一蓮托生 その4
「まぁ、それで高速道路は封鎖。無事吐叶市はヤバいのがいる自治体として認識されて遠巻きにされる形になりましたとさ」
蛮行が過ぎる。群雄割拠の時代にも最低限の作法はあったろうに。
「牛尾組、というか組長が特別ヤベーのは間違いねぇけどよ。他の自治体も大概バチバチしてんだぜ」
「仲良くできてる所は無いのかい……?」
「いや、そりゃ同盟組んでるトコもありますぜ。ただ、ダンジョンと魔物、そんでもって異世界からのお客さんもやってきて混沌を極める昨今、ドコも本音は“自分の居場所を守りたい。潤したい”なんですよ……いやぁ、シノギには色々手を出したけど、暴力に一番の価値がつくようになったのは初めてだぜ」
……現代が戦国時代さながらの様相を呈していることは理解できた。かつての偉人達が草葉の陰で泣いているだろう。
「まぁヤクザやってる身としてはてめぇのシマを広げたいってのは共感できますねぇ。みんな自分の田んぼに水を引きてぇんでしょうよ」
「……それで、お前はその田畑を領主様からぶんどりたい訳だな。牛尾組に反旗を翻して」
黒田はもう此方に指を向けてこない。
ただ、ニンマリと笑みを浮かべて深く頷く。
「そーいうこと。やっと本題に入れそうだな?」
「不安定な情勢に便乗して既存の勢力を底からひっくり返す……異常繫殖の時に牛尾組がやったことを今度はお前一人でやろうって訳か。今の立場じゃ満足できないと」
なんとも強欲だ。一度成功の味を覚えてしまえば再びそれを味わいたくて仕方が無くなるのか。
「まぁ、それもあるけどよ。こんままじゃ未来危ういからな。オレの」
「……私達のことを秘密にしてるからかい?」
セラさんの声色に申し訳なさが混じる。そう感じる必要は全くないが。
「ああ、いえ。もっとコンポン的な話でしてね。遅かれ早かれ組長にはどうにかなってもらわねぇと困るんでさ。こんままじゃ牛尾組は立ちいかなくなる」
先程の厭らしさを感じる笑みとは打って変わって、黒田の額に深い皺が刻まれる。
「さっきも言ったけど牛尾組は他所と溝がある。ダンジョン騒動から立て直した当時から遠巻きにされちゃいたが、決定的なのが天日市との対立……というか組長の“使者全殺し”と返す刀で天日市に攻め込んだ件だな。あれから多少経った今も他所からはがっつり警戒対象。精々事情を深く知らない探索者とかが吐叶市のダンジョンへ遠征しに来るくらいだ。それも長居はしねぇな」
当然だ。そんな経歴を持つ者を頭領に置く組織が管理している場所となれば、正直言って滞在中何があるか分かったものではない。金銀財宝が湧くダンジョンが現れでもしなければ近づきたくはないだろう。
「今は何とかなる。昔は脅威だったダンジョンからも資源が採れてる。しばらくはどうにでもなる。でも、それも尽きたら?また新しいダンジョンが現れるかもしれない。でもそこに吐叶市……牛尾組を支えるに十分なモンを蓄えてるとは限らねぇ。そもそもバカ強い魔物やこっちとコトを構える気満々の異世界人が一緒にやってきて滅茶苦茶になるかもしれない。将来的にどうなるにしろ、裏にお互いに思惑があるにしろ、何かしらのやり取りが行える横のつながりは欠かせねぇんだよ。今のままじゃ牛尾組は組織として脆過ぎる」
黒田のチャラついた雰囲気を補強するリング状のピアスを通した口からフゥ、と短いが重い溜息が吐き出される。
「おまけに今上に立ってる兄さん方の多くは現状に甘えてやがる。先のことを考えてねぇ。まぁ元々先細るだけの組……昭和の頃から鉄砲玉をずーっと続けてきた大正生まれの爺の世話をする為に作られた組に割り当てられた人間なんだから、その辺期待するのはお門違いかもな」
「ショウワ?鉄砲玉って?何かの例えかい?」
「ああ……その。ヤクザという組織に属する……殺し屋でしょうか」
「殺し屋!?」
まさか平成も昔となったこの時代にそんな単語を聞くとは思わなかった。というかそんな言葉は創作の世界でしか見かけなかった。
