1-3 「わたくしの運命の相手は……」
前回、告知していた2026/10/23の投稿ができませんでした。
第三者によるログインへの対策の件で、なろうへのアクセスが集中していたらしく
当方、ログインできず……
自分で設けた期限を守れなかったのは残念ですが、こればっかりは……
よって、本日の投稿となります。
便利な世の中ですが、恐ろしい世界になってしまったなとも思います。
「【パチっ☆目覚めたらすぐ側に天使が!?】───計画、はいかがでしょうか?」
「………ええと、何の話かしら?」
「お嬢様とネラ商会長の息子の話です!」
「わたくしと……ネラ商会長の息子?」
話が見えないとばかりにローザが首を傾げる。シャンパンゴールドのロングウエーブの髪は高い位置でポニーテールにまとめられ、彼女の動きに合わせて揺れる様が愛らしい。白いシャツを着ているのも相まって、窓から入る朝日の光を受けて煌めくローザはまるで天使のようにスオーロには見えた。
(………うん。この計画、いけるぞ!)
スオーロは完全徹夜をしたせいで妙なテンションになっている。
ここはローザの執務室。スオーロは朝の挨拶をすませるや否や、ローザにおかしな提案をはじめたのだ。
昨夜、スオーロはローザのラブストーリーの幕が上がったと思い込んでから、寝ずに二人の今後について思案していた。二人が運命の出会いを果たしたのならば、次なるエピソードが必要になるからだ。
その指標にすべく、大量に読んできた恋愛小説や、例の【とっくにはじまっていた】などを想起してみたが、スオーロにはどれもピンと来なかった。参考文献のなかには青年の怪我を治療したヒロインや病気の看病をしたヒロインはいても、重傷を負い入院している青年のお見舞いに行くヒロインはいなかったのである。
よって、スオーロは自力でお見舞いについて考えなければならなかった。
だが、スオーロは健康優良児だ。風邪を引いて寝込んだことも怪我をして入院したこともないので、スオーロはお見舞いをして貰ったことがないのだ。
途方に暮れたスオーロだったが、幼い頃一度だけお見舞いをしてもらったことを思い出した。正確に言うと、あれはお見舞いではないのかもしれない。けれども、スオーロにとってあれは立派なお見舞いであった。
「お嬢様には負傷して眠っているネラ商会長の息子の手を握って頂き、彼が目を覚ましたら一番にお声がけをしてほしいのです!そうすればネラ商会長の息子はお嬢様ことを天使だと思い、お嬢様のことがより一層気になるはずです!」
スオーロが参考にしたのは、記憶喪失になったスオーロが最初に目を覚ました時のこと。
寝ぼけ眼だったスオーロは目の前の可愛らしいローザを天使だと勘違いしたのである。ここは天国か?と誤認するほど天上の心地を味わったのだ。
スオーロはその時のことを今でも鮮明に覚えている。それだけ印象に強く残る出来事だった。
要するに、スオーロはネラ商会長の息子にも同じ体験をしてもらい、彼にローザに夢中になって貰おうとしているのである。
「お嬢様にはお手数をおかけしますが、ネラ商会長の息子が入院している病院へ赴き、彼が目を覚ますまでお待ち頂きたいのです」
「……………何故?」
「それは彼がお嬢様の運命のお相手「スオーロ」
ハイテンションのスオーロの話を静かに聞いていたローザがぴしゃりと己の専属執事の名を呼んだ。
「はい」と返事をしたスオーロは口を閉じ、ローザの言葉を待つ。先ほどまでのトンチンカンな提案をしていた様子は無くなり、スオーロは仕事ができる執事モードに戻っていた。
「誤解があると困りますので、はっきりと言いますわね」
ローザは真っ直ぐにスオーロを見る。
「ネラ商会長の息子は、わたくしの運命の相手ではありませんわ」
「…………そう、なのですか?」
ローザの断言にスオーロは驚きつつ返事をする。スオーロはローザのラブストーリーの幕が上がったと信じ切っていたので、彼女の否定を素直に受け入れられない。
「しかしながら【とっくにはじまっていた】のようなドラマチックな出会いだとお見受けしましたが……」
「!、……………ふふっ。スオーロもその本をしっかりと読んでくれて嬉しいですわ」
ローザがふわりと微笑む。
「そしてわたくしと似たようなことを想像したのですね」
「似たようなこと、ですか?」
ローザが何を示しているのかわからず、スオーロは尋ねた。
「ええ。わたくしも【とっくにはじまっていた】のような運命的な出会いになってしまったのではないか……、と不安に思っていたのですわ。……まぁ、わたくしが懸念したのはスオーロと彼が、ですけれど」
(……はい?)
