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処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません  作者: すなな


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11/17

11- 処刑まであと4日

昼を過ぎても、セレナは父の執務室にいた。

朝から居座っていたわけではない。

昼食のために一度席を外し、食後には自室へ戻るつもりだった。

ただ、南部からの詳しい報告が昼頃には届くという。

ハロルドから自分にも知らせが来た以上、その結果くらいは聞いておきたかった。


「遅いですわね」


セレナは窓の外へ目を向けた。


「先ほどから三度目です」

「何がですの?」

「窓を見るのが」


向かいに座るレオンを見る。


「数えていらしたの?」

「目に入るので」

「でしたら、見ないでくださいませ」

「それは難しいですね」


レオンは何事もなかったように手元の書類へ視線を戻した。

腹立たしい。

セレナも膝の上の本へ目を落とす。

先ほどから同じ頁を開いていることには、触れないでおく。


「部屋へ戻られては?」

「戻りません」

「なぜ?」

「今戻ったら、届きそうな気がしますもの」

「何が?」

「……ヴァレン様」

「はい」

「分かっていて聞いておりますでしょう」


レオンが笑った。

やはりそうだ。

セレナは本を閉じた。

ここまで待ったのだから、報告を聞いてから戻ればいい。

そう思ったところで、廊下から足音が近づいてきた。

三人がほぼ同時に扉を見る。

ノックが響いた。


「旦那様。農務院より至急の書簡が届いております」

「入れ」


使用人が持ってきたのは、朝のものよりずっと厚い封筒だった。

公爵が封を切る。


「第一次報告のようですね」


中から数枚の紙と地図が出てきた。

レオンが立ち上がる。

セレナはしばらく座ったまま眺めていたが、公爵が地図を広げたところで結局席を立った。

見るだけ。


「発生が確認されたのは七か所」


公爵が地図へ印をつけていく。


「七か所も?」

「今のところはな」


南部の地図に、赤い印が一つずつ増えていく。

セレナは横から覗き込んだ。

思っていたより散らばっている。


「近くの畑はどうなっていますの?」


公爵が報告書をめくる。


「発症していないところも多いようだ」

「こんなに離れているのに、同じ時期に?」

「報告を見る限りでは」


レオンが一枚取った。


「農務院も感染経路を調べているようですね」


セレナも報告書を覗く。


「種苗は?」


口にしてから、レオンと目が合った。


「……何ですの」

「いえ」


絶対に何か言いたそうな顔をしている。

無視することにした。


「同じものではないようだ」


公爵が答える。


「仕入れ先も複数に分かれている」

「水源は?」

「別ですね」


川から引いている地域もあれば、井戸を使っている場所もある。

肥料にも目立った共通点はない。

セレナは地図へ目を戻した。

七つの印。

近接しているわけではない。

むしろ、その間にある畑の方が無事だ。

同じ病が、同じ頃に。

何のつながりもない場所で。

視線を動かしていく。

村の名前。

河川。

農地。

これだけでは何も見えない。


「お父様」

「何だ?」

「街道の分かる地図はあります?」


レオンがこちらを見た。

セレナも見る。


「……何ですの?」

「何も言っていませんよ」

「顔が何か言っていますわ」

「気のせいです」


公爵は二人のやり取りには構わず、書棚へ向かった。


「あったはずだ」


持ってきたのは、南部の街道と交易路が記された地図だった。

二枚を机いっぱいに広げる。

セレナは先ほどの発生地点と見比べた。

一つ目。

王都へ向かう主要街道の近く。

二つ目。

そこから枝分かれした交易路沿い。

三つ目も。


「……あら」

「気づきました?」


レオンが隣から地図を覗く。


「ええ」


七か所すべてが街道沿いに並んでいるわけではない。

それでも、発生地点はいずれも人や荷が頻繁に行き交う道から遠くなかった。


