第2部 2章 卯月 脈動
俺にでた処分は減給で、ナベサワは戒告だった。
一見すると、俺もナベサワも同様に処分されているようにみえたが、重みが全然違った。
組織的にみると明らかに主犯格は俺になり、ナベサワはその主犯を部下にもった課長級の引責処分になる。処分は匿名の体はとるものの即日公開され、組織の誰しもがその顛末を知ることになる。
組織は部下の不始末のために罪を被ったナベサワ像を作り上げた。当然のようにその立ち位置も元のまま。
処分のでた俺、課長への処分も引き起こした俺。それがまごうことない俺の現在地点になる。
で、俺には咎人にむけられる嘲り誹りがただただ待っていた。
変化は露骨でわかりやすい。俺を正面からみる視線が薄れた。斜め先から遠巻きにみている姿は
俺の処分を嘲笑う影のように日々まといついた。「係長」係員は資料をぞんざいに俺に放り出すように提出しその資料説明を聞こうとするとあしらうように歪んだ表情でこう言った「こんなこともわからないんですか。・・・だからですよ」
そうした虚仮にされる日々に馴れてくると、その環境に俺のなにかも汚染される。
俺はそんな日常が当たり前になって俺を喪失するのが怖くてたまらなかった。この恐怖を克服するために
必死になって辞令の際にわたされた紙切れ。処分説明書にすがるしかなかった。
辞令で渡された処分説明書には俺に何が起きたのか記載されているはずだ。なのに記載内容を読み取ろうとしてもことごとく失敗してしまう。どうして裁かれたのか、何に裁かれたのか。その問いに答えてくれる言葉はなく、処分説明書にあるのは記号だった。
言葉がみえなくなっていた。言葉は意味のある記号。言葉に秘められた意味や思いをみることができない。
記載文言の記号はみえても意味が読み取れなかった。記載されたものを読み取る能力が決定的に欠けていた。それが苦しかった意味がはいってこない言葉がみえない。俺に何が起きたのかピンとこない。
俺は言葉を失った事実をじわじわと理解し始めた。汚染の浸食は静かに進行しているようだった。俺は組織の禁忌としてタブー視されたクズだった。嘲笑う声、嘲りの言葉、居場所なんてない。空気は汚れ俺のことを圧縮させてくる。
そうだやむを得ないんだ俺なんてゴミなんだ、なんでもない俺がなんでもないくせに組織にすがった。
そうして組織はその俺を見透かしたようにただ始末処理しただけ。当然の末路。愚かで馬鹿な男のどうしようもない顛末。
そこに言葉があった。
そんな俺の耳にかすかに残ったのは、あの言葉だった。
処分のでた当日、電話口でハジが告げた「何にか忘れ物」その言葉だけが俺に幽かにとどいた残響だった。俺ははっと思い返すと、すがりついてボロボロの処分説明書の記号の群れについにその忘れ物を見出した。
処分説明書にだらだら続いた記号たちの一部にそいつは確かにあった
このことは、諭旨退職となる事態が生じた一因となった
それは俺がハジを諭旨退職にしたという記号そのものだった。
時間が必要だった。
切替も必要だった。
大きく息を吸い込んで仰ぎ見る。残響がやたらと俺のなかで繰り返す。
こだまは鳴り響き振動のように俺に何かの核をつくった。
そのチンケな紙切れはご大層に持って回った記号ばかりが並んでいるだけのシロモノだったのだ。核は少しづつ増殖していく。
じわじわ、じわじわと。もう誰にも、止めることはできない。
本作品はフィクションです。登場する人物、組織、職業、制度及び出来事は物語上の設定として構成したものであり、実在するいかなる個人、団体、職種、組織とも関係ありません。本作品は特定の職業や組織を描写・評価することを目的とするものではありません。