スオーロはローザの発言の意味がわからず固まった。
ローザはスッと目を細め、重く口を開く。
「だって、そうでしょう?【とっくにはじまっていた】のように懸命に手当てをしたのはスオーロですもの。スオーロは両手が血まみれになっても彼を救おうと尽力していましたわ。スオーロのその姿を見てわたくしは【とっくにはじまっていた】を思い浮かべたのです。【とっくにはじまっていた】のヒロインもひたむきに青年を助けていましたものね。一度【とっくにはじまっていた】とスオーロたちを重ねてしまってからは、もうそればかりが頭をグルグルと回っていましたわ。わたくしは帰城の馬車の中や眠る前に、ずっとそういったことを考えてしまいましたの。ネラ商会長の息子は病院で目が覚めたらスオーロのことを考えて「あの人は誰だろう……」と言ってるのではないかしら?それを繰り返すうちに命の恩人であるスオーロのことを少しづつ思い出していくのではないかしら?その過程でスオーロの手の大きさとか、温かさを反芻しているのではないかしら?……な、なんて破廉恥なのっ!そんなことはわたくしが許しませんわっ!、っ!……コホン。失礼。取り乱してしまいましたわ。話を戻しますわね。動けるまで回復したネラ商会長の息子は、父親のネラ商会長に命の恩人であるスオーロの詳細を聞くのでしょう。しかし、ネラ商会長は「あの人のことは忘れなさい。」と言うのですわ。何故ならばスオーロはルビーノ公爵家の一員ですもの。ネラ商会では気軽に会うことはできませんわ。けれど……いえ、だからこそネラ商会長の息子は燃え上がってしまうのですわ!周りから反対される、たったそれだけで恋心は激しくなると恋愛小説に書いてありますもの!そのうちスオーロとネラ商会長の息子は運命的に再会してしまって────────」
(……昨日のネラ商会長のセールストークよりもすごいな)
スオーロはローザのマシンガントークに感心していた。ローザが恋愛小説感想トークの際に饒舌になることは知っていたが、今の彼女はそれ以上だ。
だが、恋愛小説感想トークと違って今のローザは暗く沈んでいる。
ローザの様子も気になったが、それよりもスオーロは彼女が話す内容に引っかかっていた。
まず、ネラ商会長の息子は重症だった。止血しているスオーロのことを把握する余裕はなかった。スオーロの手なんか覚えているはずがない。次に、あのネラ商会長なら「よし!お礼の品を献上しに行こう!」くらい言いそうである。それほどまでにルビーノ公爵家との縁を欲しがっているように見えた。最後に、スオーロは圧迫止血に必死でネラ商会長の息子の顔すら覚えていない。
よって、スオーロとネラ商会長の息子では運命的な再会は難しいだろう。
(昨日、お嬢様がネラ商会長の息子について何度か尋ねてきたのは、そういう理由だったのか……)
スオーロはローザがネラ商会長の息子について質問してきたのは、彼女が彼に好意があるからだと思っていた。
しかし実際のローザは、スオーロがネラ商会長の息子に運命を感じたのか、が気になっていたという。
(確かに、運命の相手を求めているお嬢様を差し置いて、オレが運命の相手に出会ったら……優しいお嬢様でもモヤっとしちゃうかもな……)
ローザの中では、彼女とネラ商会長の息子の出会いは運命的なものではなかったらしい。ローザ自身ではなくスオーロにスポットライトが当たっていたと感じる程度のものだったのだ。
ローザにネラ商会長の息子への恋心が少しでもあるのであれば、ネラ商会長の息子の運命の相手はスオーロかもしれないといった発想にはならないし、現在進行系で続いている長く熱い妄想トークもできないはずだ。
いくらスオーロが二人がドラマチックに出会ったと思っても、当の本人がそう感じていなければ何の意味もない。冷静になって考えると、スオーロの妄想はこじつけばかりな気がしてきた。流石に実際に助けることと助ける指示を出すことには大きな差があるし、肩に触れるだけでは手当てとは言えない。
スオーロは【パチっ☆目覚めたらすぐ側に天使が!?】計画がまったくの的外れだったと知った。
上がったと思っていたローザのラブストーリーの幕はまだ下ったままのようだ。
(いや、待てよ。お嬢様はオレの幕が上がったと思い込んで……?)
