the arrival of a monster その3
とにかく組長は急いでるみたいだった。ズンズン歩いてるようにしか見えないのにこっちは足をばたつかせて走らないと追いつけねぇ速さでな。あれはどういうカラクリなんだろうな。
で、そうこうして足をバタつかせてる内に狭い横道を抜けた。
同時に周りから人の気配も消えた。正確には“生きて動いてる人”の気配がな。
代わりに、腐ったタマネギ顔面にぶつけられたみてぇなたまったモンじゃねぇ臭いが鼻ん中に飛び込んできた。
鬼月もあん時吐叶市にいたんなら……っていうかダンジョンに潜ってたんなら分かるだろ?まず鼻にくるんだよ。
スッカリ骨だけになったスケルトンはともかくとして、腐った肉と黒い汁を撒き散らしながらヨタヨタ歩いてくるゾンビはほんとキツイ。涙出てきたもん。ゾンビは異常繁殖の第一波以降、今んとこ市内で確認されてないのは救いだな。
……え?死体処理?してねぇよ。慣れてなかったよ死体になんか。ヤクザがみんな山に死体埋めてると思ってんのか?職業差別だぞオラ。
まぁ臭いの元はゾンビだけじゃなかったんだけどな。
で、まぁ、とにかく。
そん時は涙目を必死に拭って状況を確認した。
そしたら涙の代わりにゲロが出そうになった。
ノッペラボウの……乾いた泥でできたマネキンみてぇなのが、道路を這いずって逃げようとしてた若いニイちゃんの背中を錆びた剣で突き刺すのが見えた。
ニイちゃんは刺された瞬間口をデッカく開けて、何か叫びたそうな感じだったけど、結局声は出ないままパタンって道路に頭を落とした。
デカい灰色ネズミが──今は熊鼠って呼ばれてるヤツが、舞台に上がったオレ達には目もくれず、もう原型もワカンねぇピンク色の細長い肉を引っ張り合いながらムシャムシャ食ってた。具体的に何を食ってたかは言わせんなよ。
まぁ、唖然としてた──そしたら突然。
『キエェェェェ!!』ってな。
金切り声が上がった。キンタマ縮み上がったよ。
急いで声の方に目をやった。そこには、鼻毛にぶら下がったハナクソみてぇに、ポロッと落ちた目玉を神経の束でブラブラさせてるゾンビがいた。
そいつが腐った骨が見える指でコッチを指しながらヨタヨタコッチに近づいてくんのさ。
……今思えばあのゾンビは、作った奴の意図を汲むなら“警報器”的な役割があったんだろうなぁ。
金切り声が響いた瞬間、バケモン共の視線がこっちにブッ刺さるのを感じたよ。
熊鼠はゴチソウを取り合うのを止めて、肉片の付いた長い鼻をオレ達の方に向けた。
まん丸のつぶらな目が逆にキモかったな。
トウフもキレイに切れなさそうなガッタガタに錆びた剣に──アレに刺されたんだと思うと今でもあのニイちゃんには同情するね──使い込みすぎて打面がひしゃげた両手槌を抱えてカクカクした動きでコッチに近づいてくる泥人形の群れ。
まぁお察しの通りゴーレムの一種だな。今でも庭泥亭の中で存在が確認されてる。
後は、そいつらに比べたら数は少なかったけど……インパクトは一番あった、腐った肉の臭いをまき散らすゾンビ。
ヨタヨタ歩いてくる奴に、足が途中でもげたのか這いずって近づいてくる奴。電源切れたみてぇにボーっとしてる奴。色んなのがいたぜ。多様性だな。
まぁ、とにかく。例の指差しゾンビはあの鼓膜に穴空いちまいそうなやかましい声で周りに知らせてたんだ。
“ここにまだ生き残りがいるぞ”って。
あの通りで生きてる人間はオレ達だけだったから……その場の全戦力が二人の人間に向かって来たワケだな。
