夜闇に紛れて その2
『この扉の先なんだけどよ。組長は元事務所に帰ってきた時大体ここで過ごしてるみたいなんだよな。この向こうで』
裏切る算段を付けている男を未だに組長と呼ぶ、妙なところで律儀な男はスマートフォンの画面を人差し指で軽く叩く。
『元事務所の中にもカメラはいくつか仕込んでんだけどぜんっぜん組長の姿は映んなくてよ。消去法でここしかねぇ。この向こうにはカメラ仕掛けてねぇしオレ入ったことねぇし……そもそもこんな地下室あること自体、異常繁殖が落ちついてから分かったことだし』
『地下室で過ごしているのかい?吸血鬼じゃあるまいし……』
『馬鹿力と不死身っぷりは吸血鬼もかくやって感じなんすケドね。むしろそうなら弱点は分かるしやりようがあったんスけども……残念ながら棺桶で寝てるトコは見たことねぇなぁ』
仮にそうだったとしても、牛緒源一郎の胸に杭を打つことは難しいだろう。そもそも聞いた話を総合すると打たれた杭の方がひん曲がるような身体をしている筈。
『それで、この先にも罠を仕掛けておきたいということか。大抵の時間此処にいるということなら確かに──』
『ああいや、この地下室はいいぞ。というかむしろ止めて?』
『は?何でだ?』
『中に罠仕掛けちゃうと逆にまずい。この地下室、事務所の間取りを考えると大分セマくてよ。家具の配置とか死角にもよるけど組長にバレるリスクが上がっちまう。そうなったらダイナシだ。芋づる式に犯人割られてオレはクビ斬られる』
比喩表現ではなく文字通りの意味だろう。
『そもそも今考えてる大まかな策は組長をこの地下室に閉じ込めちまおうって感じでな。組長がのんびりしてる間に建物を爆弾なりなんなりでガレキの山にして地下室の蓋にしてやろうっていう。まぁまだまだ詰めるとこだらけの作戦だけどな。その後どうするのかも含めて……例のお手製ゴーレムにも出張ってもらう予定だし』
……成程。その作戦が完璧に遂行されれば確かにあの事務所は牛緒源一郎を閉じ込める檻に成り得る。流石にそうなれば如何様な怪物が相手でも這い出るのは容易ではない。相手は一応は人間である筈だし、体力にだって限界はある筈。長期戦に持ち込んで酸欠で弱らせることも可能だろう。
それは理解できる。
『じゃあ何でこの……魔術の錠を破れるかなんて聞いてきた?今聞いた具合だと用事ないだろ』
『ああ……ま、あれだ。組長の座から降りてもらう前に形見分けはしてもらわねぇとなって話よ』
『え?この先は金庫か何かかい?』
『……やっぱり空き巣じゃねぇか』
『まぁまぁマァ。お前らにとっても損になる話じゃねぇからさァ』
両手をヒラヒラさせながら、胡散臭い訪問販売員を想起させる言の葉が黒田の口から繰り出される。
『その地下室なんスけど、まぁ確かに金庫みたいなモンでしょうね。実際金もあるだろーし。組長、過去に片づけた“仕事”の割に羽振りがよくなかったからどっかに貯めこんでるのは間違いない。今さら分かった地下室の存在でそれは確信してる。ヤクザが口座持てるワケねぇし。ゲンナマかモノに変えたのかは分からねぇけども』
『……今更、金が欲しいのか?大して活用できる道はないんじゃないのか』
現代社会が異世界と繋がり、向こうからやって来た怪物達の流入により社会体制というものが崩壊した今、信用からなる貨幣制度というものは大打撃を受けている筈。
地域や自治体にもよるところはあるだろうが、価値は暴落しているだろう。
『視野が狭いぜ鬼月クン。まぁ吐叶市から出てないなら仕方ねぇかな?』
鼻を鳴らし、アメリカンホームドラマの俳優のようにヤレヤレと首を横に振る。
ムカつく。すごい腹立つ。
『まぁ言いてぇことは分かる。オレも金は“ついで”だしな。ホンメイは別にあんのよ』
『その……本命が何かは分からないけれど、老人と共に埋もれてしまっては困るからその前に持ち出してほしいと。そういうことだね?』
『そーのとおり。流石姐さん』
セラさんの目的を確かめる言葉を受け取ると、ゆっくりと腕を組むと今度は首を深く縦に振る。
いちいち仕草がオーバーなんだよな。頭を叩かれたボブルヘッド人形の物真似でもしてるのかと思うくらいだ。