スオーロにはまったく身に覚えがないが、ローザの視点ではスオーロがネラ商会長の息子と運命的な出会いをしたことになっている。それは誤解だと言いたいが、マシンガントークをし続けるローザに口を挟む隙はない。スオーロが一言二言発言したところで意味はないだろう。
けれども、スオーロはネラ商会長の息子とそんな関係になるつもりは毛頭もないので、ローザの誤解を早急に解きたい。スオーロは同性愛を否定していないが、自分がそうだとも思っていないのだ。
どうしたものかと戸惑うスオーロと、ローザの視線が絡む。
淀みなく流暢に話していたローザが面白そうに笑った。
「───ふふ、冗談ですわ」
「えっ?」
「いえ、スオーロが運命の相手と出会ってしまったのではないか、と心配したのは本当ですけれど……それは昨日のスオーロの返答でわたくしの勘違いだとわかりましたもの。もう、そんなことは思っていませんわ」
ローザは視線をスオーロから逸らし、頬を膨らませた。
「今のは……スオーロが、ネラ商会長の息子をわたくしの運命の相手だと勘違いするからです。……勘違いされると、悲しいでしょう?」
「っ!大変失礼いたしました」
スオーロは慌てて頭を下げた。
ローザは運命の相手を切望しているのだ、早合点して決めつけていい内容ではない。今後、この内容の話をする際は細心の注意を払う必要がある、とスオーロは肝に銘じた。
「スオーロ。ネラ商会長の息子は、わたくしの運命の相手ではありませんわ」
「はい。ネラ商会長の息子は、お嬢様の運命の相手ではありません」
ローザの言葉をスオーロは姿勢を正して復唱する。
その言葉を聞いてローザは満足してくれたようで、スオーロの方に顔を戻してくれた。
「それで……お見舞いの件ですが、わたくしは行けませんわ。お父様の指示でルビーノ公爵家はネラ商会とは関係を持たないことになりましたの。今回、彼らを城下街に入れたのは特例ですわね。治療の間だけは滞在を許可しましたが、もうルビーノ公爵家が直接的にネラ商会と関わることはないでしょう。あとの対応は全て門番たちに任せてありますわ」
「承知しました」
「では、そろそろガーデンに行きましょうか?」
「はい。お嬢様」
今日もローザにはたくさんの予定がある。スオーロは扉を開いてローザをエスコートすると、彼女はそれに応えてガーデンへ向けて歩き出した。
ガーデンとはルビーノ公爵城の庭園の一角で、ローザが管理をしている場所だ。そこでローザは植物の品種改良をしている。
ローザが髪をポニーテールにしているのはそこで作業をするためだ。彼女はドレスではなく大きめの白いシャツに黒のハイウエストパンツという動きやすい格好をしている。そんな素朴な服装でもローザは美しい。シャツをゆるくパンツに入れることで上半身にボリュームを出し、下半身はタイトなパンツで女性らしいシルエットを見せていた。
スオーロはルビーノ公爵城の庭師たちと同じツナギ姿で、動きやすさを重視した出で立ちだ。
赤い花が咲く緑のアーチをくぐってローザとスオーロはガーデンに立ち入った。
ガーデンでは様々な種類の苗が植えられている。区画整理がきっちりとされており、景観よりも管理が優先されたつくりだ。
ここでルビーノ公爵家について説明をしておこう。
ルビーノ公爵家はディアマンテ王国の三大公爵家の一つで、ディアマンテ王国の建国を支えた歴史のある名家である。
ルビーノ公爵家の主な産業は農業と畜産業で、広大で肥沃な大地を維持して育みながら【ディアマンテ王国のキッチン】と呼ばれるほどに繁栄していった。現在は王国の七割以上の食料生産量を誇っている。
しかし、それを脅かす存在───ディザストロが大量に現れはじめたのだ。
