魔剣 その2
長柄の匕首。
ナガエという言葉は確かに先程耳にした。
『やっぱり、ナガエのを取りに行かネェとなァ』
つまり、牛尾源一郎が緊急時にも関わらず突飛な行動を取り続けた真意は愛刀を取りに帰る為だったと。話の着地点としてはそういったところか。
……流れで着いていったコイツにとっては傍迷惑な話だっただろう。
「で、まぁ愛刀を取り戻した後は水を得た魚というか、カミソリを持った猿っていうか。さっきチラっと言った通り事務所は吐叶市三大ダンジョンの庭泥亭の近くにあんだけど、組長が大暴れしたおかげで周りから魔物共の気配がプッツリ消えちまった。化け物サイドも学んだのかオカワリもこなくなっちまった」
「そうか……ん?」
生き残る為、自分達が打倒しなければならない強敵。牛尾源一郎の怪物性については理解した。
──しかしだ。そもそもこの話は俺が“あの写真”を見たところから始まった筈だ。
枯れ木のようだった牛尾源一郎がベッドに横たわる写真。発端の疑問が解決していない。
「いや待て。結局分かって無い。何でお前のところの組長は、この、さっきの写真──あ、申し訳ありませんセラさん。まだケータイ見てますか?ちょっとお借りしても……見てる?あっ見てるんですね。それなら大丈夫です。はい──さっきの写真にあった寿命間近の姿から復活できた?説明が無いぞ」
「それな。結論から言うと……ぶっちゃけハッキリしたことはわかんねぇ」
「は?」
散々気を持たせておいてなんだコイツ。
「でも、仮説はある。根拠を握れてねぇからオレの頭の中だけにあるフワフワのヤツだけど」
「ああそうなのか……じゃあ、それはなんだ」
「組長の背中にデカい木のバケモンの墨がはいってんのは見たよな?……というか姐さんが今も見てるな」
「見たよ。勿体つけずに早く具体的に言ってくれ」
牛尾源一郎という百歳越えの老人がベッドから起き上がった時、奇妙なことに背中の刺青が淡く光っていたというのは聞いた。その辺りが何か“仮説”とやらに関係しているのかもしれないが……
「分かった分かった。オレもこれに関しちゃゴーレムの製造を手掛けてから気づいたことなんだけどよ──」
「白森人だ」
「……はい?」
太くガラの悪い声を、異様に通る凛とした細い声が遮った。
「セラさん?エルフ……がどうしましたか?」
「この人に刻まれてるのは白森人の、中でも森司祭としての経験を積んだヒトが刻み込んだ魔術紋だ。そうとしか思えない」
パァン、と乾いた破裂音が響く。
「……こいつァ大収穫だぜ。組んでみるもんだなぁ同盟。思わず文字通りヒザを打っちまった」
急に大きな音を出すんじゃない。一瞬銃声かと思っただろうが──
いや違う。そうじゃない。
「セラさん。魔術紋?とは……」
「聞いて字の如く、魔術に関する紋様の総称だよ。できるだけ短く端的に言い表すなら、魔力の導線といった表現が近くなるかな」
我が吸血鬼の主人の赤い瞳がやっとスマートフォンから離れて此方に流れる。
「異世界の技術だから取り込むのに苦労したけどオレが造ったゴーレムにも描いてあんだぜ?顔にパソコンの基盤みてぇな模様あったろ」
「あぁ、魔力の方向性をしっかりと絞った紋様に仕上がっていたね。あれには独学で辿り着いたのかな?だとしたら大したものだよ。ああいった直線を組み合わせた紋様は見覚えが薄いけれどもあれはこの世界の風土から影響を受けているのかな。ただあれは機械的な動きには最適だけれども魔力の抽象性を廃しているのはどうしても惜しく思ってしまうな。まぁ“短杖は長杖に成らぬ”と言うし仕方のないことだけども。いや使用用途の制限も兼ねているとしたらそういった訳でもないのかな?ただ魔術紋と術式を直接彫り込む魔術式の接続が少しうまくいっていない部分があったね挑戦しようという精神はとても良いと思うけれどまだ腕に不慣れが残っているなら魔術紋か魔術式どちらかに絞って運用することをお勧めするよこの迷宮第二層で働いてもらってる石人形もその二つを組み合わせてるんだけれども中々苦労したんだあっでも直接文字に起こしたものも魔術紋の括りにいれてしまう大雑把な人も多いくらいだから──」
「急にスゲェ喋るじゃないすか」
異世界の技術。魔術紋。
それが、液晶画面に映し出された老人の背中にある。
……いや、おかしいだろう?
「黒田。この……牛尾源一郎の刺青、いや魔術紋か。これはいつから彫ってあった?」
「ん?ああー……組長が戦争から帰ってきてヤクザの仲間入りした時の白黒写真見たことあるけど、その時点でもう背中にあったな」
「いや、ならおかしいだろう。異世界と此方が繋がったのがいつ頃だと思ってるんだ」
そう。明らかに時系列がおかしい。
「本格的に“始まる前”確かに海外では小規模なダンジョンの出現が確認されていたとかの話は聞いたことがある。でもそれも精々十年前かそこらだった筈。この爺さんが──」
「でも、事実として組長の背中には異世界由来のモンモンがある」
今度は、自分の疑問をガラの悪い声が遮る。
「今まで疑う要素はいくらでもあった。“そう”でなきゃおかしい出来事もアホ程な。でも鬼月の言う通り時期がおかしいとはオレも思ってたし、確証が欲しかった……いやぁ色々あったが姐さんのお墨付きをもらってやっと確信できたぜ」
スーツを着込んだ男の手の平がもう一度膝を叩く。パァン、と乾いた音がもう一度響く。
「──牛尾組組長、牛尾源一郎は現代社会がダンジョンを認知するよりずっと前から、異世界との交流があった。間違いねぇ」




