魔剣 その1
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「……で、そっからも凄かったな。血の雨って言葉があるけど、そんなもんじゃねぇ。血肉の嵐だったよ。アレは」
目の前のチャラついた茶髪の男、指定暴力団牛尾組構成員・黒田羽久人は舌を回し続ける。
「案の定ナイフはすぐダメになった。でも組長はちーっとも意に介さなかった。泥人形の腕ごとモギ取る勢いで武器を奪って暴れ続けた」
ふと、気になってセラさんの方をチラリと横目で覗く。
……食い入る様に丸テーブルの上に置かれたスマートフォンにその紅い瞳を向けている。
「……して……なら……時期が……いや……そう考える方が……」
隣に座る自分にギリギリ聞こえる程度の声量で何かをブツブツと呟きながら。
「……姐さん大丈夫ですかい?話聴けて──」
「問題ない。続けてくれ」
“えっお前が答えるの?”と言いたげな黒田の視線が自分に刺さる。
確かにセラさんの興味は異世界の電子機器に注がれている様子だが、同時に尖った耳をピコピコと動かしている。
「いやまぁ、ならいいけどよ」
これは“話は聴いているから続けてくれ”のアピール。それなりに生活を共にしておかげでそういう癖があるのは把握している。
……画面に映るのは牛尾源一郎が背中の刺青を露わにした姿。刺青の類いが物珍しかったのだろうか?異世界にはそういった文化が無い?
「組長が腕を振り上げる度に、引きちぎれた肉と黒っぽい血が空に向かって噴き上がった。あ、あとは何かしらの破片とかも一緒に」
白磁の肌を持つ吸血鬼から、口元に輪っか状のピアスをつけたチャラついた男に再び視線を戻す……よく見たら舌にも丸いピアスが入っている。あまりこういうお洒落には共感がしにくい。
「そういうのはぶっ飛ばされた泥人形の身体とか……組長にこっぴどく扱われてぶっ壊れた武器の破片とかだった。そんなのが噴き上がって、イキオイよく降り注いでくるワケだよ。文字通り鉄の雨が降ってくるのよ」
あの日の空は、確か曇っていた。
だが、空もそんな惨い雨を降らせるつもりは無かっただろう。
「傘でどうにかなるモンじゃねぇからさ。チマナコで、なるたけ軽くて丈夫そうな盾になりそうなモン探して、窓枠ごと外れた鉄線入りのガラスを見つけた。それを恭しく掲げさせて頂いて難を逃れたよ」
何かを崇めるように、黒田は天井に向かって万歳の姿勢をとる。
異常繁殖の前はただの景色だった窓硝子も、当時の黒田にとっては救いの神だったのだろう。
「熊鼠共は途中で逃げてった。あの群れの中で唯一生存本能ってヤツを持ってたからな。おかげで全滅は逃れられたワケだ。肉と泥でできた哀れな人形共とは違ってな」
……かつて、生きて自分の人生を送っていただろうゾンビも“人形”の括りに入れるところに、この男の死生観が窺える。
「アップアップしながら必死こいて後ろについてった。そんで、オレが吹っ飛んできたゾンビの生首と目が合ってエンガチョしてた時だったな。組長がやっと足を止めたのは」
「……結局、牛尾源一郎は何処に向かおうとしてたんだ?」
「事務所だったよ。牛尾組の」
牛尾組の事務所。吐叶市にダンジョンが現れる前、警察官だった父さんに所在を聞かされた覚えがある。
『近づかないようにしなさい』という忠告を含めて。
確か、大通りから少し離れた交通量が控えめな脇道。それに沿う位置に建っていた。
薄茶色のレンガ状のタイルに覆われた四角いそれは、パッと見た印象だと公民館にすら見えたが、玄関口に貼り付けられた厚みのある木の板──太ましい筆を押し付けるように書き付けられた“牛尾組”の文字がそれを否定していた。
子供心ながら『ヤクザって皆デカい屋敷に住んでる訳じゃないんだな』と特に役に立たない知見を得た記憶がある。
「……何か、忘れ物でも取りに行ったのか?」
「おっスルドイじゃねぇの」
適当に言ったが合っていたらしい。
昔に流行った芸人の真似をするように、黒田は両手の人差し指をビシリと此方に向けてウィンクを一つ。
嬉しく無い。
「まぁゲンミツには“忘れ”物ではねーんだろうけど。あんなモン入院先にもってけねぇし」
蝸牛が角を引っ込めるように人差し指をしまい、机の向かい側に佇む男は話を戻す。
「オレが見覚えのある景色に気づいて、キョロキョロしてたら……組長がさっさと中に消えてった。突っ立ったまんまのオレを置いて」
「うん……うん?着いていかなかったのか?」
言わずもがな周りは魔物だらけだった筈だ。
その魔物を枯葉の如く吹き飛ばす自由意志を持った台風。その目から離れる選択肢を、自分が所属する組織を裏切る算段を立てるこの強かな男がとったとは思えない。
「モチロンそうしようとしたけどよ。
『手前ェは入るな。来たら殺す』って言われちまったからな」
……どうやら台風の方から拒絶されたらしい。
「それが脅しじゃなくてただの宣告っていうのは身に染みて分かってたし……組長が暴れまくったおかげで周りに化け物の影は無かった。一時的にだけどな。あの瞬間だけは中より外の方が安全だったのさ……とはいっても組長が戻ってくるまで生きた心地しなかったけど」
当時のことを思い出したのか、ぶへぇ、とギリギリまで素潜りをした後水面から顔を出したダイバーのように、牛尾組の反乱分子は息を吐きだす。
……ほんの少しだけ、黒田羽久斗という男に親近感が湧く。
話を聴いている内にこの男もあの地獄を生き抜いた一人なのだということを改めて実感させられる。
自分が親しかった人は異常繁殖による騒動……またそれによる“二次被害”によって、身の回りから消えていった。
元より交流関係は狭かったこともあって、こうしてあの時のことを他人と振り返るのは……よく考えたら初めてだな。
いかん。気を引き締めないと。こいつは平和だった頃から裏社会で生きてきた人間。気を許し過ぎてはいけない。
「それで、爺さんは何を取ってきたんだ」
「匕首だよ。組長がずぅーっと愛用してた……いや形状的にはもう匕首っていうより刀寄りかな。見せた写真にも映ってたろ?戦前から組長が愛用してた長い柄付きの匕首……長柄の匕首だ」