ルビーノ公爵領の農地もすでに複数箇所で被害を受けている。農地が荒らされ土壌が駄目になってしまうと、もう一度土づくりからはじめなくてはならない。そうなると作物の生産量はガクッと落ちてしまう。作物の成長には時間がかかるし、豊かな土壌をつくるには更に時間がかかるのだ。
その落ち込んだ、もしくは落ち込む可能性がある生産量を少しでも維持、改善をしようと、ローザがはじめたのが作物の品種改良である。
品種改良とは「美味しいけれど成長が遅いA」「美味しくないけど成長が早いB」を配合させて「美味しくて成長が早いC」を作り出すというもの。
AとBを受粉させて作った種子を育て、その中からCの条件に近いものを複数見つけ出し、それらを配合させて更に理想の品種に近づけていく。
植物の成長には時間がかかるので気の遠くなるような大変な作業だが、ローザの魔法があればスムーズに進められる。
『ストーリア・セグレタ』(あなたのことを聞かせて)
ローザは優しく呪文を唱えてから、複数ある小さな双葉の一つにそっと触れた。そして長いまつ毛を閉じて指先に全神経を集中させる。
「……ふふ、この子、早く成長して多く実をつけるよ、と言ってくれたわ」
ローザは魔法で『触れた植物と心を通わせる』ことができるようになり、常人にはできない植物との会話が可能になる。植物はいろんなことを話してくれるらしい。成長を待たずにその双葉の特性がわかるので、ローザの魔法があればテンポよく品種改良が進められるのだ。
スオーロはローザの隣にしゃがみ込む。
「それはありがたいですね。育成エリアに移しますか?」
「ええ、お願いしますわ。……無理せず頑張ってくださいまし」
ローザが微笑んで指を離すと小さな双葉はニョキっと大きくなり、本葉になった。植物たちはローザの声に応えて成長もしてくれるのだ。
「では、この子は【成長が早く実が多い】にお願いしますわね」
「かしこまりました」
スオーロは大地に右手をついた。ガーデンで作業をする時のスオーロは白手袋をはめていないので、土の温もりが掌に伝わる。
『モッサ』(動け)
スオーロの声に応えた土がボコッボココっと動き、先ほど成長した本葉を中心に山のように盛り上がった。スオーロが立ち上がり、育成エリアに向かって歩きだすと、盛り上がった土が本葉の根を守りながら土の上を滑ってスオーロの後についてくる。
スオーロの魔法は『土を少し動かせる』というものだ。
このように魔法は多種多様で、魔法の性能は個人の性質によって決まると言われている。だが、魔法ついては未だに謎が多く、様々なことがわかっていない。魔法を使える者自体が少ないので、魔法ついて研究が進んでいないのである。
だから、スオーロが魔法を使えることがわかった時は小さな騒ぎになった。それに気がついたのはスオーロが執事見習いをしていた時だ。
ローザの専属執事に内定したスオーロはそれに相応しい教養を身につけるべく日々奮闘することになった。スオーロは庶民丸出しだったので、それはそれは厳しく指導された。執事長からは徹底的に所作や文字書きを叩き込まれ、メイド長からはマナーや言葉使いを矯正させられたのだ。
スオーロは慣れない上流階級のあれやそれやにてんやわんやだった。そんなスオーロを心配し、ローザが息抜きにルビーノ公爵城の庭園の散歩を提案してくれた。
様々な見習い体験をしている時にスオーロが一番楽しかったのは庭師の仕事だった。記憶を失う前のスオーロはきっと田舎に住んでいたのだろう。それほどまでに土いじりには馴染みがあった。
二人でしゃがんで庭園の木花を見ていると、ローザがスオーロに魔法を披露してくれたのだ。
