夜闇に紛れて その3
『しかし、お前その地下室に入ったことが無いんだろう?絶対に、異世界の品が中にあると言えるのか?危険な橋を渡るというのに無駄足を踏んだら──いや、その前にだ。俺達がそんなことにまで首を突っ込んで何の得があるというんだ』
牛緒源一郎の……排除はこちらとしても望むところだ。牛緒組には根本から崩れてもらわないとセラさんの安全が保障できない。
『言っただろ~?ソンになる話じゃないって……地下室以外はさ。調べたんだよ。組長のいない間にメチャ気を遣いながら、親の財布から小遣いくすねるガキみたいにな。ガキと違うのはゲンコツじゃすまねぇトコだな』
『拳骨とか昭和かよ』
『昭和どころか大正のジジイだぞ相手は』
……そういうえばそうだった。
『そん時にこっそり設置した隠しカメラにも組長が持ってたハズの“魔導書”は見当たんなかった。オレらから取り上げた後しまい込んだハズなのにだぜ』
『魔導書?その、牛緒源一郎という老人が……持っていたのかい?』
隣りから、恐らく驚きの余り少し裏返った声が聞こえる。
『お前また……魔導書ってなんだよ。初耳だぞ。なんでそんな物を牛緒源一郎が所有してるって知ってる』
『一回貸してもらったからだぜ。いや、盗み見たが正しいか。““オレ達”が魔術を扱えるようになったらソッコーしまわれちまってなぁ』
心残りを感じさせる抑揚が、黒田羽久斗の言葉について回る。
この男が言う“オレ達”とはまず間違いなく牛緒組の面々のこと。
そして、この地域に巣食っていたヤクザ連中が魔術を扱えるようになったタイミングといえば──
『組長が例の長柄の匕首と一緒に暴れ倒して魔物共を一掃したおかげでな、元事務所の近くは異常繫殖っつー災害の中での、台風の目みてぇになってな。まぁそれを利用しねぇ手はないわな。オレはとりあえず、連絡のつく組員に片っ端から集合を掛けた。まぁ割と結構な人数が素直に集まってくれたぜ』
そう。吐叶市に初めて初めて大規模ダンジョンが同時に複数発生し、そのいずれもが大量の魔物達を吐き出したあの日だ。
『荒唐無稽にも程があるから組長のことは一旦伏せてな。死にかけのジジイが復活してバケモノぶった斬ったとか言ったら絶対情報の信用度下がるし。だからみんなブッたまげてたぜ』
『お前らが魔術を扱えるようになった原因は……』
『そゆこと。組長から教わった……んじゃなくて、勝手に見て覚えた。“火球”を最初に扱えるようになったのは組の中じゃオレが最初だったんだぜ?』
ぐい、と親指を自分の鼻先に向けて自慢げに黒田は語る。その辺はどうでもいい。
何故かは知らないが、牛緒源一郎は魔術の……教科書に当たるものを持っていたのか?
『オレらが避難生活のメド立ててる横っちょで、組長は手を振り回したり、何か見えないモンを握りこんで投げるポーズ取ってた。そん時は何をしたいのかは分からんかったけども、一応何かをやろうとして、それを失敗しまくってるっていうのは分かった。本人めっちゃ舌打ちしてイラついてたし』
つまり牛緒源一郎は魔術の心得もあるのか?注意するべきことが増えてしまった。知らないよりはいいが……
『最初はやっぱりボケてんのかなと思ったんだよな。でも、そんな考えは……突然組長の手の平から火炎放射器よろしく放たれた火柱にかき消された。室内でやってたから壁が真っ黒よ。コンクリ打ちっ放しの壁で逆に助かったぜ』
『それはやっぱり魔術の練習だったというわけか……かなり扱えるのか?』
『いや、器用な方じゃねぇな。それ以降使ってるトコあんまり見ねぇし。基礎的な魔術の“火球”も結局満足に扱えてない感じだった』
『そうだろうね。その火柱というのは“火球”の成り損ない……撃ち損ないと見て間違いない』
この三人組の中で最も魔術に明るい、闇の住人が口を開く。
『よく例に挙がる失敗なんだ。魔力を持っているヒトが皆器用とは限らないからね。恐らく“火球”を構成する個々の術式への出力が上手く調整できてないんだろう。火の球を構築する前に吹き出してしまっている感じかな。魔術を扱う本人も手酷い火傷を負う危険な状態だよ』
『成程……為になります』
『……その割にはあん時の組長、平気そうだったなぁ……まぁともかく、到底手品には見えねぇそれにオレらは当然引き寄せられた。そん時に、組長が黄ばんだボロイ本を開いて熱心に見てたこと、組長がやたらと一生懸命に練習してた動きがその本に描いてある絵と一致することに気づいた』
『え?魔導書に絵が?』
またもや隣りから、裏返った素っ頓狂な声が聞こえる。
……そんなおかしいことなんだろうか?
