2
父のことを考えたときの僕の感情には、信頼よりも、失望の方が大きかった。
例えば、父は何かを続けるということができない人だった。仕事もそう。新しい仕事を見つけては、職場の人と喧嘩をしてすぐに辞めてきた。
そのたびに、「なんでも屋でも始めるか」なんて言って笑っていた。
母は彼を『どうしようもない男』と繰り返し口にしたことを思い出す。
でも二人が結婚して、僕ができたのは事実である。
けど、僕が小学4年生の時、二人は離婚した。
父は文字どおり、何かを続けることができない人なんだ。
読むべき理由も、避ける理由も見当たらず、母の気配を感じながら、深く考えることもなく、半ば成り行きのように、父が書いた小説『スライダー』を読み始めた。
『スライダー』
chapter 1
最後に息子と食事をしたとき、あいつはボールを持っていた。
そのボールをテーブルの上に置き、何事もないようにハンバーガーを食べていた。
そのときの風景が、唐突にまぶたの裏に浮かんでいた。物語は、父の視点で語られていく――。
僕は、息子に何も教えてやれなかった。唯一、教えてやれたことがあるとすれば、変化球の投げ方くらいだろう。いや、正確には投げ方というより、握り方だ。
プロ野球選手が息子に変化球を教えるのとも、寿司屋の大将が息子に寿司の握りを仕込むのとも違う。
なんの取り柄もない、ズブの素人の僕が教えたのだから、当然、大した価値なんてあるはずがない。
その握り方は、僕が小学二年生くらいの頃、サラリーマンだった父から教わったものだった。
あの頃、変化球といえばカーブとシュートくらいで、そのうちフォークが出てきたが、手の小さかった僕は、指に挟んで投げることができなかった。
父とキャッチボールをしているとき、フォークが投げられないと言うと、父は「こうやって握って投げてみろ」と言った。
言われたとおりに投げてみると、たしかにボールは落ちた。指に挟まなくても落ちたんだ。そりゃ、ビックリするに決まっている。
それからしばらくして、本屋で『野球入門(図解)』みたいな本を立ち読みしていたとき、同じ握り方が載っているのを見つけた。
あれは、スライダーだったのだと、そのとき初めて知った。