ローザに話しかけられた植木の蕾がゆっくりと柔らかに膨らむ。ライトピンクの花びらが一枚ずつ開いていく様子は、プレゼントのラッピングを開けるみたいでワクワクしたことをスオーロは覚えている。これがスオーロにとってのはじめての魔法体験だった。
そして、スオーロの記憶に一番残っているのは、その花が開いたあとに「綺麗でしょう?」と笑ったローザの表情だ。開花した花がローザの髪飾りのように見えて、とても可愛かった。あの優しい光景をスオーロが忘れることはない。
スオーロが魔法について質問するとローザは丁寧に教えてくれた。「お話したいと思って話しかけると応えてくれるの」と言われたスオーロは興味本位に地面に手をついて『動いて!』と声をかけた。すると地面がポコポコと盛り上がり、移動しはじめたのだ。
それを周りで見ていた庭師たちが大慌てで執事長やメイド長に知らせに行き、スオーロの学ぶことリストに魔法の項目が追加された。
(お嬢様はすごく喜んでくれたけど、オレに魔法の才能はなかったんだよなぁ……)
ご立派な魔法の講師が来てくれたが、スオーロが魔法でできたのは少し土を動かすだけだった。世の中にはもっと優良な魔法があると聞くので、スオーロには魔法の素質はあっても才能はなかったということだ。
けれども、スオーロは自分の魔法を気に入っている。何故ならばローザの魔法ととても相性がいいからだ。
現に今もローザの指示通りに本葉の根を傷めることなく育成エリアに移動させることができる。
育成エリアとは、理想的な特性を持った本葉を苗まで育てる場合だ。ここから各地にある種苗業者に提供し、彼らに苗の繁殖と販売を任せている。
スオーロがローザのところに戻ると、彼女は手や顔に土をつけながら一つひとつ丁寧に双葉と会話していた。
(眩しいな……)
ローザは絵画のように美しい容姿をしているが、それだけが彼女の魅力ではない。
公爵令嬢という立場に奢らず、むしろ公爵令嬢だからこそ王国に貢献するために日々努力している。ローザは心根の綺麗な方なのだ。
メカクレで隠れた目を細めながら、スオーロはローザに声をかける。
「お嬢様、次の指示をお願いいたします」
「ええ。この子とその子は病気に強いみたいですわ。【病気に強い】に連れて行ってくださいませ」
「承知いたしました」
ローザが指差した本葉をスオーロが移動させる。
何度もそのやり取りを繰り返し、ようやく予定していた全ての本葉の移動が終わった。
「お疲れさまです。お嬢様」
「スオーロもご苦労さまですわ」
お互いを労いつつ、二人はガーデン内にある木陰になっている水場へ向かう。それぞれに手を洗い、事前に用意していたタオルで水滴を拭った。
「朝早くに植物と触れ合うのは心地よいですわね」
「はい。清々しい気持ちになります」
微笑むローザにスオーロも笑顔で返す。ローザも土いじりを楽しんでくれてスオーロは嬉しくなった。
「ええ、本当に……きゃっ…!」
ザ……ザザッ……と大きく木を揺らすほどの突風が吹く。この時期に強風は珍しい。スオーロは何となく嫌な感じがして空を見上げるが、青空と白い雲しか見えないので雨の心配はなさそうだ。
(気のせいか……)
スオーロが視線を戻すとふたたび強い風が吹いた。
ローザはあまりの風の強さに手にしていたタオルを手放してしまう。
「あっ……」
ローザは慌ててタオルに手を伸ばすが届かない。
追いかけようとしたローザよりも先にスオーロが動いた。
スオーロは軽やかに走り、その勢いのまま地面を蹴る。
「よっ」
ジャンプしながら右手のばしてスオーロは飛んでいるタオルを掴んだ。そして近くの花壇を踏まないように気をつけて着地をする。