『いや無理無理無理……組長!逃げますよ!狭い道入りましょ!それならアイツらつっかえて追いかけてこれない──』
オレがビビり散らして組長の背中ごしに必死の提案をしてた時だったな。
バチィンって、アスファルトを思いっ切り鞭で引っ叩いたみたいな音が響いたのは。
『────!?』
声も出なかったよ。反射的に音の方を見たら、組長の方に向かって飛びかかる熊鼠が見えた時は。
ほぼ同時に血飛沫が飛び散った。真っ赤で生臭いのが。
『──っえ?』
それとほぼ同時に“二匹の熊鼠”がそれぞれ組長の右と左をすり抜けて──ベチャンって道路に張り付いて動かなくなった。
『鈍だ』
『は?』
『一匹斬っただけでもう欠けていやがら。根性無しが』
組長は不満そうに立ってたよ。
頭からケツにかけて真っ二つになった、熊鼠の死体の真ん中で。
『やっぱり、ナガエのを取りに行かネェとなァ』
そうボソっと呟いて、得物を軽く振って、傘に付いた雨粒を払うみてぇに血を落とした。確かにあの幅厚の刃にヒビが入ってた。
……ケモノを頭蓋骨ごと叩き割るような使い方すりゃそうなるだろうな。カワイソウに。ナイフは文句を言われる筋合いはねぇよ。
『な、何?長柄?取りにって……どこに?』
『嗚呼、でもいいなァ。何も考えなくて可い命の取り合いができラァ。久しぶりだ』
会話が全く成り立ってなかった。
一応アタマはしっかりしてたハズだから答える気がなかったんだろ。
『糞と糞の殺し合い。何も考えるこたァねェ。嗚呼、可〜い命の取り合いだァ』
熊鼠共の足は止まってた。鼻先の髭をユラユラさせて、姿勢を低くしてただこっちを見つめてた。
畜生のちっこい脳ミソでも目の前のジジイが異常なのは理解できたんだろうな。
『──ウワッ!?』
警戒心を強めた鼠共の代わりに組長の懐に飛び込んできたのは、さっきの泥人形だった。
例の錆びた長剣を──人間だったら確実に肩が外れてる角度まで振りかぶって、振り下ろした。
『──ドゥオァ!?アッ!?』
そんで、何か、半端じゃなく硬いモンに鉄がぶつかる金属音が響いたと思ったら──根本から折れた剣の刃が草刈り機みたく高速回転しながらこっちに飛んできた。草刈り機と違うのは縦に回ってたトコだな。
とっさにしゃがんでなかったら頭にぶっ刺さって、ハロウィンにありがちな仮装にみてぇになってただろうな。
『ああそうか。命無しもいやがったな』
組長は相変わらずそこに立ってた。一歩も動いてなかった。つまりだな。泥人形が振り下ろした剣を“躱してなかった”ワケだ。
あの金属音は組長の身体と武器がぶつかって、剣が負けてブチ折れた音だった。
武器を失くした泥人形が、その体ごと思いっきり振り下ろした腕を上げようと──する前にツッカケを履いた組長の足が高く上がって、踵落としの要領で低い位置にあった頭を踏み潰した。
「──!!」
映画でしか聞かねぇ怪獣の足音みてぇな音が響いて、海に揺られてる船よろしく足元が揺れて──組長の足元には、ヒビだらけになってへっこんだアスファルトに頭から埋まって、足だけをマヌケに出して動かなくなった泥人形がいた。
『マァ、やるこたァ変わらん──おい、どうした。コラ』
もう飛び掛かってくる奴はいなかった。バケモンの群れの中で感情を持った生きモンと言えんのは熊鼠位だったけど、明らかに異常な存在を見て、怯えて、足がすくんでた。
『テメェらがちょっかいかけてきやがったんだろうが。来い。早く──己を地獄に送ってみろやァ!!』