「で、アレだ。カシラがそんなんだ。まともに組織っていうもんを動かしたことがねぇ。というか今も動かしてねぇ。多分まともに探索者組合を運用する気もねぇ。実質的にその辺は人任せにしてる」
黒田は口元を両手で覆い天を仰ぐ。正しくは白い壁に囲まれたこの私室の天井を。
確かに、吐叶市の探索者組合本部には生活上何度も訪れていたが……自分はそんな老人をお目にかかったことが無い。
……あの頃は、故郷の面影も留まる理由も失った吐叶市から離れる為の資金繰りに集中していたし、他人が嫌になって人の顔を積極的に注視しようとなんてしなかったからかもしれないが。
「……いや、今思ったが、そもそも何でそんなのをリーダーにしてるんだ?」
ふと、疑問が頭をよぎる。
「確かに。話を総合すると、そのご老人は言ってしまえば……その、大きな組織を率いる適性に欠けていると思えるのだけれども」
「お前達にも……というかヤクザという人種には仁義というものがあるのかもしれないが。それにしたってあんまりだろう──というかちょっと待て。大正生まれとか言っていたな?なら下手すれば百歳超えてないかその爺さん。そんなのが暴れ回ってるって?何の冗談だ」
円形の机を挟んで放たれる俺達の疑問を黒田は黙って受け取り──再び口を開く。
「姐さんは仕方ねぇけど、鬼月はマジでよく分かんねぇな。オレ達を見かけなかったのは覚えてんのに組長のことは知らねぇって......当時何かあったの?」
「あ?」
呆れが籠った声に思わず苛立つ。なんだ急に──
「吐叶市が異常繫殖に襲われた時、大体だけど三割と七割だったぜ」
「何がだ?」
「組員が覚えたての魔術と武器で退治した数と、組長が愛用の長ドスで斬り殺した魔物の数が、だ」
「……何だって?」
「補足すると七割が組長だ」
「いや……は?いや、待て」
吐叶市が異常繫殖に襲われた時の光景は今でも鮮明に思い出せる。
今でこそ異常繫殖という名称が付けられているが、当時の感覚であの現象に名を与えるなら──津波。海水の代わりに化け物で構成された津波だった。
次々に波に飲み込まれて命が消えていった。それなりに親しかった人も、偶に見かける程度だった人も、全てが。
慣れ親しんだ住宅街も、世話になった学校も、日用品をしょちゅう買い込んだ小売店も、背景として普段意識することも無かった道路も、どんな仕事をしているのか意識したこともない会社が入ったビルも、全てが。
あれを一人の人間が切り払った?
異世界のエネルギーである魔力。それを活用する技術。それらの流入により個人が人知を超えた力を有する例が現れているのは知っている。だが、大正生まれの老人だぞ?
「あれのおかげで牛尾組の活躍が市民に印象づいた。改めて皆様を纏め上げてさせていただくのが大層楽だったぜ──で、件の抗争を仕掛けた時もそうだ。腕利きの使者どもの首を一瞬で刎ねて、返す刀で天日市に攻め込んだ時に一番返り血に塗れたのも組長だ──ほんとはな?あのまま天日市を乗っ取り返すことも簡単にできそうなくらいだったんだぜ?」
「一人の、人間の力でかい?」
信じられない。セラさんの見開いた深紅の瞳と、牙が覗く半開きになった口がそう語っている。
「えーえ。天日市の市街地まで押し込んだのに、急に組長が『萎えた。帰らぁ』って言いださなけりゃね」
訳が分からない。
「ワケ分かんねぇだろ?」
頭に浮かんだ一文をズバリ言い当てられる。顔に出ていたらしい。
「オレ達……牛尾組がな。あの爺を頭に置いてる理由は単純だ。今の世の中に一番の値札がつくのが暴力になったからだ。誰も逆らえないからだ。組長がいる限り、他の自治体がおいそれと吐叶市に手を出せない。あの爺が抑止力になってるからだ」
「……核兵器か、何かか?」
「核兵器だったらスイッチさえ押さなけりゃ発射しないからある意味それよりタチ悪いな」
……こんな存在を知らなかったら、それは……呆れられるな。いくら何でも。