「風が出てきましたし、そろそろ中へ戻りましょうか?」
スオーロがローザの方へ振り向くと、彼女は両手を口元に当ててスオーロを見つめていた。
「……お嬢様?」
もう一度スオーロが声をかけると、ローザは微笑んだ。
「……今のはとても素敵でしたわ。ツバメの羽ばたきのようでしたもの」
ローザは両手を絡ませ、彼女は恋愛小説の感想を語る時みたいに頬を染めた。
(ああ……そういえば、こんな感じの話があったな)
スオーロが以前ローザから借りた恋愛小説に【悪戯な風〜お上り令嬢の初恋~】というものがあった。ヒロインの帽子が悪戯な風に飛ばされてしまい、それを青年がパッと格好よくキャッチする。そしてその帽子をサッとヒロインに被らせて嫌味なく返す、という出会いからはじまるストーリーだ。ローザが恍惚の表情を浮かべているのはそれを思い返しているからだろう。
「これが帽子だったらよかったのですが」
スオーロが冗談半分に言うと、ローザはルビーの瞳を大きく開いて輝かせる。
「……っ!?ふ、二人旅に出る時は帽子を忘れずに持っていきますわっ!」
「そ、───うですね!あったほうがよろしいかと」
驚愕し言葉に詰まったが、スオーロはなんとか返事をした。
(そうか、そうなるのか!)
スオーロはローザの運命の相手がネラ商会長の息子だと思い込んでいたのでそのことを失念していたが、この件の本懐はローザの運命の相手を見つけることにある。
まだローザが運命の相手と出会っていないのであれば、出会いに行かなければならないのだ。
(え?二人旅で?……えっ?お嬢様、本気なのか?!)
ルビーノ公爵夫人とローザが「運命の相手がいるのならば連れていらっしゃい!」「望むところですわ!」的なやり取りをしていたことはスオーロも覚えている。その際にルビーノ公爵夫人が出した条件が「二人旅」だったことも記憶に残っている。ディザストロ対策で人手が必要な時に、個人的な事案に貴重な人員を割くことはできないという至極真っ当な理由だった。
スオーロはルビーノ公爵夫人の「二人旅」という提案は「諦めなさい」と遠回しに伝えているものと受け取っていた。何故ならば公爵令嬢が二人旅なんて許されるわけがないからだ。
しかもそれが「異性と二人旅」だなんて以ての外である。
もちろん、スオーロにローザをどうこうしようなんて邪な思いは一切ないし、そういう面でルビーノ公爵夫妻から信頼されているという自信もあった。
だが、世間からは「結婚前の令嬢が長期間、男と二人きり」の部分だけが注目されるだろう。その噂にどんな尾ひれがつけられるかわかったものではない。当人たちに何もなくても何かあったと認識されることは避けられない。
また、旅は危険なものである。ディザストロや野盗に襲われた際にスオーロだけではローザを守りきれない。ディザストロ一匹の討伐に最低でも一分隊は必要とされているのだ。スオーロ一人では手も足も出ない。
二人旅なんて無謀にもほどがある。
ローザがあの時「二人旅に行く」と言っていたのはルビーノ公爵夫人への反発というか、その場の勢いだとスオーロは思っていた。
しかし、ローザは二人旅に出て、自分で運命の相手を探す気満々だ。
「他には何がいるかしら?きっと野宿もしますわよね?その時は焚き火を囲むのでしょう?とても楽しみですわ!」
ローザの旅の経験といえば外交だけだ。決まったルートを決まった日程でこなすものなので、彼女が自由に散策をしたことはない。そんなローザが気ままな旅に憧れるのはスオーロにも理解できた。
わくわくルンルンな様子のローザに、スオーロは滝のような冷や汗をかく。
(ど、どうにかして二人旅の許可をもぎ取らないと……!)
