第2部 3章 皐月 出立
イノウがわたしてきたドラフトって奴は完ぺきだった。
整った文章、理路整然とした論調。ところどころに見慣れない法律用語、ルビが無ければ俺には読み取りもできない資料だった。
戸惑う俺をイノウは見下ろしていた。
「じゃ、気になるところは連絡ください」席をたって切り上げようとするイノウ。俺は無様にすがった。
「い、いやこうじゃないんです。私が言いたいのは、な、なんで一因にされたのかっていう」イノウは鼻で幽かに笑う。俺の肩を軽くたたいた、とりあえずこれでいきましょうよ、いいからまず読んでくださいって、なんてスマートに切り返す。
30分。
銀座の大先生は仕事上がりのモード。俺は狐につままれた気分で気づいたら総合事務所の外に放り出され地下鉄乗り場にむかって歩いていた。
イノウのドラフトは完ぺきだった。
主張を完璧に既製品の枠に加工する。該当箇所に俺の言葉を少し加えて、パッケージにはめこんだ言葉の俺バージョン仕様。勝てない不要な主張は知りません余剰な言葉は無意味に時間の浪費です・・・ドラフトからはそんなイノウの価値観が滲み出てくるようだった。
イノウのドラフトは完ぺきだった。
そこに俺の言葉が介在する余地のないほどに。
このパッケージされたドラフトを手にした俺は路地裏でそのまま迷子のままだった。迷子の言葉に出口はあり得なかった。
「係長」はい?マエフジさんが産休にはいっているしその枠を補填する育休代替って動いてます?
「え?まだだけど」ちょっと失望された表情。
「・・・カムラさん」カムラさんが少し苦しみ始めています。
やっぱりマエフジさんが産休して育休期間をとっていなくなると、誰もサポートできなくて・・・
俺は遠くのカムラの姿を視野にいれる。あんまり誰にも相談していないけどやっぱり辛い様子なんです。
「・・・そうか」そうだったのだサポートを当てにしてカムラの状況を頭になかった自分がいたが、
現実は甘くない。何か動かないとならない。カムラは押し潰される。
「代替の手配すぐ動いた方がいいと思います」わかった。
俺はうなずいた。カムラの後ろ姿に俺は表情を強める。
可能であれば処分の何について不服か教えていただけますでしょうか?
人事部のマザキは打って変わった丁寧な問いをなげかけてくる審査請求がでるという事実は、人事部にとって予測不能な状況なのだ。
組織に楯突こうとする間抜けには、きっと取扱注意のレッテルが貼られている。
俺はとつとつとイノウによって規格化された思いというパッケージ言葉を伝える。
わかりました、マザキはそう反応し審査庁のURLを示してきた。
・・・俺は言葉を巡る長い長い旅にでようとしていた。
妻に審査請求の話をする。彼女は少し考えてゆっくりと肯いた。
本作品はフィクションです。登場する人物、組織、職業、制度及び出来事は物語上の設定として構成したものであり、実在するいかなる個人、団体、職種、組織とも関係ありません。本作品は特定の職業や組織を描写・評価することを目的とするものではありません。




