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ノイズ- And I'm still breathing, I'm still breathing-  作者: 消しゴム星人


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第2部 7章 霜月 剥奪

 「それで弁護士の目論見ってどうなの?」妻はふと訊ねてきた。俺は少し眉をひそめて伝える。

 「う、うん一事不再理。そう説明すれば課長さんもきっと協力するんじゃないかって」

妻はその言葉を考え始める。

 「それってナベサワさんに嘘ついてましたって白状してもらって、その告白で更に処分重くならないよって説明だよね?」俺はゆっくりと肯いた。妻はますます困惑して沈黙してしまう。

 そう、イノウの感覚では訴訟ゲームにおいて2重処罰はありえない、だから告白させればWinner。

 でも組織としてみれば、組織に盾つく人物に塩を送るような行為をした課長を許すわけがない。ましてやナベサワはもともと確信犯的にしらばっくれてもいる。・・・俺はためいきをついた。

妻はしばらく考えていたが俺の様子をみて切り出す。

 「・・・5%だって」え?俺はその言葉の意味がわからなかった。

 「審査請求で認容裁決、いわゆる勝ちがでる確率」妻は俺を正面からみた。彼女は言い出しかねていることを思い切って言う時の癖だった。こういう時の妻はいつも正しい。

 「負けると居場所はなくなる・・・」妻はそれでも言い淀んだ。

こんなことを告げていいのかそれでも迷っているのだ。俺は促すように肯いた「で?」

 「う、うん・・・処分が気に喰わなくて審査請求をだした愚かな係長。このままなら更に隠ぺい工作が暴露されて降格で逃げ出す卑怯者・・・」彼女は申し訳なさそうな表情で、俺の視線から眼をそらす「あなたの居場所はますますなくなる・・・どこにも」そうさ彼女はいつだって正しい。

 この分析は完ぺきに正しかった。正しいからこそ抉ってくる。俺はその言葉の意味するものを深く受け止めるしかない。妻は俺の肩に手を添える。

 「な何とかするしかない・・・」そう告げる妻の手は小さく震えていた。


 「係長にはいつもこんな愚痴ばかりですいません」ムラシマはみあげるようそう話すと声を潜めた「杉田副係長ですよ」。はいはい俺は話をあわせる。聞いてるよハゲ。いつもの吊し上げゲーム、次のターゲットは杉田か・・・そうぼんやり考えていながら、俺はナベサワの様子を目で追いかけた。

 ミッションはナベサワの署名獲得になる。奴の行動を観察して時期を窺うしかない。そもそもナベサワが審査請求の俺の反論を読んでいればもうアウトだと感じていた。

 人事部に対する反論の重要な鍵になる課長署名を奴が協力することはあり得ない。人事部がナベサワに俺の反論書を供覧していれば、戦略を練り直す必要がある。


 俺はナベサワの言動を逐一チェックした。奴の雑談内容。奴の電話応答のやりとり。俺に対する態度、発言。ちょっとした情報をすべて読み取る。そこからナベサワが俺の審査請求についてどれほど事情を理解をしているか、インストールされた履歴を知りたかった。「係長聞いてますか?」ムラシマは俺の態度に苛立ったようだった。ああごめんごめん、ちょっとしばらくこの件は考えてみるよ。ムラシマは少し不平をこぼして去っていった。ナベサワがその先にみえる。

 奴は俺の視線をすり抜けるところがある。それは狡猾な人物がする隠れ蓑にみえる。本心を決して明かさず道化を装いながら慎重に機会を窺い獲物は逃さない。嫌な仕事を逃げ切りながら課長にすいすいと登った奴の経歴が物語っている。

 すげえよナベサワ、あらためてお前を観察するとまったく隙が無い。

 一切の妥協なく他人から自分の本心を隠している。他人なんかお前からみたらボンクラなんだろうな。

下手にでていればいつしか主導権を奪えて自分の思い通りに動かせる駒、そんな感覚で他人と接することができるのはどこまで他者を断絶している孤独を抱えているんだ。


 知ってるよ俺お前がタバコ吸いに行くといって時たま一人になって中屋上で険しい顔してアレコレ思索しているの。皆の前でお道化てダメ課長装ってるけど、きっちり部長からの評価を得るポイントを虎視眈々と計算し続けてるの。すげえよお前は俺はそこまで徹底できない。


 俺のターゲットはお前だよお前、俺はこの糞みたいなゲームで署名をお前から奪い取るしか生き残る道はない。その時、係員が俺にこえをかけてくる。電話だそうだ。相手は人事部とのことだった。


 「・・・イシカワです。タカシ係長ちょっとお話を聞きたいのですが」沈黙。受話器にでている俺をナベサワが遠くでそっと観察していた。イシカワは希望降格理由を確認したいとのことだった。俺は軽く舌打ちをする。


 呼びつけられたのは例の事情聴取の部屋だった。今度は録音機がなくイシカワがひとり室内で俺をみすえている。俺の表情や姿勢を上から下から検分し挨拶をすませる。

 「これの件です」俺が提出した希望降格届け出を差し出した。

 部下の諭旨退職のけじめをつけるため、という俺の少し震えた手書きの文字に赤い下線がぶっとくひかれている。「この理由では難しいです・・・」イシカワは言葉を選んで告げる。部長にきちんと説明できる理由を記載してください。


 奴等は奪うつもりだった。そう何もかもを。

 それが俺の言葉の最後の尊厳であったとしても。


本作品はフィクションです。登場する人物、組織、職業、制度及び出来事は物語上の設定として構成したものであり、実在するいかなる個人、団体、職種、組織とも関係ありません。本作品は特定の職業や組織を描写・評価することを目的とするものではありません。

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