期待に胸を躍らせている主人の要望に応えるのが執事である。スオーロは「公爵令嬢が異性と二人旅」という超難題をどうにかせねばならない。それには先ほど上げた二つの問題をクリアする必要がある。
一つ目は公爵令嬢が長時間、男と二人きりになってしまう件。
これの解決策は一つしかない。最短最速でローザの運命の相手を見つけることだ。二人旅をしていた時間が短ければ短いほどいい。変な噂が広まる前にローザが運命の相手と出会えればいいのだ。そして大々的に【運命の相手と出会った】とプロモーションすれば二人旅のことはあっという間に世間から忘れ去られ、ローザと恋人の話で持ちきりになるだろう。
二つ目はディザストロや野盗に襲われた際の対処法。
スオーロが一人で戦って勝てるとは思えない。それらと遭遇しないためにはどうすればいいのか、また遭遇した場合の逃げ方を熟知しておく必要がある。これは実際に旅をする人から話を聞くのが一番だ。一人もしくは少人数での旅経験が豊富な人にアドバイスを聞きに行こうとスオーロは決めた。
細々とした課題は他にもたくさんあるが、この二つの問題が最重要であることに間違いはない。シュミレーションを何度も行い、対応策を複数提示してルビーノ公爵に「スオーロにならローザを任せられる」と認めさせなければならないのだ。
そのために一つ確認しておきたいことがある。
「お嬢様の運命のお相手はどんな方だと思いますか?」
スオーロは真っ直ぐローザを見つめながら直球で尋ねた。
「えっ!?」
「……お嬢様?ご気分がすぐれませんか?」
ローザは瞳を大きくしてスオーロを見ると、ボッと顔を真っ赤にした。スオーロはローザが急に発熱したのかと心配して彼女を覗き込むと、ローザは「ひゃぁ!?」とか細い声を上げて後ろに小さくジャンプした。
「お、お嬢様?」
「い、いえ!わたくしは元気ですわっ!」
ローザは跳ねたことで後ろから胸元に左右に垂れてきたポニーテールをそれぞれ片手で掴む。それらをにぎにぎと弄りながら、ローザはスオーロをチラリチラリと見る。
「わ、……わたくしの運命の相手が気になりますの?」
「はい。とても気になります」
「そ、そんなに!?」
突然はじまったローザのいじチラを不思議に思いつつ、スオーロは素直に答えた。正直に言うと「気になる」ではなく「知りたくてしょうがない」ほどだ。
ローザの運命の相手がどんな人かわかれば、二人旅の行き先を絞り込むことができる。知的な人がいいのであれば学術に秀でた令息に、逞しい人がいいのであれば武勲を上げている令息に狙いを定めればいいのだ。むやみに探し回るより効率も外聞もいい。
スオーロはローザの言葉を一言も聞き逃さないように耳をそばだてる。
「わたくしの運命の相手は……」
ローザはゆっくりと桜色の唇を開く。
「とても……素敵なの」
ルビーよりも鮮やかな瞳を潤ませたローザは、真っすぐスオーロを見つめる。
「情熱的なのに冷静で、紳士だけど強引なところもあって、しっかりしていてカッコいいのに、たまにうっかりするところがかわいいの……!、…っ!、……!」
ローザは恥ずかしくなったのか両腕をクロスさせ、掴んでいた髪の毛で顔を隠した。そしてもじもじと身悶えつつ、意味ありげに髪の隙間からスオーロに視線を送る。その愛らしい姿にときめきを覚えるも、スオーロはそれどころではない。
(……随分と複雑なお相手だな)
情熱と冷静を合わせ持ち、紳士だけど強引で、カッコよくてかわいいって、いろいろ矛盾してないか?と、スオーロは混乱していた。提示された条件が全て抽象的で、何処に探しに行くのかを決めるのも難しい。
普通なら「そんな設定盛りまくりの男が居るわけないだろ!」「夢見すぎだろ現実見ろ!」とツッコむところだが、スオーロは違う。
スオーロは執事だ。主人のことを常に考え、主人にとっての最善を尽くし、主人の望みを完璧に叶えて、常に主人を支える存在である。
(絶対にお嬢様の運命の相手を見つけ出してみせる!)