『で、持ち出してほしいホンメイっていうのはだな……ズバリ“異世界からの品々”だ』
『異世界……?あっ私の世界のことか』
ちょっとピンと来るのが遅れたようだ。致し方のないことだろう。銀河の彼方から飛来した宇宙人から見れば地球に住む人類こそが宇宙人であるように、遠いところから遥々やってきたこの穏やかな吸血鬼にとっては“こっち”が異世界だ。
『ええ、姐さんが魔術紋の話してくれたおかげで確信しましたぜ。エルフが関わってるんですって?オレ、エルフにはまだ会ったことないんスよね。キレイどころ揃いってのは聞いてるから仲良くしてみてぇとは思ってるんですがね』
ニマニマと品の無い笑みがろくでなしの顔に浮かぶ。綺麗どころがどうとか言っている辺り何を考えているかは想像がつく。想像したくないが。
『ああ……うん。種族の特性として外見が大変整っているのは確かだね。でも仲良くするのは難しいんじゃないかな』
『えー?なんでッスか』
年甲斐もなく──幾つか知らないが──唇を尖がらせる馬鹿に対して、優しく諭すようにセラさんは言葉を続ける。
『一言に纏めると、大体の森白人は物凄く気難しいから。言わずと知れた長命種の代表格なんだけど、その何千年という生涯を産まれた森の中で過ごし続けるのが常識だという種族だからね。長命種は価値観が保守的になりがちなんだけど森白人は飛び抜けてそうなんだ。私が向こうで見聞きした限りは』
さらっと何千年生きるだとか、創作でしか聞かないとんでもない話が出てきた。こっちの世界で比較対象になれるのは屋久杉か縄文杉くらいだろう。
……そういえば、吸血鬼も恐らく長命種の枠組みに入る筈だ。セラさんは今お幾つなんだろうか。
『こっちの……君達が言うところの“異世界”でもまともに相手してもらえるのは難しかった。あのヒト達にとって他の生き物は自分よりも積み重ねた月日が遥かに浅い未熟者だから。そんな考えを持っていれば当然ながら他種族とは合わないしズレていくし、他者を下に見てると当然ながら相手から煙たがられる。距離を取られれば新しい価値観を取り入れる機会は減って更に頭を凝り固める。そんなヒト達がこの……こっちの世界のヒトと話を合わせるのは難しいのは想像に難くないだろう?』
それはそうだ。現代社会での人間同士ですら十年かそこら世代が違えば話が合わないのに、千年単位の隔絶があればもうどうにもならない。
『えー……もし出くわせてもノーチャンスってことッスか。姐さん取り持ってくれたらなんとかなりません?長命種同士っスよね?』
『何馬鹿なこと言ってんだ。そんなことより──』
『うーん。それやると恐らく余計こじれるよ。吸血鬼は……まぁ大抵の種族からそうだけど特に森白人からは嫌われてるから』
……脱線する話を戻そうとしたら遮られてしまった。まぁ……いいか。多少は。
『そうなんスか?何か昔にドンパチやらかしたとか?』
『吸血鬼は大抵の種族と敵対してるよ。だからまぁそれとは別に理由があってね──結構間違えられるんだよ。吸血鬼と森白人』
『はい?間違い……ですか。セラさん』
丸机に肘をつき、両手で顎を支え、吸血鬼のダンジョンマスターはその深紅の瞳で虚空を見つめる。
『うん。森白人の特徴なんだけど……外見的に中々被っているところがあってね。尖った耳に白い肌。森白人は鬱蒼とした森の奥に居を構えることも多いから端から見れば日光を避けているように見えなくもない。それにお互い魔術が達者な傾向にある。後他の種族に対して排他的っていうところもよく似てる……まぁつまりだね。噂話だけをアテにされ、吸血鬼と誤認されて討伐隊を差し向けられた森白人ってそれなりにいるんだよ』
『あれま』
『そんな目にあっていい印象は持たないだろうね。向こうとしては……さっさと滅んでくれっていうのが本音かな。きっと』
……もう十分だ。話を戻す。
『それで、そのエルフが牛緒源一郎とどう関わったのか知らないが、それ由来の品物が地下室には保管されてると踏んでるんだな?そうだな?』
『ん、おお、そゆこと』




