらとも取れる強さで、それは続いた。


一瞬、楽になった。


そう感じた次の瞬間、アルベルトが必死にしがみついてきた。

必死に縋り付くように。

耳元でアルベルトの声がした。

消え入りそうな、それでいて甘い声だ。

身体が満たされていく感覚が同時に広がっていく。


ーー暖かい。


そのまま、アルベルトは気を失うように眠りについた。

頭にかかっていた布を外すと、アルベルトの寝顔が見える。

瞼が湿っている。


グッと胸が締めつけられる。

うれしさだとリリアは思おうとした。

けれど。


耳に残ったアルベルトの声が消えない。



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