気合を入れてローザの運命の相手を探す決意をスオーロが固めていると、遠くから「ローザ様ー!」とローザを呼ぶ声が聞こえて来た。
「っ!」
ローザは己を呼ぶ声にピクりと肩を揺らし、掴んでいた髪を離して整えはじめる。そして深呼吸をしていつもの調子に戻してから呼びかけに応えた。
「メイド長!わたくしはここですわ!」
「こちらでしたか」
メイド長は上品な所作で近づいて来た。紺色のドレスに白いエプロンのコントラストが目を引く。栗色の髪をギブソンタックにまとめた壮年の女性だ。
「ローザ様、昼食会用の新しいドレスの準備が整いました」
「まぁ、ありがとう。……でも今日はお父様とお母様とわたくしの三人だけでしょう?そんなにかしこまる必要があるのかしら?」
ローザはさり気なく普段着のドレスでいいと伝える。人形の如く整った容姿のローザだが、彼女は自分を着飾ることにあまり関心がない。どちらかというと機能性を重視するタイプで、今着ている軽装パンツスタイルにも抵抗がないのだ。
本人にその気がなくとも、こんなにも着せ替えがいのあるローザを周りは放っておかない。ローザ宛に様々なサロンや商会からドレスやアクセサリーが山のように献上されている。あまりに数が多いので公の場で着用できないものをこういう機会に使用しているのだ。
「そうおっしゃらずに。ローザ様お好みのバックシャンデザインのドレスで、とても優美なんですよ」
「あら、それは気になりますわ」
服装にこだわりのないローザが唯一関心を寄せるのが後ろ姿である。ローザは正面はシンプルで背面にワンポイントがあるものを好むのだ。
「はい。リボンの編み方が秀逸でして、きっとお気に召されます。ですがその前にまずは湯あみですね。さ、参りましょう」
メイド長はローザを誘導し、スオーロに視線を送って尋ねた。
「何か引き継ぐことはありますか?」
「特にございません」
スオーロはこれにて一時休憩である。本日のローザはルビーノ公爵夫妻と昼食会を行い、その後も三人でまったりと過ごされる予定だ。その際に側につくのはメイド長なので、スオーロは夕方まで自由時間となっている。
「それでは、お嬢様。楽しんで来てください」
「ええ、ありがとう。……スオーロ、また後で」
「はい。失礼いたします」
微笑んで小さく手を振るローザにスオーロは頭を下げて二人を見送った。
使用したタオルを洗濯場に持っていくため、スオーロは歩きながらローザの運命の相手の見つけ方を考える。
(うーん。他の貴族については一般的なことしか知らないんだよな)
どこどこの令息がこういう趣味で最近はあれこれしている、なんて情報をスオーロは持っていないのだ。他の令息については社交界で会うことがあるローザの方が詳しいだろう。
(貴族令息たちにあんなにイケメンが多いこともはじめて知ったし……)
スオーロは母娘ゲンカの際に二人の間にあった見目麗しい肖像画を思い出し、足を止めた。
「……それだ!」
次回「……っ、そ、それ……高すぎて、買えなかったヤツ……!」
も同時公開しております。
読んで頂けますと幸甚です。




