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それ以来、僕は野球にのめり込んだ。ピッチャーになれたのも父のおかげだと言いたいところだが、母が父と離婚したあと、僕の所属していた少年野球のコーチと再婚したため、それで僕はピッチャーになれたのかもしれない。何人かの母親が不公平だと騒いだことがあったが、僕のスライダーで黙らせてやった。とにかく、ピッチャーになれたのは母の再婚がきっかけかもしれないけれど、僕のスライダーは無敵だった。
どうしてこうも曲がるのか自分でもよくわからないんだけど、父が言うには、家系じゃないかって。僕はきゃしゃでほっそりした体つきだから、スライダーを投げるのに適した腕なんだろうって。つまり、友よ、水になれってことだって。流れを制するのがパワーであり強さってことだそうだ。
僕の球種はスライダー、フォーク、ストレートの三種類。
すべて同じ握り方で投げる。
実際の話、父が教えてくれた野球に関する知識はそれだけだ。だってあの人、野球のことは漫画しか知らないもん。『巨人の星』、『侍ジャイアンツ』、『キャプテン』、『タッチ』、等々。
言ってみれば、野球よりもアニメが好きだったんじゃないだろうか。
ああいうものは視聴者に間違った印象を与えることが本当にあるんだよ。自分の息子を野球選手にして、一獲千金を狙おうとする親が出てきたりして。
いずれにしろ、まだ父について考えなければならないことがあるとすれば、それはあの時――一週間前の東京大会決勝でのことだ。三対二で一点リードした九回裏、ツーアウト、満塁の場面だった。
いくら息を吸っても、鼻孔や喉、肺には熱く粘ついたものが貼りつくだけで、灼熱の空気に溺れてしまいそうだった。胸は浅く上下するばかりで、呼吸のたびに焦りだけが募っていく。
できることならこの場から逃げ出したい。そう思いながら僕は頭を垂れ、握ったボールを見つめた。何を投げても打たれるだろうという意識から、どうしても逃れることができなかった。




