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chapter 3
詩織との出会いは、暑い夏の夜だった。合コンで、彼女は僕の正面に座っていた。お互い、どうでもいいもの同士だった。
詩織の気分をほぐしてあげようとして、僕は軽口を叩いた。
「そういうのに限って結婚しちゃうんだよ」
そして少し身を乗り出して言った。
「こんなこと、君に言った人、いた?」
詩織は少し考えるふりをして、首を横に振った。
「あなたが初めて」
僕は笑った。詩織も笑った。
そのうち酒も回り、二人の体はどうしようもなく互いの方へ傾いていった。気づけば、そこは詩織のアパートだった。僕たちは、情熱的に求め合っていた。
彼女には、若くして母親になりたいという夢があった。
子どもができたら、一人でも育てる。そんな覚悟を、もともと持っていたのかもしれない。
でも、僕は違った。
妊娠を知らされたとき、心臓が止まりそうになった。混乱して、まともな判断もできなくなった。ひょっとしたら君は、僕が思っていたよりもずっと経験があったんじゃないのか――そんな疑念が頭をよぎった。何も知らないことが怖かった。
「どうするの」と尋ねると、詩織は震える声で言った。
「私、産むから」
詩織の言葉を聞きながら、僕はまだ、それが自分の身に起きていることだとは思えずにいた。
このとき、詩織は二十二歳。
心のどこかには、僕だって家庭を持って落ち着きたいという気持ちがあった。けれど、あまりにも急な話で、胃のあたりがぎゅっと締めつけられた。
「だいたい俺、お前の何?」
「え」詩織は言った。「何って彼氏じゃないの?」
顔をしかめながらの辛辣な口ぶりがまたそそるんだよな。
それでも、やっぱり怖かった。自分が父親になれるのだろうかと思うたびに、怖気づいてしまった。
とはいえ、体は正直だった。詩織を求める衝動だけは、理屈とは別の場所で確かに息づいていた。
それは泡のように感情の表面へ浮かび上がり、触れれば消えてしまいそうでありながら、確かに僕を高揚させた。
本当に自分の子なのだろうか――そんな疑念は、彼女に触れたいという思いの前で、いつしか力を失っていた。頭のどこかで引っかかっていたはずの棘も、いつの間にか抜け落ちていた。
むしろ、日に日に強くなっていったのは、彼女の温もりを確かめたいという欲求だった。理由などなかった。ただ、そばにいる詩織の頬に、無性に触れたくなった。
指先がその柔らかさに触れた瞬間、僕の中で、詩織の存在がそれまでとは違うものになっていた。夢想に背中を押されるように、僕の均衡は静かに崩れていった。抗うこともできず、僕はそっと詩織の唇にキスをした。
そのぬくもりを受け入れたとき、僕の中で何かが決まったのだと思う。
そして気づけば、結婚という現実へ、静かに、しかし確実に、心は傾いていたのだった。




