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ノイズ- And I'm still breathing, I'm still breathing-  作者: 消しゴム星人


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第2部 4章 水無月 矜持

 俺の眼を覗き込んだ。俺の何もかもを見逃さない覚悟なのだ。けじめは必要になる、妻は言葉を選び口にした。審査請求で自分に非がないことを訴えるのは構わない。でもけじめはとる必要がある。

「・・・けじめ」彼女は俺の反芻にゆっくりと肯いた。そうして黙って俺の表情を見据え続けた。


「けじめ・・・」俺のはじまりの言葉になる。


 退屈な係長会は、課長を囲んだ。馴れ合いの情報交換だった。ナベサワが手製のレジュメを用意して各係長に情報を説明する。部長からの訓示、人事部からの情報提供、議会報告、そのほか何となく必要そうな情報を拾っては、面白おかしくナベサワは情報提供する。大袈裟な表情で、時折、私見を含めて話すのは、馬鹿馬鹿しい行事めいた係長会というセレモニーを退屈しのぎに開催する奴なりの創意工夫か。ナベサワの冷めた冗談めいた口調を係長の乾いた笑いで包む、どうでもいい時間だった。そこに現れた言葉だった。「あ、これこれ次は僕も考えなきゃいけない奴だ、希望降格だ」クスクス笑いが起きる

「期限までだしましょう皆さん、後で申請書を共有します」話題は次に進んでいく。

皆の脳裏から瞬殺された記号は俺のなかに響いて残り続けた。


 「希望・・・こ、降格」その時、妻の眼と俺の思いがオーバーラップする。

ハジの後ろ姿が浮かんでは消えた。


 時間は溶けて薄れていった。そうして徐々に刻みを始め、やがて元の日常に俺はいた。



 育休代替は有能な人材の獲得競争だ、人事部に希望を申請してエントリーすると人事部かリストを示される。そのリストの中から人材をみつけ本人に連絡をいれ業務説明をしてから、育休代替への合意を得なければならない。リストから候補者の選択と、本人との連絡調整とのすばやい対応が勝負をわける。リストには数十人がリストアップされる。有能な人材はすぐどこかの職場に決まってしまう。数人にあたりをつけては業務説明段階で理解をえられずその間、時間はどんどん過ぎていった。マツムラと折り合いがついたのはそんな中だった。マツムラは育休代替を別職場でしていて育休者の復職の目途がたって契約が完了するなか、その後も継続を希望しているというリストの表示だった。職場の評判も上々だった「率直にいって滅茶苦茶仕事できます・・・」復職で手放すことを悔やんでいるかのような職場の上司の発言が後押しになり、本人に急いで連絡をいれた。

 マツムラに簡単に業務説明をすると、直接、自分と組むことになる担当者と話がしたいという要望があった。落ち着いた口調のマツムラに俺は確信を深めカムラに声をかけ事情を説明した。育休代替を探し始めて10日近くが過ぎていた。カムラは疲労のみえる硬い表情で俺の話を聞くとマツムラとの事前打ち合わせを即座に了解した。カムラの様子からどこかしら安堵の空気がみえていた気がしていた。



 「降格しようと思う」俺の言葉に妻は顔をあげた。「いや降格すべきなんだと思う」妻はそっと目を伏せるとじっと考えた「・・・できるの?」だって希望ってそれってアレでしょ介護とか病気とかって事情こみの申請だったはず。俺はその指摘を自分の中でじっと反芻した。また心が混濁する。

 「それでもするべきなんだと思う」俺は精一杯自分の言葉を吐いた。

そうだそうするしかないんだ。妻は俺の様子に心底憐れんだようでそっと俺の頬に手を添えた。

優しく微笑んだ。



 長身のマツムラは直立で立つとその視線は俺を見下ろす感じだった。落ち着いた身のこなしに気品と確かな自信があり直感的に職場で高評価を得ていることが伊達ではないことが理解できる。小柄なカムラに笑顔をみせるとまるで親子か家族のように二人の女性は話し込んでいった。「年下の私なんかが偉そうに業務の説明を」と事前に話していたカムラも事前打ち合わせ後にはマツムラと職場でペアを組むことを待ち望んでいる風だった。

 風は流れた、その風はカムラをそっとなでるように、張りつめていた彼女の空気を少しだけやわらげてくれた。


 業務繁忙を迎える数日前の出来事だった。



 ナベサワは出来の悪い冗談をどう切り返そうかと考えている間があった。

 部下の諭旨退職のけじめをつけるため・・・1時間かけてようやく手書きできた俺の希望降格の申請理由をぼんやり眺めていた。

「と、とにかくこれは預かるからもう一度考え直してほしい」奴の言葉に一礼して自席に戻った。



 廊下でマザキをみかける。マザキも俺の姿を認めたようで目で挨拶をしてくると同時に鼻で笑った。

口元が誇らしげに歪んでいた。


 暖かな新緑の気配は過ぎゆき雨雲がみえはじめる梅雨へと季節はさしかかっていった。



 審査請求に人事部からとても分厚い答弁書の束が届いていた。


本作品はフィクションです。登場する人物、組織、職業、制度及び出来事は物語上の設定として構成したものであり、実在するいかなる個人、団体、職種、組織とも関係ありません。本作品は特定の職業や組織を描写・評価することを目的とするものではありません。

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