一蓮托生 その5
「……しかし、下剋上ということは、楽観主義の上層部と……その抑止力レベルの化け物をどうにかしないといけないんだよな」
「そういうこと」
「殺し屋……」
セラさんが息を呑むのをよそに、黒田は再び光る板に目線を落とし親指を走らせ──此方に差し出す。
「その調子だと組長の顔も知らねぇだろ。見ときな」
そう告げる男の手の平に乗っかった携帯には、牙が大人の腕程もある巨大な黒狼──が、無惨にもその頭部を椿の花が如く落とされた姿。そして、それを足蹴にする、鍔の無い刀のような物を携えた男の姿が写っている。
“恐らく”ベージュの古臭いチノパンにベルトを巻き、菊の花に似た模様をあしらったジャケットを着ている。
コーディネートとしては壮年の男性が自然と着込み始めるものといった印象だ──ズボンの色が分かりにくくなる位、返り血に塗れてなければ余計な感情を抱かず素直にそう思えただろう。
そんな服装した本人の頭は非常に短く刈り上げられ、顔には深い皺が刻まれている。
白髪とその深い皺から老人だというのは分かるが……巨狼の頭を踏みつける、しゃんとした足腰。脱力しながらもしっかりと刀を握るその太い腕。とても百歳近いとは考えられない。
「これ、後々吐叶市を纏め上げるのに使おうかと考えて撮ったヤツの一つでな。牛尾組のリーダーが皆さんを脅かす化け物を退治しましたよって。まぁ企画ごとボツにしたけど」
「なんでだい?」
「写真写りと人相が絶望的に悪いんで」
「ああ確かに……」
宣材写真にするつもりだったことのだけはあり、情報量が多い構図の中でも顔はハッキリと写っている。
自分のだか魔物だか分からない程血に塗れ、皺と古傷だらけの頬を突き破らんばかりに上がった口角。瞳孔が開き切り血走った目玉。
人間よりも悪魔か鬼に近いその形相を見て、街を救った英雄として素直に受け止められる人間は多くないだろう。
返り血がうっとおしくなったのか興奮したからか、シャツを脱ぎ捨てて上裸で刀を振り回している画像も混ざっている。背中には古めかしいヤクザらしく、背中の皮膚全てを、こういってはなんだが細部まで凝った見事な入れ墨が埋め尽くしている。
……しかし、これは何だろうか?
ヤクザが好む入れ墨なんて知らないが、たいていそういう輩は竜だの虎だの鬼だののそういった攻撃的で厳めしいデザインを好むと思っていたが……牛尾組の組長だというこの老人が背負っている紋様は、少なくとも見える範囲では雄大な樹木のようなものに見える。
ただ、幹の部分には木の洞を模した目玉が浮かび上がって、それが樹木特有の神秘性を掻き消し怪物然とした雰囲気を醸し出させている。
……まぁ、こういうのもあるんだろう。今気にすることではない。
「他にも色々撮ったけど似たり寄ったりでなァ。全部ボツにしたわ。どっちがバケモンか分からんヤツばっかでよぉ」
もっとよさげなの撮らせてもらえばもっと楽だったのに……そう愚痴りながら黒田は画面を指で何度も弾く。
次々に映し出される……狂気に満ちた笑みと長物を携えて魔物の肉片と血飛沫を撒き散らす老人の姿。
確かに言う通りだ。これらを選挙みたいにポスターにでもすれば牛尾組が実権を握る日は遠のいただろう──
そう頭の中で整理がついたその刹那。次々と流れていくドス黒い赤に塗れた写真の中に、妙に清潔な白を基調とした画像が一瞬横切った。
「ちょっと待て。なんだ今の」
「ん?」
「ちょっと戻すぞ。三枚くらい後ろの──これだ」
すいすいと人差し指で黒田とは逆の方向に画面をなぞる。すると、先程視界の端で違和感を与えてきた画像が再び表示された。
映し出されたのは、白いベッドに横たわる、口に鼻にテープで固定された半透明の管を通された老人の姿。
状況から察するに病院で撮られたものだろう。撮影時に記録された画面上部の位置情報も市の病院を示している。
画像の主役となっている老人はというと──顔色を見るだけで、死が迫っていることが察せられる。
その眼は落ちくぼみ、眼窩の形に皮膚が張り付いている。
掛け布団の上に置かれ、ガーゼがそこいらに貼られた腕は子猫が踏んだだけでも折れそうなくらい細く頼りない。皮膚の色も相まって枯れ木のようだ。
上半身で画像が切られている為それ以外の状態は分からないが、恐らくどこも似たり寄ったりだろう。
……状態としては、ほぼ死体に近い。
「……この人は?」
ちらりと、テーブルの向こうに腰かける黒田の方へ視線を戻す。
「あん?オヤジだよ」
「君の?随分と年の離れた──」
「いや違いますよ──組長っす。入院してた頃の」
「はぁ?」
思わず再び画面を注視する。
画面上部に表示された位置情報。その下にある日付を確認する。
「……どうなっているんだ。これは」
日付は“吐叶市にダンジョンが現れるより少し前”の、街が平和だった頃の時期を表している。
「ここから、あの異常繁殖を退けるまでに復活したということか?どういう理屈で?」
ギィ、と黒田の座る椅子が軋む。
頭の後ろで手を組み、深く座り直したからだ。
「薄々察してることはあるけど理屈は未だに分かんね……でもよ、現場は見たぜ」
「現場……」
「ええ、息も絶え絶えだった筈の組長が、チューブ引きちぎって立ち上がるところをね。ちょっと聞いてもらえますかね?あの怪物に対抗するためにも情報共有は大事っすから──」