「農地の位置だけ見ていたら分かりませんわね」

「街道を使って何かが移動したと?」

「そこまでは」


セレナは首を振る。


「でも、確認する価値はありそうですわ」


公爵が報告書の後半をめくった。


「現地でも出入りした者を調べ始めているようだ」


宿場の記録。

農具や種苗を扱う商人。

行商人。

荷を運んだ業者。

かなりの数だった。

レオンが一枚を手に取る。

セレナも別の紙を見る。

人の名前と商会名が並んでいて、眺めているだけで目が滑りそうになる。


「……これ」


一つの名前に指を置いた。


「こちらにもありません?」


レオンが紙を受け取る。


「どれです?」

「この交易業者ですわ」


二つ目の村にも同じ名がある。

公爵が別の紙を取った。


「こちらにもいるな」


三か所目。

さらに記録を遡る。

最初に灰穂病が確認された地域のうち、複数を同じ業者が回っていた。

セレナは地図と記録を見比べた。

離れた畑。

間にある農地は無事。

種苗も違う。

水源も違う。

その一方で、発生地点はいずれも交易路に近い。

そして、同じ人間が出入りしている。


「……人が運んだ可能性もありますわね」


言葉にした途端、部屋が静かになった。

何を。

どうやって。

偶然ではないとしたら、何のために。

考えかけて、セレナは資料から手を離した。


「ここまでですわ」

「おや」


レオンが顔を上げる。


「何ですの?」

「てっきり、その業者についても調べ始めるのかと」

「いたしません」

「本当に?」

「ここから先は農務院のお仕事ですわ」


セレナは席へ戻った。

ちょうどいいところで、使用人がお茶を運んでくる。

焼き菓子も添えられていた。

セレナは一つ手に取った。


「私はただ、続報を待っていただけですもの」

「そうでしたね」


レオンが地図を見る。


「待っていただけで、街道まで出てきましたが」

「目に入ったものを口にしただけです」

「交易業者も見つけましたね」

「たまたまですわ」

「便利ですね、たまたま」


セレナは焼き菓子を一口かじった。


「もう何も言いません」

「それは困ります」

「先ほどまでやめさせようとしていたではありませんか」

「一人で勝手に動くのは、です」


セレナは焼き菓子を持ったままレオンを見る。


「では、今のは?」

「私も公爵もいましたから」

「……随分と都合のいい理屈ですこと」

「お互い様でしょう?」


言い返そうとしたところで、レオンの視線がふと机へ落ちた。

先ほどまでの笑みが消える。


「……待ってください」


セレナもそちらを見た。

レオンは交易業者の名が書かれた紙を引き寄せている。


「どうしました?」


公爵が尋ねる。


「この名前……」


レオンはしばらく見つめたあと、机の端に置いていた別の資料へ手を伸ばした。

朝から何度も目を通していたものだ。

一枚。

もう一枚。

紙をめくる音だけが続く。

やがて、止まった。

レオンの指が一つの記述を押さえる。

公爵が横から覗き込み、その顔からも表情が消えた。


「……同じか」

「ええ」


短いやり取りだった。

けれど、明らかに何かが変わった。

セレナは二人を見比べる。


「どうかなさいました?」


返事がない。

レオンは公爵を見た。

父もレオンを見る。


「お父様?」


公爵の手元にある資料へ目を向ける。

農務院から届いたものではない。


「その資料は何ですの?」

「……」

「朝からヴァレン様が見ていらしたものでしょう?」


父の沈黙が気になった。

レオンが公爵へ何かを促すでもなく、ただ待っている。

セレナは焼き菓子を皿へ戻した。


「わたくしに関係することですの?」


公爵がゆっくりと顔を上げる。


「セレナ、実は――」


ノックの音が遮った。

三人が扉を見る。


「旦那様」


使用人の声がする。


「何だ」

「王太子殿下がお見えです」


セレナは目を瞬いた。

聞き間違えたのかと思った。


「……アルベルト様が?」

「はい」


使用人が続ける。


「セレナ様にお会いしたいと」

「……わたくしに?」


何のために。

今さら。

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