『ええ、おかげで覚えやすくて……あれも組長に墨をいれたエルフのヤツなんすかね。別の魔導書もある程度読めるように今思うと、アレ異質なんすよね。まるで“現代社会の人間”の為にあつらえたみてぇな、そんなへんてこりんな親切心を感じる出来でした。組長が開いてるページをこっそり覗き込む程度のオレらでも学べる内容にまとまってて、こっちのフーゾクにある程度詳しくねぇと描けない内容もあって……あっフーゾクってのはあっちの方じゃねぇぞ』
『文脈で分かるわ。馬鹿にすんな』
『……ご老体に魔術紋を施した人物と魔術書を残した人物は同一だろう。恐らく森白人なのもほぼ間違いないと思う……ただ、理由が分からない』
金色の前髪に隠れた額。そこに答えの見つからない疑問への苦しみを表すかのように皺が寄る。
『もう時期に関しては“そういうことがあった”で納得するしかないけれども、非常に排他的な傾向にある森白人が……異世界のヒトにそこまで与えた……心を砕いた理由はなんだろうか……』
『……疑問が尽きないのは分かりますが、それも“そういうことがあった”で納得するしかないかと。少なくとも今のところは』
うーん、と子猫の唸り声にも似た声を捻りだしながらセラさんは首を傾げる。余程不可思議に感じるらしい。金の御髪の上に見えないハテナマークが浮かんでる気さえする。
『あん時ゃ人生でいっちばん勉強ってやつに身を入れたね。大学受験する時もあそこまでじゃなかった。なにせバケモノ共に対抗できるかもしれない手段がいきなり生えてきた訳だからな。先生がいないのがキツかったけどな。組長も満足に使えなかったワケだし』
『……つまり、それまではその魔導書を開いて練習をすることはなかったんだね……いや、この世界には迷宮が出没するまでそもそも魔力というものが物理的にも概念としても無かったんだ。練習のしようが無い。当たり前だ……?……いや、それはつまり、その魔導書を託した森白人はこの世界に迷宮が転移することを予見していた?……それは、つまり……』
……セラさんが思考の海に沈んて行く。前々から思っていたがかなり学者の気質が強いらしい。
『まぁとにかく。ズブの素人集団がダンジョン由来の異常繫殖を──三割くらい──押し返せる魔術使いに仕上げられる魔導書が例の地下室にあると見て間違いねぇんだ。そんなモン欲しいに決まってる。そんなん立て直した新しい組織の教科書にできたらどんだけ得か。ヨダレが止まんねぇ。お前だって興味あるだろ?これからテメェらの身がどうなるか分からねぇ。なら力を蓄えたいだろ?』
黒田の言う、此方のメリットは分かった。確かに、非常に興味深い。今も魔術の師匠としてはセラさんがいるがそれはダンジョンの管理の傍らやってもらっている。その苦労を慮らないといけないのは勿論、セラさんに教われることにも限界は存在する。力を得るには自分から貪欲に学ぶ姿勢が必要だ。
『サジ君。正直なところを言うと、私も非常に、興味がある』
思考の深海から浮上した彼女の瞳が此方を見据える。その紅い虹彩が、獲物を見つけた肉食動物の様に爛爛と輝いている……そう感じる。
『この世界と、私の世界が繋がった手掛かりがそこにあるかもしれない。君には苦労を掛けるけれども……』
『分かりました。協力させてください』
魔術の錠をどうにかしなきゃならない本人に問題が無いなら、自分が何か口を挟むこともない。
どちらにせよいつかは……というより牛緒組の瓦解への一手は早急に打たないといけない。力を尽くすだけだ。
『いいねぇ!──あ、それとだ。まぁ無いと思うけど、もし組長が持ってる長柄の匕首がもし置いてあったらそれも欲しいな。あれも見たところ、異世界から持ち出されたトビキリの値打ちモンだぜ。昭和から組長が振り回してるのは間違いねぇのに刃こぼれ一つねぇんだ。こっちの世界のもんじゃありえねぇ。あっそれと多分中にあるゲンナマか、そうでなけりゃ多分宝石類に変えて収まってる財産も忘れねぇでくれよ?一緒に埋まっちゃあ、あんまりにももったいねぇ!モチロン持ち出した時点で組長にはモロバレだからその辺詰めようぜ!ヒュー!わくわくしてきた!』
『……お前、どんな状況に置かれても人生楽しめそうだよな』
『なにいってんだ。人生は楽しむタメにあるんだからあたりめぇだろ!』
『説得力があるなぁ』
『あるん、ですか?……あるかな?』




